フェインリーヴ

まったく、なんなんだ!! あの物言いは!! 反抗期か!? それともツンデレか!?

側近

陛下~、それ、夕方からずっと言ってますよ~? お弟子さんに嫌われたショックはわかりますが、少しはお怒りを治めてくださいよ。

フェインリーヴ

俺は至って冷静だ!! ついでに、嫌われた覚えはない!!

側近

はぁ……。とりあえず、珈琲のおかわりでもどうぞ。あまり怒鳴ってばっかりだと城の者も戸惑いますので、ほどほどにしておいてくださいね。

フェインリーヴ

ふんっ!!

 ソファーを破る気か!! とばかりに勢いよく腰を下ろしたフェインリーヴは、その長い足を組んで鼻を鳴らした。
 冷静だと言っておきながら、やっぱりどこからどう見ても、――弟子の態度に振り回される情けない師匠のそれだ。
 陰からこっそりと通信の様子を見ていた側近は事情を把握しているので、城の者を代表して宥め続けている。
 ……全然、通常状態に戻らないところをみると、相当弟子からの対応に傷付いているとみて、間違いはないだろう、と、思われている。

側近

この大変な時に、あまり私情で動かないでくださいよ。まだあと何件潰さなければならない不穏分子がいると思っていらっしゃるんですか……。

フェインリーヴ

それは、また明日にやればいい話だろう。だから、今夜は別に……。

側近

感情のバランスを保つ事も、翌日の為に必要なんですよ。わかっていらっしゃるくせに。

フェインリーヴ

……悪かった。

 魔界に戻って来てからというもの、凶極の九尾の行方を調べるのと同時に、現魔王である自分に歯向かう兆しのある者の勢いを挫く者の対処にも追われていた。
 そのせいか、調べては潰し、調べては潰し。
 とりあえずは、事が起こる前に先手を打つ事が出来ているわけだが……、正直煩わしい上に邪魔だ。
 先代の魔王を崇める反乱分子には日頃から牽制をかけているのだが、それだけでは屈しない者が多過ぎる。
 話し合いで済むのなら出向いてやるが、それが通じない相手ばかりの名前ばかりがリストに並んでいる。
 魔界における重要会議の際にも、決して参加せずに代理ばかりを寄越してくる先代至上主義の貴族共。
 話し合いの結果、現魔王であるフェインリーヴに寝返った者も多いが、頑固どころのこの多さよ……。
 明日の事を考えてうんざりとしているフェインリーヴに、側近の男がスッ……と、別の書類の束を差し出した。

フェインリーヴ

これは……。

側近

騒がしい方々の裏で何やら動いている方々の行動記録です。目を通してください。

 側近の意味深な視線に目を細め、フェインリーヴは素早く書類に綴られている内容を確認していく。
 普通に見れば、各領地の領主が魔界の法に乗っ取って取引をしているようなのだが……。
 その、何の変哲もない取引記録や気に留める必要のない行動の中に……、奇妙なものを見つけた。
 

フェインリーヴ

ガルダウア原石……、だと?

 フェインリーヴがぽつりと零した音に、側近が静かに頷きを寄越してきた。
 魔界だけで採掘出来る石のひとつ。
 宿る魔力はそれほど強大ではないのだが、それとは別に、ガルダウア原石には意味がある。
 死者を癒す石……、そして、魂の回帰を意味する石。
 魔界においては、貴族や権力者の類が親類を亡くした時に使う石で、それを使って死者の為の神殿を作る者もいる。
 他にも色々と使い道はあるのだが……。
 何故、このリストに載っている全員が、ガルダウア原石を一定量ずつ買っているのか。
 それほど取引が盛んな石ではない。
 なにせ魔族というものは、滅多に死なないわけで……、たとえ死んでも、神殿を建てたりする者は少ない。

側近

気に留める必要はないのでしょうが、どうにも気になりましてね……。秘密裏に何に使ったのかを調べましたところ。

 側近の語ったガルダウア原石の行方と使用用途について聞かされたフェインリーヴは、喉奥に流し込んだ珈琲に、ほんの僅かな苦味と嫌な予感を覚えた。

騎士団長・レオト

なるほどな……。そっちはそっちでややこしい事になってるわけか。

フェインリーヴ

まぁな……。今後の動きによっては、帰る日が遠のくかもしれん。

 妖と呼ばれる黒い子狐を保護したその日の夜。
 レオトは撫子と子狐達がいる部屋を後にし、夜の散策と称して中庭に出ていた。
 どうにも様子のおかしい撫子の事を放っておけず、こっそりとポチから自分がいない間の事を教えて貰っての通信開始だ。
 レオトの場合は、鏡ではなく、その耳にしている赤いピアスを媒介にそれが出来る。
 目の前に現れた光の中に映る友人を溜息交じりに見つめ、魔界でも面倒極まりない事が起きかけている事に、こちらも眉間を押さえてしまう。

騎士団長・レオト

正直……、誤解であってほしい、と言いたいところだが、……どうなんだ?

フェインリーヴ

俺の右腕の男が気にかけた件だからな……。何でもない、とは、俺も思えない。

騎士団長・レオト

じゃあ、やっぱり詳しく調べるわけか。

フェインリーヴ

懸念を全て払うのも、俺の役目だ。まぁ、あの石で何がどうこう出来るわけでもないとは思うんだが……。少々気になってな。

 側近の男やフェインリーヴが目に留めた時点で、大抵それには何かが付き纏っている。
 魔王である友人が、捨て置けない何かが……。
 関与している貴族は、フェインリーヴの側に属している貴族の一部。
 何を考えて、ガルダウア原石を手に入れたのか……。何の為に、使う気なのか。
 一斉に葬式でもあるまいに、何故……、死者の為の石を?

騎士団長・レオト

必要だったら、いつでも声をかけていいからな。

フェインリーヴ

お前には、この国の守護という役目があるだろうが……。約束を破る気か?

騎士団長・レオト

少しぐらいなら……、彼女も許してくれるだろうさ。むしろ、友達の助けにもなれないような男は腑抜けだ何だって罵ってくるにきまってる。

フェインリーヴ

レオト……。

 だから、必要があるのなら、いや、必要としてくれるのなら、呼んでくれ。
 レオトは通信の向こうにいるフェインリーヴに親愛の情を浮かべながら微笑んで、白銀の月を見上げた。
 どんな時でも、……どの時代でも、彼らの上に佇んでいる空の世界だけは何も変わらない。
 時の流れと共に姿を変えてゆく地上とは、まるで別世界のように。

騎士団長・レオト

個人的には……、まだかなぁ、って感じなんだよな。

 レオトをこの地に縛り付けた、いや、……残していった愛しい人は、もう何度この世界を巡ったのだろうか。後を追う事も出来ず、レオトは……、ずっと、この場所で立ち尽くしているようなもの。
 その呟きに、フェインリーヴが切なそうに瞼を伏せる。

フェインリーヴ

アイツは……、結構なドSだったからな。まだまだ来るなと、そう追い出しにかかってきそうだが。

騎士団長・レオト

ははっ……。だな。俺もそんな気がする。

騎士団長・レオト

とまぁ、俺の事はまぁいいとして……、なぁ、フェイン。

フェインリーヴ

ん?

騎士団長・レオト

お前……、少しは考えてキレろよ。

フェインリーヴ

は? 何がだ。

 すぐに思い至らないところが、昔から変なところで鈍感だなと、この友人に対して思うところである。
 きょとんとしているフェインリーヴをじろりと冷めた視線で睨んでやると、レオトはこれ見よがしに大きな溜息を吐き出した。

騎士団長・レオト

ポチに聞いた。『お前は一生俺の弟子でいればいいんだ!!』ってな。

フェインリーヴ

なっ!! ななななななななっ!!

騎士団長・レオト

一生、って……、お前。絶対無意識だろ? つい、自分でもわかってない本音が出たろ? この馬鹿。

フェインリーヴ

う、うるさい!! あ、あれはだな!! 未熟なくせに師匠を敬わない撫子に身の程をわからせる為の……!!

騎士団長・レオト

ふぅん……。

 レオトの友人を見る目は、どんどん冷ややかになってゆく。
 主に、言い訳ばかりを繰り返し、覚悟を決めないその情けさに対してだ。
 この半年以上……、レオトの見てきたこの友人と、その弟子である少女が築いてきた絆は強い。
 なにせ、異性に対してさりげなく壁を作り続けてきたこの友人が、常に傍に置き続けてきたのだ。
 保護施設に預けるでもなく、事情があるとはいえ、弟子にまでしてしまった。
 自分から、撫子という存在に近付く事ばかりしていたのだ。
 犬でも飼う気持ちか? と一時期は微笑ましく思っていたものだが、レオトの目にはどんどんその関係性は変化しながら移り変わっていった。
 けれど、フェインリーヴは魔族で、撫子は人間で、彼女は、別の世界の住人。
 辛い事にならないようにと見守っていたからこそ、友人に歯止めをかけた。
 そこで踏み止まるのも、それを飛び越えていくのも、フェインリーヴと撫子次第。
 ……なのだが、こうも意味深な発言を連発しておきながら、一人の少女を悩ませている友人に腹が立って仕方がない。

騎士団長・レオト

まぁ、別にお前の心次第から放っておくが、せめて弟子の心ぐらいはわかってやれよ。あの子、ただでさえ悩みやすいっていうか、真面目過ぎて逆走しそうなタイプっていうか。

フェインリーヴ

わかっている!! 撫子の事なら、師匠の俺が一番良く!!

騎士団長・レオト

あ~、駄目だ。全然わかってねぇ……っ! ってか、自覚もしてないんだから仕方ないが、このまま鈍感ルート突き進むと……。

 遠からず、この友人は大切なものを失う事になる。
 その手から飛び立とうとしている蝶が目指す先に行かせてしまえば、全てが終わってしまう。
 元々、交わる事のない世界の住人。
 出会うはずもなく、存在も知らず、互いに別の生を歩むだけの存在だったのに……。
 この奇跡を掴むも、手離すも、フェインリーヴ次第。
 いや、撫子自身からも、手を伸ばす必要がある。

騎士団長・レオト

はぁ~……。まぁ、俺からはこれだけ言っとく。後悔だけはしないように、やれる事は全部、やっとけ。

フェインリーヴ

一応、そう心がけてるつもりなんだが……。

 恋愛以外はな!!
 滅多に感情を荒げる事のない騎士団長はひくりと頬を引き攣らせながら、もうひと押しでもしておくか……と、前に出た、その瞬間。

フェインリーヴ

――何だ!?

騎士団長・レオト

これは……、騎士団の方からだな。研究物もない場所からって事は、奇襲の類か……? フェイン、悪いが俺は騎士団の方に向かう。話はまた後だ!!

フェインリーヴ

わかった。撫子達のいる区画とは正反対だから、恐らくは大丈夫だと思うが……。俺も一度そちらに戻ろう。
 

騎士団長・レオト

あぁ、そうしてくれ。ついでに、撫子君と仲直りでもしていけ。

フェインリーヴ

元から喧嘩などしていない!!

 友人の元気な声にほっとしつつ、レオトは通信を切って走り出す。
 騎士団を狙っての奇襲、というよりも、この王宮自体に乗り込んでくるその手腕に内心で舌打ちをしつつ、その襲撃者の顔でも拝んでやるかと前に進んでいく。
 本当は、撫子の方に行ってやれれば良かったのだが、異変の起きた方角が正反対の場所である以上、そちらの確認が先だ。
 団員達で対処が可能だと、現状を把握したうえで納得したら、すぐに撫子達の許に向かうつもりのレオトは、けれど一方で……、奇妙な違和感を感じていた。

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