翌日、見事な青空が広がっていた。雨の痕跡はどこにもない。朝早くから顔を出した太陽が、昼を過ぎても燦々(さんさん)と輝いていた。
咲子は一心不乱に自転車のペダルを漕いでいた。愛用しているのは、舶来製の自転車だ。前輪が大きく、後輪が小さいのが特徴で、珍しい品だ。扱いにくいが、一漕ぎするだけで、ぐんと前に進むのが特徴である。
お嬢様学生は車で通学するのが普通だが、咲子は敢えて自転車通学を選んだ。
愛車で風をきって走るのが、たまらなく好きなのだ。
道中、水姫池に差し掛かった。昨日の運命的な出会いの残像を振り払い、脇を通り過ぎる。
なだらかな坂を上ると、立派な洋館が現れる。咲子の自宅で大富豪月読(つくよみ)家の邸宅だ。
鎖国の名残で西洋文化が根づいていないご時世に、月読家は造船業と外国との貿易で財を成した。
月読という珍しい苗字は、祖父が貿易業を始める際に名乗ったものだ。もとの名は、こんなハイカラではなかったが、初めて異国の地を訪れる外国の商人たちの耳に残るよう、それまでの名を捨てたそうだ。
祖父はそれだけ大きな決意を固めて、事業を起こし、月読家の地盤を築いた。
今は、咲子の父が、その後を継いでいる。
一人娘の咲子も、そういう父や祖父の背を見て育った。
新しい物を取り入れ、古い物の良さを残して少しずつ変化させていく。一歩間違えば無謀にもなりゆる挑戦を続けて、月読家はわずか数代で莫大な富を築いた。
そんな祖父や父を尊敬している。月読家の娘に生まれて良かったと思っている。
西洋かぶれの成金娘。急速に成長を遂げた新興商家に対する敵意から、嫌味な陰口を叩かれる。そんなの小さなことだ。
庭で自転車を乗り捨て、屋敷へ飛び込んだ。廊下を大股で駆けて、リビングを目指す。