シャルフェイト

とまぁ、そんなところだな……。初代の桃音も、君達代々の癒義も、俺のせいで厄介事を抱え続けているというわけだ。

撫子

……お師匠様の事、まだ、……憎んでいるんですか?

 フェインリーヴと九尾、……いや、彼の弟であるシャルフェイトに纏わる全ての話を聞き終えた撫子は、おずおずと彼に尋ねた。
 いつも優しい笑顔で自分を見守ってくれているお師匠様に……、まさか、そんな壮絶な過去があったなんて。そんな、耐え難い傷を抱いていたなんて。
 話を聞いて想像する事だけしか出来ない自分が、とても、情けなくて仕方がない。

シャルフェイト

難しいところだね……。一応、親父の件は納得しているし、俺のやった事も、愚か極まりない、とは思っている。けれど……。

撫子

……。

シャルフェイト

親父の事を思うと、完全には許せていない、とは思う……。我儘だって、わかっているんだけどな。

撫子

……いえ、多分、それは、大切な人を想う在り方として、当然のものだと、思います。

 撫子だって、どんな事情があろうと、大切に想う誰かの命を奪われてしまえば……、その心を壊さないという自信はない。
 きっと毎日泣いて、毎日恨み言を口にして……、大切な人を傷つけ、その命を終わらせた者を、憎む可能性もある。
 

シャルフェイト

ありのままを受け入れて、否定からじゃなくて、肯定から入ってくるところも……、なんで似てるんだろうな。

撫子

え?

シャルフェイト

桃音も……、俺の話を聞いてくれた時、まずやった事の愚かさを説教するよりも先に、俺の心に寄り添ってくれたんだ。

 そういえば、タマが言ってはいなかっただろうか?
 撫子と初代の巫女は、よく似ている、と……。
 別人とわかってはいても、やはり、懐かしんでしまうのだろう。
 シャルフェイトの双眸に寂しげな光が宿り、ふぅ……と、憂い吐息が零れ落ちる。

シャルフェイト

桃音がいなければ、……きっと、俺は殺戮や暴虐だけを愉しんで、向こうの世界を本当に壊していたのかもしれない。兄貴が俺を叩きのめしてくれなければ……、愛する人に出会う事も、大切な事に気付く事も。――そういう意味では、兄貴に感謝している。

撫子

そう思うのなら、一度……、いつか、そういう気になったらでいいので、お師匠様に会ってみませんか?

 シャルフェイトだけでなく、フェインリーヴの心の中にも、まだ過去の傷は根深く残っているはずだ。
 兄に刃を向けた者として、弟に刃を向けた者として、互いに伝えきれない思いも、昇華出来ない沢山の思いが胸の奥にあるはず……。
 もしも、叶うのならば……、もう一度。

シャルフェイト

いつか……、か。多分、無理だろうな。

撫子

何故……。

シャルフェイト

もうすぐ……、過去の記憶が蘇る。俺が抱いた憎悪や怒りよりも深く、あの人を想う存在が……、ごほっ、ごほっ。

 悲しげに瞼を伏せたシャルフェイトが、辛そうに咳を繰り返した。
 過去の記憶が、蘇る……。 
 その言葉に、何故か本能的に恐ろしい予感が、撫子の鼓動と共に胸を打つ。

シャルフェイト

逃がしてやりたいけど……、生憎とこの状態だからな。いっそ自害でも出来れば楽なんだが、俺はまだ、この身体の中に沢山の妖を抱えている。だから……、自分から死ぬ事が出来ない。

撫子

伝承では、千体以上の妖を喰らった、と……。

シャルフェイト

喰らったというか……、桃音を狙う面倒な大妖達がゴロゴロといたんで、それを片っ端から殺していったら……、その中に厄介なのがいた、と。

 愛する巫女を守る為、シャルフェイトは彼女に仇名す妖達を屠り続けたらしい。
 けれど、そのうちの一匹に……、魔族と相性の悪すぎる特性を抱いた者がいた。
 

シャルフェイト

所謂、浸食系ってやつだな……。俺の内側から破壊衝動や殺戮行為を強める毒を生み続け、気付いた時には、多くの妖を喰らい肥大した化け物が完成、と。そのせいで、桃音や人間、妖達にもかなりの迷惑をかけた。

撫子

だから、自分を抑え切れずに暴れまわっていたわけなんですね……。では、今は?

シャルフェイト

故郷であるこっちに戻って来れたから、その妖の毒は弱まってるよ。けど、いつ飲まれるのかは正直微妙なところだ……。俺が弱るということは、毒が強まるという事でもあるしな。

 撫子達の暮らしていた世界にいるよりはマシなのだと、そうシャルフェイトは苦笑を漏らしながら教えてくれた。彼としては、こちらの地で自分を封じる事で被害を出さないようにと考えていたらしいのだが、その場所を探す途中で、――ある人物に捕まった。

シャルフェイト

はぁ……、どうしたものか。せめて、この膜をどうにか出来れば、逃げられるかもしれないが。――ん? 何してるんだ?

撫子

いえ、脱出するにも体力は大事だと思いまして、え~と、こっちの袖の中に。

シャルフェイト

……は?

 薬学術師見習いとして生活するにあたり、色々と機能性のある服を着ておいた方が良いと、お師匠様が用意してくれたこの服には、色々と便利な部分が隠れている。
 撫子は左手首から服の中にごそごそと手を差し入れ動かすと、ひょいっと何かのケースを取り出した。

撫子

体力回復用のベリーブルム草で作った錠剤です。さぁ、どうぞ!!

 フェインリーヴに習った薬草学の知識や、調合に出来上がる薬の種類の多さには吃驚したものだが、覚えておいて本当によかった。
 小瓶に入った液体状だけの物だけでなく、調合後の姿は様々。
 撫子はケースから三錠四角い形の小さな錠剤を取り出すと、シャルフェイトに差し出した。
 けれど、何故かその目が泳いでいる……。

シャルフェイト

俺……、薬とか、そういうのは、ちょっと。

撫子

ちゃんと効果があるんですから、我儘言わずに飲んでください!! ほら!! さぁさぁさぁさぁ!!

シャルフェイト

血族って……、こういう押しの強さも似るのか? なんか凄く懐かしい何かが、――んぐぅううっ!?!?

 薬は苦いから嫌だの何だのと駄々を捏ねるシャルフェイトに迫り、強引に錠剤を口の中に放り込んで飲み込ませる撫子……。元、最強最悪の大妖と呼ばれた凶極の九尾の目に、じわりと涙が浮かぶ。

シャルフェイト

……最悪だっ。

撫子

これで体力を回復出来るなら安いものじゃないですか!! お師匠様だって、好き嫌いせずに食いまくれ!! って仰っているんですからね!!

シャルフェイト

いや……、食べ物と薬は、違う、だろう……?

撫子

同じもんだ!! ……と、仰っていました!! でも、お師匠様自身が好き嫌いいっぱいなので、全然説得力ないんですけどね!!

 自分が出来ない事を、他人に押し付けるんじゃねぇ……!!
 そんな表情でシャルフェイトは舌打ちを漏らした。
 けれど、撫子が与えた薬の効果が即効で現れ、みるみる内に顔色が回復し始める。

シャルフェイト

あ……。確かに効くかもな、これ。少し身体が軽くなった。

撫子

それは良かったです。じゃあ、次は……、この膜を破れそうなチョイスを。

 ごそごそごそ。
 今度は背中側から一枚の薄っぺらい紙のようなものを取り出すと、撫子は膜に向かってベタリと貼り付けた。

シャルフェイト

ひとつ聞いておくが……、これは?

撫子

タリュン草とペル石を調合した溶解液です!! どんなものでも溶かせる万能系なんですよ!! 使うのは初めてですけど!!

シャルフェイト

薬草学って……、そういうもの、なのか? もう、薬とかいう次元の話じゃなくなってるような、――おおおおおおい!! なんか燃え出してる!! 燃えだしてるぞ!! お嬢ちゃん!!

撫子

あっ!! い、いけない!! 消火消火!! え~と、こういう場合は、えいっ!!

シャルフェイト

げっ!! 今度はなんかベチョベチョしたもんが……!! うわぁあああああああっ!!

 ――哀れ、凶極の九尾。
 一生懸命で頑張り屋な現・癒義の巫女が繰り出す、お師匠様直伝、薬草学の神髄? を、目の前で延々と阿鼻叫喚の構図を作り出しながら味わう羽目になるのだった。

シャルフェイト

くそっ!! 絶対にここを出てやる!! そんで、あの馬鹿兄貴に弟子の間違った教育方針について、滅茶苦茶に文句言ってやるからなぁあああああああああああああああ!!

28・囚われし者達の憂鬱と珍騒動

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