ごほっ……、ごほっ。すまないね、フェイン。せっかく来てくれたというのに、毎回こんな姿ばかり見せてしまって。

フェインリーヴ

いや、甥の俺相手に気にする事はない。それよりも、身体の調子が前よりも悪くなっているんじゃないのか? 叔父上……。

いやいや、生まれつきのものだからね。差はあれど、命に大事はないさ。

フェインリーヴ

だが、くれぐれも無理はしないでくれ……。叔父上は、俺の大事な家族なのだから。

 魔界の辺境にある叔父の屋敷で、フェインリーヴは悲痛な面持ちと共に、寝台のクッションに背を預けながらこちらを向いている叔父の手に温もりを重ねていた。
 いつ見ても、儚く細い、今にも消えてしまいそうな手だ。子供の頃から、ずっとそう思っていた。
 凶悪性があり、屈強で弱さを知らなかった自分の父親の実弟とは思えない、真逆の肉親。
 公爵位でありながらも、こんな魔界の辺境に叔父が身を寄せているのは、煩わしい争い事や権力闘争から遠ざかる為。
 弱肉強食の世界に在って、彼のように生まれつき病弱な魔族には、王族の立場はさぞ辛い事だろう。
 

ブラウディム

それよりも、なんだか浮かない顔だね? 何か悩み事かい?

フェインリーヴ

いや……。別にそういうわけじゃない。ただ、暫く顔を見せていなかったからな。叔父上を寂しがらせていなかったかと、少し、反省しただけだ。

 心優しい叔父に心配などかけられない。
 実の兄をフェインリーヴが、甥が手にかけたという辛い過去の記憶を抱く上に、三百年前の件。
 まさか、今になって弟がこの世界に戻ってきた、などと、その心を煩わせるような事は……。
 表情に翳を落としていたフェインリーヴの頬に、ブラウディムの手がそっと添えられる。

ブラウディム

お前は一人で抱え込んでしまう子だからね……。また何かを悩んでいるのだろうが、それは駄目だよ。悩みが大きければ大きいほどに、身の内で飼う毒も肥大化してゆく……。私や側近の者達もいるのだから、少しは頼っておくれ。

フェインリーヴ

叔父上……。

 話してしまってもいいのだろうか……。
 ただでさえ、年々弱っているように感じられる叔父がそれを聞けば、きっと心を痛めるに違いない。
 それが元で、心だけでなく、身体にも悪い影響が出る可能性は高い。
 何か、代わりとなる話のネタはないものかと悩んでいると。

側近

ふふ~ん♪ ブラウディム様、あれですよ、あ・れ。

ブラウディム

あれ?

 それまで扉の方で控えていた、同行者の側近がひょいっとフェインリーヴの真横から顔を差し出してきた。
 有能な右腕ではある男だが……、果たして、何を言う気なのか。フェインリーヴはいや~な予感を胸に覚える。

側近

恋ですよ! 恋!!

側近

うぐっ!!

 アホをぬかした側近の腹に、フェインリーヴの渾身の一撃がクリティカルヒット!!
 ずるずると崩れ落ちていく側近を、浮かび上がる青筋と共に睨み下ろしたフェインリーヴが、叔父に訂正をしようとしたが、――すでに暴走馬車は走り出してしまっていた。

ブラウディム

恋……。なんとも甘酸っぱい響きだね。おめでとう、フェイン。叔父として嬉しく思うよ。

フェインリーヴ

ちがぁああああああああああう!!!!!! 叔父上!! 今のは違う!! こいつの壮大な大嘘だ!!

ブラウディム

いやいや、照れる事はない。死ぬ前に大事な甥御の晴れ姿を見られる日が近づいた事、私は嬉しく思うよ。

フェインリーヴ

だ~か~らぁあああああっ!! あっさりとこいの嘘を信じるなというにぃいいいいいい!!!!!!!

 心根の素直な叔父は、フェインリーヴの叫びなど聞こえないのか、甥御の晴れ姿とやらを想像し、嬉しそうに口元を綻ばせている。
 祝ってくれるその気持ちは有難いと思うべきなのだろうが、生憎とそんな嬉し恥ずかしの未来はない!!
 どうにか現実に戻って来させようとするが、叔父のブラウディムは、すでに妄想の彼方だ。

ブラウディム

ふふ、結婚式には私も呼んでほしいものだ。頼りない身ではあるが、私はお前の親代わりのようなものだからね。新しい門出をこの目で見届けなくては。

フェインリーヴ

だから違うんだ、叔父上……。ただの弟子なんだ。恋愛感情ではなく、親鳥のような気持ちで……。

側近

さっきの私の発言で、恋=お弟子さんと連想した時点で負けてると思いますけどね!!

フェインリーヴ

沈んでろぉおおおおおお!!

側近

うぐぅううううっ!!

フェインリーヴ

こいつの言った事は、本当に気にしないでくれ……。全部、まるごと嘘だからな。

ブラウディム

嘘、なのかい? ようやくお前にも春が来たと思ったのに……。

 魔王の座に就いても伴侶を得ていない甥御を心配してくれる気持ちは有難い。心の底から……。
 だが、違う。断じて違う。
 ようやくゆっくりと自分の時間も取れ始めたというのに、何故面倒な恋愛沙汰に飛び込まねばならないのだ。
 フェインリーヴは音を強め、もう一度繰り返した。
 違う、と。

ブラウディム

うぅ……、残念だね。お前の血を継ぐ子供の名前も考え始めていたんだが。

フェインリーヴ

どこまですっ飛んでるんだ!!

 思わず叔父の頭をはたきたくなるところだが、病弱な人にそれはNGだ。我慢だ、我慢……!!
 怒りに打ち震えるフェインリーヴだったが、側近が『恋』と口にしたあの瞬間に、弟子としている少女の顔が浮かんだ事は否定出来ない。
 今一番、フェインリーヴに近い存在……。
 自分が彼女の親鳥的な立場であり、そういう感情で動いている事は確かだ。
 けれど……、昨晩の通信の際、撫子が自分を拒むように逃げ出した時のショックを思うと。
 あぁ、叔父を前にしていても、頭の片隅に弟子の顔がちらついて、どうしようもない複雑な感情が沸々と。

フェインリーヴ

まさか、またロルスの奴が、撫子に変な事でもしたんじゃないだろうな? いや、レオトに監視をさせている以上それはないわけだが……。じゃあ、別の奴か?

 などなど、撫子に関する嫌な予感が止まらない心配性なお師匠様兼魔王様の思考は昨晩からずっとだ。
 もし、ロルスや他の男共が撫子を傷付けて怯えさせるような真似をしていた場合、特製の調合仕置き薬で痛い目に遭わせてやろうとも考えている。
 

ブラウディム

本当に、違うのかい?

フェインリーヴ

ち・が・う!! こいつは、俺に弟子が出来た事をネタに、俺と叔父上をからかってるだけなんだ!!

側近

まぁ、半分それもありますけどね~♪ けれど、私の観察眼からしますと、思い入れが強いお嬢さんである事は間違いないじゃないですか~。

ブラウディム

おやおや。じゃあ、やっぱり……。

フェインリーヴ

違う!!

 寝台側のサイドテーブルに打ち付けられたフェインリーヴの拳から発された音に、側近と叔父が目を丸くして動きを止めてしまった。
 今度は、じゃれ合いの過程で生じる怒りの音ではない。これは、……本気の、否定。
 レオトといい、側近や叔父といい、何故誰もが、自分と撫子の関係を不純なものとしてみようとする?
 盛り上がっている周囲は楽しいのかもしれないが……。

フェインリーヴ

どいつもこいつも……!! 俺と撫子をそういう目で見るのはやめろ!! いい加減、うんざりする!!

側近

陛下……。

ブラウディム

……申し訳なかったね、フェイン。私が悪かった、どうか許しておくれ。

フェインリーヴ

叔父上は……、悪くなど、ない。ただ、俺が……。

 ストン、と椅子に座りなおすと、フェインリーヴは落ち込んだように項垂れて、片手のひらで顔を覆った。
 そう見られてしまうような振る舞いを、自分はやっていたのだろうか?
 レオトが伝えてきたロルスからの自分の印象についても、フェインリーヴは自覚のない自分に戸惑わされた。
 異世界から迷い込んだ娘、拾い上げた命。
 撫子と過ごす日々は、今まで女性を一定以上自分に近づけなかったフェインリーヴにとって、とても楽しいものだった。
 最初から、だったのか、出会いが特殊だった、からなのか……。
 撫子を傍においていると、自然と壁を作らないでいられる。
 癒義の巫女という枷に縛られている撫子……。
 彼女と距離をおきたいのなら、最初に出来たはずだった。
 国に彼女の全面的な保護を求め、自分から引き離してしまえば良かったのだから……。
 けれど、フェインリーヴはそれをしなかった。
 他の場所に、他の者のところに……。

フェインリーヴ

撫子を……、やりたくなかった。

 内側からフェインリーヴに語り掛けるかのように跳ねた鼓動。
 聞き取れない何かの声が、胸の奥から訴えてくるかのようだ。
 心臓の上を押さえたフェインリーヴが、ふぅ、と、切なげに吐息を漏らす。

側近

……いじめすぎましたかね。すみませんでした、陛下。

フェインリーヴ

……もう二度と、さっきのような事は言うな。

側近

御意……。

 敬礼の形で頭を下げた側近には、もうそれ以上言わなかった。
 この件に関して、撫子と自分の関係について……、必要以上の事を考えたくはなかったから……。
 強制的に話を終わらせたフェインリーヴは、それから側近と叔父に機嫌を取られながら、暫しの談笑へと戻った。
 その中には、フェインリーヴの向こう側での生活ぶりや、弟子としての撫子がどういう少女なのかなど、そういうものもあったが……。
 それはあくまで、師匠と弟子の関係性の上に成り立つ日常の話を聞きだされるだけに留まった。
 ――そして、帰り際。

ブラウディム

フェイン、またおいで。お前の顔を見られる事が、私の楽しみだからね。

フェインリーヴ

あぁ。叔父上も、医者の言う事をしっかり聞いて、元気でいてくれ。

ブラウディム

うむ。薬は苦手だが、お前を心配させない為だ。頑張るよ。それと……、黒髪のお嬢さんにも、よろしく伝えておくれ。いつか二人で遊びに来てくれる事を祈っているよ。

フェインリーヴ

あぁ。それではな。

側近

ブラウディム様、失礼いたします。

 大切な肉親とのひととき……。
 時々訪れては過ごすその時間に幸せを噛み締めながら、フェインリーヴは側近と共に辺境の領土を後にしたのだった……。

21・叔父とのひととき

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