私が作り出したイイユメツールは、見上げるほどに大きな鏡だ。

な、なんだいそいつは!!

 鏡を見た途端、怯えたように声を上げる魔女なハクちゃん。そんな彼女に鏡を向けるのはチクリと心が痛む。けれど、

何もせずこのままになんか
しておけるもんか!!

 私は巨大な鏡を動かす。

 私が作ったイイユメツールだ。私の思い通りにならない訳がない。

鏡よ映せ!! ハクちゃんに
魔女なんかじゃないって
気付かせるんだ!!

 私の言葉と思いに従って、大きな鏡は魔女なハクちゃんに向かい合うように動く。そして、

ひっ!!

 鏡に映った姿に、震えた声が上がる。そこに映っていたのは、

 魔女ではない、ハクちゃん本人の姿だった。

ひっ、あ……やめ
やめろおおっ!!

違うっ、私は違うっ!!
私はそんな情けなくて
ズルい奴なんかじゃない!!

私は、アタシは魔女だっ!!
魔女なんだっ!!
そんなの偽者だ!!

消えろ……消えちまえっ!!

 恐怖と不安の声を上げ、それを塗り潰そうと怒りに身を任せてる。

 そして魔女なハクちゃんは、呪文のように怒りの声を響かせると、いつの間にか一本の杖を握っていた。

うあっ!! なにこの子!!

気を付けて朝華!!
それイイユメツール並に
ヤバい代物だ!!

ちょっ、いきなりなに言って――

 私が疑問の声を上げるより速く、

消えろっ!! ぶっ壊れちまえ!!

 杖から巨大な雷が溢れ出し、手当たり次第に周囲に落ち爆破しながら鏡へと向かって来る。

一端この夢から逃げよう朝華!!
それまともに食らったら
君でもヤバいよ!!

 切羽詰まったチーシャの声。

 それは考えるよりも速く、いま周囲に落ちてる雷がヤバいモノだって実感させる。

 でも、だからどうした!!

ここまで来て
今さら退けるかっ!!

 手にしたハンマーを振りかぶる。そして渾身の力を籠めぶん回す。

 それは狙い過たず雷に命中。

 大爆発が起きたけど、キッチリ消してやった。

幾らでも来ーいっ!!
全部ぶっ飛ばしてやる!!

なんて脳筋思考

いやはや安心したよ
それでこそ朝華だ

褒め言葉になってない!!

 軽口を叩くチーシャに返しながら、私は次々雷をハンマーで殴る。

 爆発爆発爆発。そして更に爆発。

 殴りつける毎に爆発させながら、全ての雷を消していく。

無茶苦茶な事すんじゃないよ!!
雷を殴り飛ばすなんて
なんて出鱈目なんだい!!

デタラメ上等だよっ!!
それでハクちゃんの
悪夢が消えるなら幾らでもしてやる!!

!!

う、うるさいうるさいっ!!
余計なことしようとするなっ!!

 声を震わせながら、魔女なハクちゃんは更に杖を振る。

 それと同時に出て来たのは、今度は雷じゃなくて、

うあっ、きもっ!!

 何体ものモンスターが地面から出て来る。

 そいつらは一斉に鏡に向かう。

ちょっ、待てーっ!!

 飛ぶように走り、私は次から次にぶっ飛ばす。

 縦横無尽に嵐のように、目に付く端からぶっ飛ばす。ぶっ飛ばされたモンスター達は、ガラスが砕けるような音をさせ粉々になり消え失せる。

 それを十、二十、三十!!

 数えきれないほど消してやったけど、数の多さにモンスターの一体が鏡に辿り着く。

 そして鏡に触れた途端、鏡に融け込むように消え失せ、それと同時に鏡が僅かに曇り、本来のハクちゃんの姿を薄れさせる。

 それが続く毎に――

 鏡の中のハクちゃんは、安心するような表情を見せた。って――

それは違うでしょうがっ!!

安心してどうするの!!
そんな所に閉じ籠ってないで――

 私は一気に走る。モンスターなんか置き去りにして鏡の元へ。そして――

――いい加減出て来ーい!!

 ぶんっ!! と勢い良く音をさせ、私は鏡を槌で思いきり殴り付けた。

うあお。やっぱ脳筋だ

 チーシャの呆れ声は鏡の砕ける音に掻き消される。

 音と共に、飛び散る破片。

 それは地面に落ちるより速く融けるように消え、同じように、それまで杖を振り回していた魔女はガラスの破片のように砕け散り、その破片も融けるように消え失せる。

 あとに残るのは、

ぁ……

 砕いた鏡の中から現れたハクちゃんだけ。

無茶するねぇ、君は
そもそも、なんで鏡を割れば
その子が出て来るって思ったんだか

安心した顔したんだもん

え?

だから、魔女じゃなくて
鏡の中のハクちゃんが
鏡が見えないようになればなるほど
鏡の中で安心した顔見せたの

だからハクちゃんは
そこに居るんだって思って
無理矢理だけど引っ張り出したの

なんともまぁ、直感行動だねぇ

もっとも夢の中なら
それが一番だろうけどね

それで、これからどうするの

 そう言いながら、チーシャは私を見詰めた後、視線を動かす。思わずその視線につられて顔を動かすと、

……ぁ

 思いっきりハクちゃんと視線がぶつかる。

後は任せた!!

 そしてその場から離れるチーシャ。

こらーっ!! 一人にするなーっ!! 

 コミュ障になんたる仕打ち。

 このままハクちゃんと話せとでも言うのか。

無理。無理無理無理っ!!
これならモンスターとかと
戦ってた方がずっと楽だよ

 情けないけど、これが私だ。

 夢の中で暴れるならへっちゃらだけど、それが終わって冷静になっちゃえば、いつもの私が顔をのぞかせる。

 ろくに他人と話すことも出来ない意気地なし。

 だけど、そんな自分で居る事は、今ここでは許されなかった。

……なんで、こんなことするの

 泣き声混じりのハクちゃんの声に、私のいじけた心は吹き飛ばされる。

魔女じゃなきゃ、私……
言いたい事なんて何も言えないのに

これからずっとずっと
我慢しなきゃいけないのに……
どうしよう……

 それは私に向けて言ってるようでいて、実際は違っていた。

 彼女が嘆くように呟いているのは自分自身。

 これだけ好き勝手しっちゃかめっちゃかに夢の世界を壊されたのに、それでも責める言葉は自分に向ける。

……しょうが、ないよね
魔法使いになれないのに
何でも出来るふりをして
勝手な事ばかり口にして

我慢、しなきゃ……
魔女じゃないなら
我儘言ったらダメだもん

 苦しそうに、無理矢理自分で自分を納得させて。

なに、これ……
こんな結末、私望んでないよ

苦しめたい訳でも
泣かせたい訳でもないよ
これじゃまるで私が
悪夢みたいじゃないか

そんなのは――

絶対に違う!!

……っ

 私は高ぶる感情のままに声を上げる。

 だって我慢できる訳ないこんなの。

 私は楽しい夢を見て欲しいんだ。
 キラキラ輝いている夢を見ていたいんだ。

 なのに、なんで夢の中で泣なきゃいけないんだ

そんなの絶対間違ってる!!

 想いは言葉となって溢れてくる。

 想いのままに我儘に、私はハクちゃんに言葉を掛ける。

我儘言えば良いんだよっ!!
我慢なんてしなくて良いんだ!!

 私の言葉にハクちゃんはビクリと怯えたように体を震わせながら、それでも必死に返してくる。

ダメ、だよ……そんなの
迷惑、掛けたくないもん

いいじゃんかっ!!
少しぐらい迷惑掛けたって!!

そん、なの……やだよぉ
嫌われたくないもん……

嫌う訳ないじゃん!!
そんなことぐらいで!!

……え?

仲の好い友達なんでしょ?
だったら少しぐらいの
我儘なら許してくれるもん

でも……だって……

信じなよ。ハクちゃんだって
友達が少しぐらい我儘言っても
許してあげるでしょ?
だったら友達だって同じだよ

……そうかもしれない
ううん、きっと2人とも
許してくれる……でも

私には、無理だよ……
魔法使いにも、魔女にも
どちらにもなれない私じゃ
そんな我儘言うのは、許されないよ

もう小さい頃みたいに
何かをしてあげられない
嫌われるかもって
怯えるのを我慢できる
心の強さも無いもん

 苦しげに、想いを絞り出すようにして、ハクちゃんは自分で自分を納得させる。

 きっと何もかもできる魔法使いなら、自分に自信を持って友達に自分の想いを伝えられたのだろう。

 きっと、何を思われても平気な強さを持つ魔女なら、自分の想いを素直に口に出来たのだろう。

 でも、そのどちらも無理なんだ。

 だから諦める。

 けれどそんなの、私は我慢できない。してたまるもんか――

魔法使いにも魔女にも
どちらにもなれないんだよね
だったら――

 想いのままに勢い乗せて、私はそれを口にした。

――だったら
魔法少女になれば良いよ!!  

魔法使いみたいに
何もかもできなくても
友達のために何かを
してあげる事は出来るよ

魔女みたいに
図々しくなれなくても
友達に少しだけ
甘える事ならできるよ

ハクちゃんは
ハクちゃんのままで良いんだ
それをきっと、友達も許してくれる

……許して、くれる……

でも、私、そんな子じゃ……
それに、魔法少女って……
どうすればなれるの……

簡単だよ。なろうと思えば
ハクちゃんなら絶対なれる
私だってなれたんだから

貴女は、なれたの……?

 不思議そうに、そして期待の熱を込め私を見詰めるハクちゃんに、私は想いの全てをぶつけて返す。

うん。私はなれたんだ
だから今、ここに居るんだよ

悪夢で苦しむハクちゃんを
助けてあげたくて
出来る事をしたし

いまハクちゃんに、夢から覚めて
元気になって欲しくて甘えてるんだ

出来る事しかしてないし
やりたい事しかしてないけど
それでも良いって思うし
そうしたいって思ってる

大事なのはきっと
相手の事を思いやって
動くことだよ

ハクちゃんならきっと出来るよ
だって友達の事、大好きなんでしょう?

 私の言葉に、ハクちゃんは想いを飲み込むように押し黙る。

 でも、やがて――

うん。大好き。2人とも
大好きだよ、私

 嬉しそうに、笑顔を浮かべ応えてくれた。

 その笑顔は不器用で、少しだけ泣いているみたいだったけど、朝一緒に登校した時に見たみたいに、かわいいなと思える笑顔だった。

 だから私は安心する。

 これでもう大丈夫。夢の舞台はこれにて閉幕。

 あとは、ハクちゃんを信じるだけだ。

好かった。もうこれで大丈夫

目が覚めても
ハクちゃんは頑張れるよ

だからこれからは
きっと好い夢が見れるよ

約束するね

ぁ……

うんっ

 嬉しそうな笑顔をきっかけに、少しずつ夢の世界は薄れていく。

 夢が覚める時が来たのだ。

夢の終わりが来たようだ
それじゃ帰ろうか
くそねみまじかる朝華

え!? って、ちょ
置いて行こうとするな!!  

はいはい、それじゃ急いで急いで
用もないのに他人の夢に
いつまでもいるのは不作法だよ

分かってるってば
って、引っ張るなあぁぁぁ……――

 チーシャに手を引かれ私は一気に意識の深層から表層へと浮かび上がっていく。その終わりに――

……が…う!!

 ハクちゃんの嬉しそうな声が、聞こえてきたような気がした。

 聞き取りきれなかったその言葉を聞きたいと思いながら、私は眠りから目を覚ました。

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