怜一郎

おい、大丈夫か?

俺は自分の腕の中の少女に呼びかけた。

彼女はぐったりとしている。
俺は自分の軽率さを後悔していた。

 
あのあと、あんはおいしいと言いながらシャンパンを飲み続け、完全に酔っぱらった。

俺が異変に気がついた時にはもう遅くて、悪酔いした揚句、それでも飲み続け、店を出る頃にはひとりで歩けないほどにまでなっていた。

 
…あんまり、弱そうに見えなかったけどな。

 
俺はもう一度彼女を抱えなおすと、車のカギを開ける。

あん

れぇいちろーさん?

すると、彼女の声がした。
どうやら目を覚ましたようだ。

怜一郎

起きたのか

こくんと首を縦に振る彼女。
俺は安心した。

ドアを開け、彼女に自分で乗ってもらうため、体を離そうとした――が。

怜一郎

ちょっ…!?

彼女は離れようとはせず、むしろ俺にくっついてきた。
俺の首にまわす腕に力を込め、体を押し付けてくる。

俺はさすがに慌てた。

怜一郎

おまえ、やばいってっ…

俺が引きはがそうとしているのに、全然動かない。


さっきまであんなにぐったりしていたくせに、どこからこんな力出してるんだ…。


抱きつかれたまま、俺は彼女を助手席に座らせた。

あん

れぇいちろーさぁん…

その時、耳もとであまい声がした。

俺は肌が粟立つのを感じた。
…気持ち悪いわけではなく、その…そういう意味で。

怜一郎

…ッ

俺は思わず彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
彼女は耳もとでなおも俺を誘う言葉を吐き続ける。

あん

…すき…

…あぁ、もう。

怜一郎

ばか…っ

俺はぎゅっと彼女を抱きしめた。
心の奥に火がともる。


…あつい、あつい。…これは、なんだ…?

 
彼女の腕の力が弱まる。
俺はそっと体を離した。


運転席に座りなおし、再び彼女を見る。
安心したように笑う彼女。
なんだか、腹立たしささえ感じられ…



俺は、眠る彼女の唇を奪った。

あつい、くるしい…
怜一郎さん、たすけて…


ねぇ、どこにいるの…?
 

――伸ばした手は、空虚をつかんだ。

あん

ん…

目を覚ますと、そこはいつもの寝室だった。

いつものようにベッドで背伸びをして、起き上がろうとした。


…が、頭がズキンと痛んで、あたしはやめた。

あん

いったぁ…

中途半端な恰好のまま、頭を押さえていると…

あん

っ!?

自分の体を見て息を呑む。
 

あん

…服、着てない!!

 
あたしは、下着姿だった。
 
とたんにパニックになる。
こ、こんな格好…!
 

あたしははっとなって隣を見た。
あたしの隣では、怜一郎さんが安らかな寝顔を浮かべて眠っている。


布団をめくってみた。
…怜一郎さんは、服を着ていた。
 

あん

…え??どういうこと???

 
だがひとまず、最悪の事態は避けられたようだ。
 
あたしはベッドを下りて、鏡台まで駆け寄った。
自分の体を確認する。おかしいところはない。
別に、変なところは――

あん

…!!!

いや、変!
 

眩暈がした。
あたしの首もとに散る、赤い花びらのような痕。

それはひとつだけだったけど、こんなもの昨日までなかった。
 

あん

…昨日、どうしたんだっけ?

 
あたりを見回す。
ベッドの下に、あたしが昨日買ってもらったワンピースが脱ぎ散らかされてあった。

あたしは必死で頭を動かした。
昨日は、怜一郎さんとデートに行って、それから、…――


そっか。あたし、レストランでシャンパンを…
 
すごくおいしくて、飲み続けた。
怜一郎さんの制止の声も振り切って、飲んだ。

最後らへんには気持ちよくなっちゃって、けっこう恥ずかしいことをしてしまった気がする。


しかし、そこからの記憶がない。
あたしが頭を押さえ考え込んでいると。

怜一郎

どうした?

耳もとで声がした。
 
慌てて振り向くと、まだ眠たそうな顔をした怜一郎さんが立っていた。

怜一郎さんは布団を手にしていて、あたしに掛けてくれた。

怜一郎

…目に毒

あたしはそれを受け取りながら、尋ねた。

あん

昨日、なにもなかったわよね…?

怜一郎

なにもって?

…あ、なんだろ、デジャヴ感。
 
あたしは前にもこんなやり取りした気がするなーと思いながら、怜一郎さんに言った。

あん

わかってるでしょ?

怜一郎

なにもなかったよ。

じゃあ、とあたしは続ける。

あん

この、き、キスマークはなにっ…?

冷静を保ちたかったのに、噛んでしまった。
…かっこ付かないじゃん。

怜一郎

あー。我慢できなかった。

怜一郎さんはつまらなさそうに答えた。
…本当にそれ以上はなにもなかったようだ。


あたしはほっと溜息をついて、それからもうひとつの疑問を口にする。

なにを我慢できなかったのかも気になるが、それよりもまず先に。

あん

あたし、なんで脱いでるの?

怜一郎

あ?…自分で脱いだじゃん。

…あたしはなんだかいたたまれなくなってしまった。

あん

それって…あついって?

怜一郎

ああ

…言ってた気がする。
 
たしかに、昨日はすごく暑かった。
お酒のせいだというのはわかってる。
あの挙句、服を脱いだとしてもおかしくない。

あん

…はずかしい。穴があったら入りたい…。

あたしはしゃがみこんで布団を頭からかぶった。

あん

怜一郎さん…

呼ぶと、怜一郎さんはしゃがみこんで、あたしに視線を合わせた。

あん

幻滅した…?

あたしの、みっともない姿見て。
 
でも怜一郎さんは、笑って言ってくれた。

怜一郎

するかよ。

怜一郎さんが布団をどけて、あたしの顔を出させる。
怜一郎さんの笑顔に、ほっとする。

怜一郎

早く風呂でも入ってくれば?
…今日も、出かけるぞ。

…今日も、付き合ってくれるんだ。

あたしはうれしくなって、笑顔を浮かべた。

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