シャルフェイトにとって、強大な力を抱く父親は、幼い頃からの憧れであった……。
弱肉強食の魔界において、それは正義であり、絶対の象徴。
魔王の息子として生まれた事を誇りに思い、シャルフェイトは常に父親を目指していた。
能力を磨き、尊敬と畏怖を抱く父親から褒められるように、彼は常にその高みを追い求めていたのだ。
しかし、シャルフェイトの兄は……、いつも、自分の父親を避けながら生きていたように思う。
シャルフェイトにとって、強大な力を抱く父親は、幼い頃からの憧れであった……。
弱肉強食の魔界において、それは正義であり、絶対の象徴。
魔王の息子として生まれた事を誇りに思い、シャルフェイトは常に父親を目指していた。
能力を磨き、尊敬と畏怖を抱く父親から褒められるように、彼は常にその高みを追い求めていたのだ。
しかし、シャルフェイトの兄は……、いつも、自分の父親を避けながら生きていたように思う。
ねぇ、聞いた? また魔王様が反乱分子を粛清なさったんですって。
ええ、知ってるわ。まぁ、陛下に牙を剥いたのだから当然の報いだけれど、……女子供、老人も、反旗を翻した領主共々全部、だったそうね。
怖いわよね……。陛下に逆らおうとしていたのは領主だけなのよ? それなのに、無関係な町の者達まで……。
気に入らない者は根こそぎ、だものね……。この城に勤めている私達も、他人事じゃないわ。陛下に粗相をすれば、すぐに殺されてしまうもの。
城や外のどこを歩いても、必ず耳にしてきた父親の噂。
普通であれば、それがどんなに非道で恐ろしい狂人の所業か、理解する事が出来ただろうに……。
父親である魔王に心酔していたシャルフェイトは、一心にその強さと偉大さに惹かれていたせいで、其すべてを受け入れてしまっていた。
自分の父親に逆らう者達が悪い。
愚か者は死んで当然、消えて当然……。
そんな歪んだ思考で育ったシャルフェイトは、成人を迎えても優しい心、というものを学ぼうとしなかった。
あ~に~き~!! 手合わせしよう!! 本気の殺り合い勝負!!
やらん。一人で素振りでもしていろ。
一人でやっても楽しくないだろ? あと、弱い奴もパス!! 兄貴ぐらいじゃないと、刺激が足りないんだよ!!
そう両手を合わせて頼んでも、毎回フェインリーヴは溜息交じりに断るばかりだった。
今思えば、力にばかり固執して、問題ばかり起こす弟を持て余していたのだろう。
父親に似て、シャルフェイトは喧嘩や殺し合いが大好きな暴れん坊だったのだから……。
散歩や勉強だったら、付き合ってやってもいいぞ?
――っ!! なんでそんなのほほんとした時間を過ごさないといけないんだよ!! 魔族だろ!? 自分の腕を磨いて、競い合って、頑張りまくって、親父に近づきたくないのか!?
何故だ?
え……。
本当に、あの頃のシャルフェイトは馬鹿だった。
兄が何故、あんなにも悲しそうな顔でシャルフェイトを見たのか。
零された音に、どんな思いが込められていたのか……。
幼い頃から父親によく似ていると褒められて育ったシャルフェイトと違い、兄のフェインリーヴは常に魔族らしくない態度や言動ばかりを見せていた。
父親を崇める者達は、王妃である母親に似て軟弱な心の持ち主なのだろうと、そう、兄を評して嗤っていたように思う。
何でもない……。さてと、俺は母上の所に行くが、どうする?
……行く。
心優しく美しい母親は、シャルフェイトにとって父親と同じくらいに大好きな存在だった。
けれど、我が子が成長すると共に、シャルフェイトが、父親に似た気質を兼ね備えている事に、母親はいつも何かを言いたげにしていた。
きっと止めたかったのだろう……。
父親のような、冷酷無比の残虐な大人にならないように、道を示したかった。
けれど、そんな素振りや言葉を向けられても、シャルフェイトは、何も気付かずに父親だけを目指し続ける。
兄と母親の胸を痛めている事など、知らずに……。
ある意味で、シャルフェイトは純粋無垢な存在だったのかもしれない。
何も疑わずに、父親への憧れだけで、その存在を信じ、抵抗もなく受け入れ続けていたのだから。
――そして、時は過ぎ去り。
年を経るごとに凶悪さを増していく父親を、ついに……、シャルフェイトの兄がその手で討った。
これ以上力なき民を苦しめ、身勝手な真似で殺戮や暴虐を行う事は許さない、と。
まさか、あの強大な力を抱く父親が負けるとは思わなかった。
フェインリーヴは常に温厚で、弟との手合わせさえろくにしてくれなかった戦闘嫌いの王子。
確かに強い事は強かったのだが、父親に勝てるほどとは思わなかったのだ。
止めようとしたシャルフェイトの目の前で膝を屈した父親……。
あの時、何故か……、父親の顔に笑みが浮かんでいた気がするのは、今でも間違いではないと、シャルフェイトはそう思っている。
フェインリーヴ……。
父上、俺は……、最後まで貴方を、父親として尊敬する事も、情を抱く事も、出来なかった。
やめろ!! 兄貴!! 親父はもう戦えない!! 勝負は決まっただろうが!!
破壊され尽した玉座の間で、剣の先を父親の喉元に突き付けていた兄。
どちらも大量の血を流し、満身創痍だった。
魔界の掟は、弱肉強食……。
敗者には屈辱と死を……。
そうわかっていたのに、シャルフェイトは父親の命乞いに走った。
けれど……。
新たな魔王として、俺は貴様の存在を許さない……。魔界の繁栄と平穏を成す為、――眠れ。
兄貴ぃいいいいいいいいいいいい!!
父上……。
父親を庇おうとしたシャルフェイトを、その父親自身が突き飛ばし、自ら息子の刃を受けた。
命の脈動を繋げる鼓動を、血に塗れた剣がぐっさりと貫いて、その音を奪う。
シャルフェイトの気が狂わんばかりの絶叫が玉座の間に響き渡り……、どさり、と、フェインリーヴの胸に、父親の身体が倒れこんだ。
……フェイ、ン、……シャ、ル……、ぐっ。
……。
魔界の者達を余す事なく支配し、震え上がらせていた最強最悪の魔王が、その日……、永遠の眠りに就いた。
憧れて、届かないその輝かしい光に、必死に手を伸ばしながら生きてきたシャルフェイトの中で、何かが壊れた。
自分や父親が信じてきた、弱肉強食の掟を、その時だけは、受け入れられなかったのだ。
何故殺した? 何故、愛すべき肉親を、その手にかけた?
あぁぁっ、あぁああぁっ!! 嫌だ!! 嫌だ!! 逝かないでくれっ、親父!! 俺はまだ、アンタに辿り着いてない!! まだ、まだ……!!
父親を失ってからのシャルフェイトは、抜け殻のように日々を過ごした。
兄のフェインリーヴも、あえて弟の心に踏み込む事はせず、魔王としての日々に向き合いながら多忙な時間を過ごしていく。
母親だけはシャルフェイトを案じてよく部屋に通ってくれたが、それも自分から拒んだ。
何故、夫を奪った息子を憎まないのか?
何故、親殺しという凶行に及んだ兄に、何も言わないのか……。
正しい事はなんなのか、何故、父親は負けたのか……。
シャルフェイトの心は、日増しに病んでいった。
親父……、親父っ、あの人が負けるわけがない!! きっと兄貴は、何か卑怯な手でも使って、そうでなければ、あの親父が死ぬわけがっ!!
自堕落に引き籠って生活する日々が続き、やがてシャルフェイトは、先代魔王に忠誠を誓う貴族達と秘密裏に会う事になる。
とある人物の囁きひとつで、シャルフェイトは、進んではいけない道に、飛び込んでしまった……。
父親を裏切った憎悪の対象、生易しい理想論ばかりを口にする、現・魔王。
武よりも、文を得意とし、そちらに傾いている兄に、自分が負けるものか……。
シャルフェイトは、その時、傲慢と憎悪の奔流に飲み込まれ、――反旗を翻した。
はぁ、はぁ……、なんで、なんで……!!
もうやめろ……、シャル。父上は死んだ。この世界のどこにも、あの人はいない。
くそぉおおおおおおおおおおっ!!
あれだけの軍勢を率いて攻め込んだ魔王城……。 沢山の血が流れても、シャルフェイトがどんなにフェインリーヴを憎んでも、――勝てなかった。
父親の時とは違い、完全に手を抜かれている事もまた腹立たしく、彼は最後まで兄に抗った。
そして……。
シャル……。
うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
そこから先は、あまり覚えていない……。
ただ、兄が自分の命を取らず、見逃した事だけはわかった。
逃げ延びて彷徨い続け……、やがて辿り着いたのは、――全く知らない、別の世界。
シャルフェイトにとっては、全ての終わりであり、けれど、新しい始まりの場所でもあった。
その場所で、彼は……、命を賭してまで守りたい、一人の女性と出会ったのだ。