その後もあたし達はいろんなところに行った。

靴、化粧品、アクセサリー…怜一郎さんは本当にいろんなものをあたしに買ってくれた。

あん

本当に怜一郎さん欲しいものないの?

と、不安になり尋ねると、怜一郎さんは笑いながら

怜一郎

おまえがきれいに着飾って笑ってくれればそれでいい。

と、そんなうれしいことを言ってくれた。




そのあと、あたしは欲しい本があったことを思い出して本屋さんに寄った。


今月の**サイエンス、まだ買っていなかったのだ。

そのついでに、今呼んでいるマンガの最新刊と、先月有名な賞を受賞したばかりの作家の小説、ファッション誌、それから好きなアーティストが表紙だったから音楽情報誌も買っていった。

 
怜一郎さんは、あたしの買ったものには興味無さそうに、近くの雑誌のページをぺらぺらとめくっていた。

支払いを済ませたあたしは怜一郎さんを呼びに近づいて、近くの雑誌に目が行った。


“High Chromatic九条怜一郎社長、独占取材”

 
そんな文句が書かれたその雑誌は、結構有名な雑誌で、表紙には人気の女性タレントが載っている。


High Chromaticは、九条グループの中心でもある会社で、今、怜一郎さんが代表取締役を務めている会社だ。

ちなみに最近怜一郎さんが忙しかったのも、このHigh Chromaticで新シリーズを出すことになったからだ。

あん

怜一郎さんのこと書いてあるよ。

あたしはそう言って、雑誌をめくった。

特集ページには、怜一郎さんの営業スマイルが載っている。


“今話題のイケメン社長の素顔に迫る!!”

 
…うわぁ。みんなだまされてるよー
あたしは記事の内容を把握しようと目を通す。


怜一郎さんの経歴とか、今の仕事とかが書かれたあと…
怜一郎さんの恋愛観のことが書かれていた。
 
あたし達の婚約のことも、だ。

怜一郎

…あぁ、それ

怜一郎さんはあたしの見ているページを、興味なさげに一瞥する。

怜一郎

そういうの、興味無い。

あん

そぉ?

あたしはなおも読み進めようとした。


“最近婚約したばかりの九条社長、そのことを訊くと――”

あん

あっ…

さっと、雑誌があたしの視界から消える。

怜一郎

それ以上読むな。

そう言って怜一郎さんは雑誌を棚に戻した。そのまま、あたしの手を取る。

怜一郎

もう用は済んだろ?…行くぞ。

そう言って怜一郎さんはこちらを振り返ろうともせず進む。

あたしは、ちゃんとさっきの続きを読んでいた。


“そのことを訊くと、

怜一郎

幸せですよ。

と、笑った――”

あん

あたしも幸せよ?

そう言うと、怜一郎さんがばっと振り返った。
 
その顔は真っ赤だ。

怜一郎

読んでたのかよ…

そうやって恥ずかしがる姿がかわいくて、あたしはまた笑った。

そのあと、怜一郎さんが連れてきてくれたのは一軒のレストラン。

気がつくと、もう夜になっていた。

あん

ね、ねぇここって…

そしてあたしはレストランの前で固まっていた。

怜一郎

*****だよ。
…知らないのか?

あん

知ってるわよ!

それは、有名な高級レストランだった。
前にテレビにも出てた。

イタリアで修業したっていうすごい人がやってて、しかも1日15組しか客を取らないっていう、あの!!
 
こういうところって、水だけで1000円くらい取られるんでしょ?

じゃぁ、料理自体はいったいいくらするのよ。
 
しかも怜一郎さんは、個室に案内されてた。
 
…本当、この人って何者なの…!

怜一郎

どうした?…具合でも悪いのか?

シェフとなにか話した後(カタカナがいっぱいでなに言ってるのかわからなかった。たぶん注文)、怜一郎さんは言った。

あん

ううん。なんかあたし、すごい人と結婚したんだなぁって…

怜一郎

ふーん。…まぁ、飲めよ。

そう怜一郎さんが示したのはグラスだ。
なにか液体が入ってる。

あん

これって…シャンパン?

怜一郎

ああ。…いやか?

ううん、とあたしは頭を振った。

あん

あたし、お酒飲んだことないんだけど…

あたしは正直に言った。

友達にはお酒を飲んだことがあるって人がいっぱいいたけど、あたしは怖くて飲んだことがなかった。

あん

っていうか、一応あたし未成年なんだけど。

怜一郎

真面目だな。

そう笑う怜一郎さんの姿に対抗心が芽生えてきて、あたしはグラスを手にした後、そっと傾けた。


冷たい液体が、のどを通る。
ぱちぱちと爆ぜる炭酸と、鼻を抜ける香りが。

あん

…おいしい…

思わずそう呟くと、怜一郎さんが笑った。
あたしも、それにつられて笑う。

怜一郎さんとこうして笑い合える。
それが、すごく幸せなことに思えたのだ。
 

あたしは、グラスをさらに傾けた。

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