現れた魔女は、怒りで顔を真っ赤にしていた。

なんてことしてくれんだい
その子を助けるのはお前じゃないよ

 怒りのあまり声まで震わせて、魔女は私を睨み付ける。

 でもそんなの、知ったこっちゃない。

いきなり出て来て
なに言ってんの

助けるって、なに?
この子を助けるっての?

だったらもっと早く
助けに来なさいよ!

まさか、こうなるまで
待ってたんじゃないよね

……っ

 私の言葉に魔女は押し黙る。返すことの出来ない魔女に、私は更に言葉を浴びせようとした。

 けれどそれよりも早く――

まぁまぁ、落ち着いて
別にイジメられてるのを
好きで見てた訳じゃないさ

 チーシャが割って入るように言葉を掛けてくる。

ただ単に、その場面では
何も出来なかっただけさ

魔法使いじゃあるまいし
早々都合よく出来はしないよ

 気のせいか、チーシャの言葉は魔女を気遣っているような気がする。

 けれどそれが、魔女は気に触ったみたいだ。

うるさいよっ!!
黙りな!!

アタシは出来た!!
あの時だって、どうにか出来たんだ!!

魔法使いでもない君が?

……っ

うるさいっ!!
魔法使いじゃなくたって
アタシは魔女だ!!

出来る、出来た筈なんだ

 自分で自分に言い訳するように、ぶつぶつと魔女は呟く。まるで呪文を唱えてるみたいに不気味だ。

 そしてその呟きが響けば響くほど、舞台の上から全てが消えていく。

 イジメていた子達も、イジメられていた子も、そして教室も消えていき、代わりに荒地が広がっていく。

ちょっと、どうなってんの?

夢の景色が変わっているだけさ
ここは夢の中、夢の主の心象風景
気持ち一つで変わるもの

馬鹿だよねぇ、この子
頼られるのが嬉しくて
期待通りの自分になろうとして
なれないって気付いても
どうにか、そうあろうとしてる

……ちょっと待って
さっきから言ってるの
この魔女って……――

 ざわざわする。既に答えは分かり切ってるけれど、そうだと認めるのは落ち着かない。

 だけど、チーシャは容赦なく答えを言った。

彼女《まじょ》が、この夢の主だよ
夢の見手にして、悪夢の形

君がどうにかしたい相手だよ
くそねみまじかる

さて、君はどうするのかな?

 試すように尋ねるチーシャ。

どうするって、そんなの……

分からないよ

 チーシャの言う通り、この魔女が夢の主だというのなら、ハクちゃん自身だということ。

 なら、どうする? どうしたら良い? 

 どうすれば、一番良いんだろう。

 思い悩む私に、チーシャは声を掛けてくれる。

分からない?
それとも思いつかない?
ひょっとして
正しい答えなんて考えてる?   

だったら止めときなよ、そんなもの

君がここに居るのは何故だい?
間違いを正したいから?
違うよね。徹頭徹尾わがままに
悪夢を見る人が許せないからここに居る
だったらさ、やる事は一つでしょ

正解なんて目指さずに
君は君のしたいように
やりたいようにすれば好いんだよ
だって君は、くそねみまじかる
なんだからね

やっちゃいなよ、朝華

……

 なんて放任主義なのか。

 それなのに、どこまでも私を信じるように見詰めてる。

うぅ~

いいよっ、やってやる!!
私は私の好きにするんだ!!

 唸るように声を上げ、宣言するように言い捨てる。

 私は魔女なハクちゃんに真正面から向かい合い、

悪夢なんか見ちゃダメだよっ!!

 思ったままを、そのままぶつける。

わ~お、すっごいストレート

うっさーい!!
気の利いたこと言えるほど
器用じゃないんだ私は!!

だから思った事を
そのままぶつけるだけだ!!

な、なに言ってんだいアンタ
アンタはアタシに関係ないだろ

だからなんだ!!
そんなの知らない!!

そんなの、悪夢で苦しむ
ハクちゃんを、助けない
理由になんかなるもんか

なに言ってんだい
悪夢? 悪夢だって……

そんな、訳ない
アタシは魔女だ
だからここでは
アタシの思い通りになるんだ
なってる筈なんだ……

 私の言葉を聞いて、魔女なハクちゃんは、まるで自分で自分を納得させるみたいに、ぶつぶつと小さく呟き続ける。

 酷く苦しげだ。

 その姿を見たくなくて、私は何かを言おうとしたけれど、それより早くチーシャは言った。

言っておくけれど
これは悪夢じゃないよ

何しろ明晰夢だ。夢のなにもかも
見る者の思い通りになる夢さ

思い通りって、だったら
なんでハクちゃんは
こんなに苦しんでるの

だから言っただろ
思春期の潔癖症だって

第一幕で過去のイジメから
助け出して仲良くなる自分を

第二幕で友達になった彼女の
気になる男の子と仲を取り持つ
現在の優しい自分を

そして第三幕で、男の子に奪われた
大事な大事な友達を奪い返して
いつまでもいつまでも
2人仲良く居続ける未来の自分を

もっとも第三幕は
見そうになる前に
跳ね起きちゃうみたいだけど
それで寝不足でバタンキュー
になってんだけどね

そ~んな、自分にとって
何もかも思い通りになる夢
それって、悪夢だと思う?

悪夢じゃないか!!

 試すように言うチーシャに、私はキッパリ返してやる。

そんなの自分の思い通りにしか
ならない夢だ

自分がなりたい夢じゃない!!

だからハクちゃんは苦しんでんだ
そんな夢、私がぶっ壊してやる!!

 想いが高ぶり、それは心の中で形を作り、悪夢を打ち倒すアイテム、イイユメツールとして形を成す。

お、イイユメツールを作ったね
でも、そのハンマーでどうするの?
魔女なその子を殴っちゃう?

出来る訳ないでしょうがそんなの

 思わず気持ちの高ぶりと共に作っちゃったイイユメツールは、くそねみまじかるとして初めて訪れたクラスメートの中で作った物と同じもの。

 それは大きな槌。現実なら振り回すなんて出来ないそれも、夢の中なら簡単に振り回せる。

だからって実際に
振り回す訳にはいかないし

前回の時は勢いで
色々やれたけど
今回どうしよう

 いい考えが浮かばない。

 何かしたいし、しなきゃいけないと思うのに、気持ちばかり焦ってどうしようもない。

私は悪夢を壊したいだけなのに
だからって悪夢な魔女の姿をした
ハクちゃんを殴りたくなんかない

どうしたらいいの~

 焦る気持ちがぐるぐるぐるぐる。

 壊しちゃいたい気持ちもぐるぐるぐるぐる。

 みんな一緒に混ざり合って、したい事が形になってくれない。

 そんな私にチーシャは、やれやれとため息ついて、

やりたい事をすれば良いって
言ったのは僕だけど、だからって
考え無しは違うと思うよ

君が壊したいのは何かな?
魔女だと思い込んでる彼女?
それとも――

悪夢に決まってるでしょ!!
何で助けたい相手を
傷つけなきゃいけないの!!

なるほどなるほど
じゃあさ、それならまずは
魔女に『囚われた』彼女を
助け出さないと

助けるって、どうやって――

 魔女はハクちゃんで、ハクちゃんは魔女になってるんだ。それなのに、魔女に捕らわれた彼女をどうしろっていうのか。

 いや、それ以前に――

だいたいハクちゃんは
魔女なんかじゃないよ

 そうだ。そもそもが、その時点でオカシイ。

 ハクちゃんは魔女なんかじゃないのに、彼女は自分を魔女だって言っている。

 そんなの絶対にオカシイ。

 けれどハクちゃんは――

訳の分からないこと
言ってんじゃないよ

アタシは魔女だ
魔女なんだよ!!

 自分で自分を騙す言葉を呪文のように口にする。

なんで、そんな……

しょうがないよ
魔女じゃなきゃ
我儘言えないんだもん

その子にとって魔女ってのはさ
魔法使いになれない自分がなれる
我儘を言っても許される象徴なんだ

夢の中を思い通りにする為に
魔女に変身する必要があるのさ
君が他人の悪夢をどうにかする為に
くそねみまじかるになるみたいにね

だからもし、君がこの悪夢を
どうにかしたいと思うなら
彼女に自分は魔女じゃないって
気付かせる必要があると思うよ

気付かせるって
どうすれば良いっての?

さぁ? そこは君が苦労してよ
悪夢をどうにかできるのは
イイユメツールだけ
それを作れるのは君だけなんだから

それが出来れば
もうやってるっての

ハクちゃんに
自分が魔女じゃないって
気付かせるような
イイユメツールって……

 考える。考えて考えて考えて――

うぅ~頭パンクしちゃいそう

 ただでさえ、ぐるぐるしてる頭の中が、グチャグチャになる。

がんばれがんばれ~
イイね~、その姿
その格好で悩んでるの見ると
愉悦感が増すねぇ

楽しむなーっ!!
好きでこんな格好
してんじゃないんだからね!!

って、そういえば
ついさっきも
こんなやり取り
してたような……

 なんだ? カリカリと猫の爪で頭を掻かれるように、何かが引っ掛かる。

ちょっと待って
あの時のやり取りって確か……

はい、出来上がり
うん。やっぱり似合う似合う

鏡が無くて良かった

どういう意味かな?

そうだ、思い出した

 見たくない自分の姿。それを自分に見せる物。

鏡。鏡があった

 それは思い付きの直感。

 理屈も何もありはしない。

 現実ならば、役に立たない思い込み。

でも、ここは夢だ。夢なんだ
思い込みだって関係ない
想いが強ければきっと
それが力になる筈だ

だったら後は作るだけだ!!

 そして私は想いを糧に、新しいイイユメツールを作り出した。

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