クロの話を聞いた後、一同は魔界側に集まった。
フェインリーヴの叔父、ブラウディムという存在に湧いた疑惑が真実なのかを確かめる為に。
誘拐された撫子に関しても、クロやポチからの情報で、その二つに強い関連性が感じられている。
それを確める為に辺境へと乗り込んできたのだが……、屋敷はもぬけの空(から)。
普段、自室の寝台で休んでばかりの叔父の姿もなく、何かが起きている事は確かだった。
叔父上!!
やはり、誰もいませんね……。ブラウディム様だけでなく、屋敷の者も全て。
暮らしに何の不自由もない貴族が夜逃げ、なわけはないんだろうが……。疑惑は増したな。
クロの話を聞いた後、一同は魔界側に集まった。
フェインリーヴの叔父、ブラウディムという存在に湧いた疑惑が真実なのかを確かめる為に。
誘拐された撫子に関しても、クロやポチからの情報で、その二つに強い関連性が感じられている。
それを確める為に辺境へと乗り込んできたのだが……、屋敷はもぬけの空(から)。
普段、自室の寝台で休んでばかりの叔父の姿もなく、何かが起きている事は確かだった。
クンクン……。――っ!! 主様!! 主様の匂いがするぞ!!
主様ぁあ!!
フェイン、レオト……、この部屋だ。ここに、撫子とお前の弟に繋がる、何かが、ある。
……確かに、妙な気配がするな。
しかし、室内には自分達以外誰もおらず、撫子達の姿は見当たらない。
けれど、前回訪れた時には感じなかった違和感のようなものが、フェインリーヴに何かを訴えかけてくる。
この部屋を介して、別空間への入り口がある、という事か……。
ふふ、じゃあ、早速暴いちゃいましょうかね~。
出た。人の弱みや隠されたものを暴く事が大好きな変態め。
嬉しそうに右手を翳した側近が、魔力を集中させてそれを暴きにかかる。
そこにそれがある、とわかっている場合、どんなに難しい仕掛けをされていようと、干渉力は格段に跳ね上がるのだ。
おや、抵抗しますか……。仕掛けの術に意思を持たせているところから、かなりの高位術であると推測出来ますが、そういうものほど、暴き甲斐があるのですよ?
見るのじゃ!! 空間が開くぞ!!
主様の匂いが濃くなった!! あの向こうに、主様が!!
叔父上……っ。
側近の魔力干渉により、部屋全体に稲光のような現象が勢いを増して起こると、寝台の上にぐにゃりと空間が歪み、全てを飲み込むかのような闇が現れた。
フェインリーヴの、魔王一族の血族が代々その魂に刻んでいる王家の紋章が、禍々しい黒紫の光を纏いながら浮かんでいる。
間違いなく、これは叔父の魔力による存在。
クロからの話が真実であれば……、この先に待つのは。
――行くぞ!!
一瞬の迷いを揺らめかせたフェインリーヴだったが、すぐにそれを振り切り、先陣を切って別空間へと飛び込んでいった……。
真っ暗な闇の中を、気配を頼りに走り続ける。
脳裏に、黒い子狐の妖が語った『真実』が、何度も蘇り、木霊する……。
主様をこの世界に呼び戻した男が……、主様を贄にしようとしている。
主……、凶極の九尾と呼ばれた、別の世界に飛ばされ、再び舞い戻ってきた、フェインリーヴの実弟。
昔から気性が激しく、先代魔王によく似た負けん気の強さと、力への渇望が目立っていた弟、――シャルフェイト。
手合わせを挑まれる度に、弟が問題を起こす度に、フェインリーヴはシャルフェイトに対してある種の恐れを抱いていた。
それは、弱者が強者に抱く怯えのような感情ではなく、……父親のようになってしまうかもしれない、弟のそんな未来を案じての虞(おそれ)。
主様の血と、その身に封じられている妖全てを供物とし……、――主様の父親をこの世界に呼び戻す。それが、あの男の目的。
身体が弱く、寝台に臥せってばかりの叔父が、まさか魔界の外に出ているとは思わなかった。
あの人はいつも儚げで、家族愛や民への情に溢れていて……、フェインリーヴの父親の実弟とはまず思えない優しい人だったから。
だから、今でも信じる事が出来ないのだ。
自分にとって、大切な甥であるシャルフェイトを利用し、死んだはずの先代魔王を蘇らせようとしている、その事実が。
主様は最後まで抵抗していた。けれど、あの男は自分の望みを叶える為に、何の迷いもない。このままでは本当に、主様が殺されてしまう。
すでに死んだ者を蘇らせる? すでに肉体も滅び、魂は巡っているはずだ。今更それを呼び戻す事など……。
フェインリーヴの父親と叔父のブラウディムは、甥の目から見て、それほど仲が良さそうには見えなかった。互いに背中を向け、極力関わらないようにしていたではないか……。
それなのに、何故……、先代魔王を求める?
ガルダウア原石……。買い求めていた貴族達は、先祖を祭る為の神殿建設の一部に使うと言っていたが……。本当は、叔父上のところに流れていた。死者を癒す石、魂の回帰を意味する石……。
確かに、魔界における伝承の類の中には、ガルダウア原石を使用しての、死者蘇生の儀式法がある。
けれど、それは全て眉唾もので、実際に成功した例は報告されていない。
それに、もし、先代の魔王を復活させとしても、その強大な魂と力に耐えられる器が必要となるはずだ。
考えられる可能性としては、父親の血を継ぐシャルフェルトの肉体を利用……。
大量の妖を内包している弟なら、その血肉も、器としての価値も高い。
だが……。
叔父上……。
闇を駆けていたフェインリーヴの心に纏わりつく奇妙な違和感……。
それは明確な答えを出す事はしてくれず、やがて辿り着いた先には。
撫子!! シャル!! どこだ!!
主様ぁああああっ!!
我が主!! どちらに!?
一足遅かったようですね……。
ここにいたのは間違いないな……。フェイン、血の痕と、……これ。
ようやく青白い光が見えたかと思うと、飛び込んだ先には、玉座の間を模した広い空間がフェインリーヴ達を出迎えた。
確かに感じられる撫子と弟の気配の残滓。
そして、レオトの視線が捉えた夥(おびただ)しい血の痕跡。
レオトは拾い上げた何かを、フェインリーヴに手渡してくれた。
……長い、黒髪の、ひと房。
これは……!!
撫子の髪だ……。抵抗したが故の結果なのか……、傷を負わされた可能性もあるな。
くそっ!!
人質としての利用ならば、恐らくは殺されてはいないはずです。しかし……、屋敷を出られてどこに行かれたのか……。恐らく、秘密裏に動くのなら、気配を消す為の薬か術を用いている可能性が高いでしょう。
撫子の一部をきつく手のひらに握り締めながら、フェインリーヴは叔父を信じたい気持ちよりも先に、彼女に害を成した叔父への憎悪と怒りに支配されかけた。
万が一、あの娘に何かあれば、その身を傷付け、命を奪うような真似をしでかした、その時には。
――たとえ叔父であっても。
――……し、……や、……絶対、……に。
――……が、……け、られ、……お、……の。
フェイン!! フェイン!!
――っ!!
レオトに名を呼ばれ、一瞬意識が飛びかけていた事を遅れて知った。
今……、意識がべったりと闇に染まり、自分で自分が認識出来なくなったような、そんな気が。
周囲を見回せば、側近やポチ達も心配そうにフェインリーヴを見つめていた。
目を瞬き、自分の両手のひらに視線を落とす。
今のは……。
……。
……。
すまん。――撫子達の後を追う。父上に関係のある事をしようとしているのなら、向かった先は限られているだろうからな。
御意。では、急ぎ、部下達にも捜索の通達を。
いや……。俺達だけでいい。
陛下……。
王家の、いや、身内の面倒事に、散る必要のない命を駆り出す必要はない。
何よりも……、まだ、魔界中がそれを知るその前に。
フェインリーヴは撫子の髪を握り締め、瞼を閉じた。
間に合ってくれ……。どうか、どうか……。
急かす鼓動の音(ね)と、胸の奥で燻る不快な熱を抱きながら、フェインリーヴは外へと向かった。