めかし込んだ服装と化粧は邪魔で、しかも肌に馴染まない。

父親

茶会?


翌週、ケットはシンの言う茶会に出席していた。両親に話した所、これがとんでもない好評価――――と云うのか、もはや両親は感動していて、好きに行って来いと話していた。

ケット

ええ。シンに誘われたから、行って来ようかと思って

父親

サリーが茶会……あの、サリーが……

母親

あなた!! お気を確かに!!

サリーがそのような事をするとは考えられない、と思っているように感じた。だとすれば、サリーはこのヴェルツァイェ帝国の風習そのものを嫌っているようにも感じられた。


だが、ケットに分かるのはそこまでだ。

父親

そうだ、じゃあ夕飯は、シン君を連れて帰って来なさい。うちでももてなそう


そう言う父親の瞳は輝いていて、何十年も若返ったかのようだった。……最も、未だに両親には名前すら聞くことが出来ていない状況ではあったが。

真っ赤なドレスに全身を包み、清楚な化粧を施す。馬子にも衣装ならぬ、猫にも衣装というわけだ。

ケット

わあ…………

シンの家を見て、ケットは思わず感嘆の吐息を漏らした。

夜に一度来たことがあったが、あの時は明かりも付いていなかったので、その全貌を把握する事は出来なかった。だが、この館……ケットの家以上に、かなり大きい。館と言うより宮殿に近いと思えるほどだ。


商店街に向かっている方には玄関扉があったが、ここから入るのだろうか。表は特にパーティーをやる様子でも無く、閑散としているが。

これ程に大きいと、扉をノックしていいものか、ケットは少し躊躇ってしまった。知らず心臓の鼓動が、大きく聞こえ始めた。

シン

いらっしゃい

ケット

ふぎゃあっ!? なにっ!? なになにっ!?


不意に背中から声を掛けられて、ケットは仰天してしまった。咄嗟に振り返ると、シンが笑いを堪えて屈み込んでいた。

ケット

シン…………!!

シン

いや……そんなに驚くと……思わなくて……ごめん……


ケットは顔を真赤にして、拳を握り締めていた。……お互いに予想外の展開だったのだろうが、それはケットには恥ずかし過ぎた。

猫の時代から、ケットは背後の脅威に過敏だ。特に、音に関するものなら尚更だった。今でも、夜中の微かな物音にさえ、目が覚める事があるのだ。

ケット

もうっ……お茶会の会場はどこなの?

シン

ああ、分からないだろうなと思って。案内しに来たんだよ


ケットはシンの膝を蹴り飛ばした。

シン

痛い!!

ケット

あらごめんなさい、靴が当たってしまったわ

未だ、シンは笑いを堪えている様子だった。それが気に食わなかったのである。

シンは軽く笑って、それ以降ケットの反応について何かを言う事は無かった。

シンの後ろに付いて行く。……玄関扉を無視して、館の裏側を目指した。ケットが不思議に思っている事に気付いたのか、シンはくすりと笑って、ケットに振り返る。

シン

今日は父の友人も来ていてね。大所帯だから、館の裏でパーティーにしようと思ったんだよ。天気も良いし


なるほど、そういう事なのか。ケットは納得したが、同時に微かな緊張も覚えた。

ぐるりと大きく館の裏側に回ると、話し声が聞こえて来た――――…………

ケット

…………わあ

沢山の人が、あちらこちらで立ったまま話をしている。幾つも配置されている白い丸テーブルには数多の料理が並び、酒やジュースなどの色とりどりのドリンクを使用人が注ぎ、配っている。


初めて見る光景だった。思わず、ケットは感嘆してしまった。

ケット

すごいね、シン――――


そう言って、シンの顔を見た瞬間の事だった。

シン

行こう。……絶対に、僕の後ろを離れないで

ケット

…………?

シンは気を引き締めている様子で、何処か浮足立ったケットの感情は、急速に冷えて行った。まるで、戦に行く兵隊のような顔だった。

辺りを見回しながら、ケットはシンの後ろを歩いた。僅かな緊張と共に、しかし周囲を観察していると、分かる事があった。


誰もが、ケットを見ている。ケットに聞こえないように、ひそひそと話をしている者も居た。


格好、だろうか? そう思ったが、ケットの格好は出掛ける前、使用人に仕立てて貰ったものだ。ケットの目から見ても、周囲とそう大差があるとは思えない。

ケット

何? これ……

シン

一度、父に挨拶するよ。こっちだ

新しく入って来たからか。……いや。それだけで、こんなにも何かを言われるものなのか?


ケットは思った。何処と無く、周囲の空気が冷たい。

???

ほら、あの子……

???

……サリーだ。サリーが来てる

あっ。

小さな気付きと共に、ケットは事情を理解した。

噂話をしている女性達。彼女等が一体どのような話をして盛り上がっているのか、その言葉の欠片が耳に入って来たからだ。

ケットは気を引き締め、唇を真一文字に結んだ。

シン

父さん。……こちら、サリー・アントゥリォ。昨日も話した、新しい友達だよ


シンがケットを引いて向かって行ったのは、やや年老いた中年男性の所だった。とうに白髪で、シンと同じ青い瞳が目立つが。それでも、顔付きはシンとは全く似ていない。……シンは母親似なのだろうか。

シンの父はケットを見ると、特に周囲の反応にも気付いていないのか、それとも気付いてなおも無視しているのか、柔和な笑みを浮かべた。

シンの父親

ああ、君がサリーか。噂は聞いているよ、何やら色々やらかしたそうだね

ケット

あ、えっと…………


過去の事を聞かれて困っているケットに、シンは耳打ちした。

シン

父さん。あまり、過去の事は

何故、誰に聞いても良い噂が無いのか。以前ならば苦笑している所だったが、ケットは以前に見た夢の事が気に掛かっていた。

苦しみながら死んでいったサリー。何かに絶望を感じているのは間違いがなかった。

……両親でさえあの様子だったのだ。理解してくれる人間が、果たして居たのかどうかも分からない。

シンの父親

ああ、そうだったね。よろしく、サリー

ケット

……あの、すいません。あまり、よく分からなくて

シンの父親

良いんだよ。話は聞いているから……スコット・ツァイェだ。よろしくね

シンの父は、そう言って笑った。ケットは軽く会釈をして、ぎこちない笑みを浮かべた。対してシンは、安堵した様子でケットの手を引き、席を離れた。

二人分のジュースを手に取ると、シンは誰も居ない白いテーブルまで歩いた。その片方は、ケットに渡される――……どうやら、今度は熱い訳ではないようだ。


恐る恐る、舌で舐めてみた。


冷たい。


……人間には、適温という感覚が無いのだろうか。

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