あたし達が最初に向かったのは、よく怜一郎さんが連れてきてくれるブティックだった。
怜一郎さんが行くと言ってきかなかったのだ。
…それだけ、あたしが結人さんの服を着ていることが気に食わないらしい。
別に、家にある服だって一色屋のものばかりだから、一緒だとあたしは思うのだけれど。
あたし達が最初に向かったのは、よく怜一郎さんが連れてきてくれるブティックだった。
怜一郎さんが行くと言ってきかなかったのだ。
…それだけ、あたしが結人さんの服を着ていることが気に食わないらしい。
別に、家にある服だって一色屋のものばかりだから、一緒だとあたしは思うのだけれど。
これと、これと。…あと、それ。
あたしはお店に入るとすぐ、怜一郎さんが気に入ったピンクのワンピースの試着をさせられた。
あたしが着替えているうちに、怜一郎さんはどんどん買い物を進めている。
…お金持ちってこわい。
怜一郎さん、どう?
そんな思いを隠しつつ、あたしは笑顔で試着室を出た。
店員のお姉さんに指示していた怜一郎さんが、あたしの方を見る。
それから、すぐ笑顔になった。
うん、やっぱ、おまえってそういう色似合うな。
…さっきまで着てたのも、こういう色だったと思うんだけど。
という言葉は呑みこんで、あたしも笑顔を作る。
怜一郎さんは、すごく独占欲強いから、ここでそんなこと言ったら命取りだ。
試着する服が増えるだけ。
じゃ、これでいい?
ああ。
怜一郎さんは頷きながら、お姉さんに指示を出す。
どうやら、買った服の配達手続きをしているようだ。
…確かに、これを車まで運ぶのは大変そうだ。
そもそも乗らないかもしれない。
いったい何着買ったのだろう?
行くぞ。
カードで支払いを済ませた怜一郎さんが、あたしの右手を取った。
そのまま外に出る。
ちょっと待って…どこへ?
そう尋ねると、怜一郎さんは振り返らないまま言い放つ。
さあな。…おまえの、行きたいところへ。
怜一郎さんの歩幅が小さい。
あたしに、合わせてくれている。
そんなことがあたしにはとてもうれしくて。
あたしは怜一郎さんに気づかれないように小さく微笑んだ。
それからあたし達は、いろんなところに行った。
あたしが行きたいって言ったところに怜一郎さんはついてきてくれて、あたしはわざと怜一郎さんが行ったことがないようなところに連れて行った。
この間ありすちゃんに教えてもらったクレープ屋さん。
怜一郎さんは不思議そうにクレープ屋のお兄さんの作業を見ていたけど、食べるとおいしいと言ってくれた。
それから、記念にプリクラも取った。
…やっぱり、一度は男の人と撮ってみたいじゃない?
怜一郎さんは戸惑っていたけど、最後に、あたしにキスしてきた。
思いっきり、映ってる。
…ちゅープリなんて、恥ずかしすぎる!
そう文句を言うと、怜一郎さんは楽しそうに笑った。
その笑顔が可愛らしかったから、あたしはつい許してしまった。
ずっと一緒、とか、ありきたりなテンプレートに願いを込めて。
恥ずかしいから要らないと怜一郎さんが言うから、あたしはふたつに分けずに全部もらっておくことにした。
そのあと。
あたし達は今、街中を手をつないで歩いている。
次、どこ行く?
怜一郎さんが楽しそうに訊いてくる。…よかった。
そうだなぁ…
あたしは頭を巡らず。
せっかくの買い物デートなんだし。
なんか欲しいもんないの?
欲しいものならけっこうあるけど…
さっき怜一郎さんがいっぱい買ってたから。
服とか靴とか…
あたしは、そこであ、と声を上げた。
怜一郎さんは?なんか欲しいものないの?
…俺?
そう言えば、怜一郎さんが自分のものを買ってるとこ見たことない。
いつも買い物に出てもあたしのものばかりだ。
そう思い訊いたのだが、怜一郎さんは握っているあたしの右手を持ち上げると、ちゅっとキスしてきて。
…あん
と、意味深な笑顔を浮かべ言ってきた。
なっ…
その笑顔と言葉に、あたしがたじたじになっていると、
――こ、食べたい。饅頭とか。
…は?
あん、こ…?
…からかわれた!
怜一郎さんの笑顔を見ながら、あたしはすべてを理解し真っ赤になった。
怜一郎さん、和菓子嫌いじゃない!
そう言うとますます笑う怜一郎さん。
…この、笑い上戸め。
あたしは自分が怒っていることを示すために、口をきかないことにした。
そっぽを向く。
すると、そんなあたしの頭に、大きな手が置かれた。
ごめんって。
やさしい声。
怜一郎さんは、あたしがその声にほだされやすいことをわかっていて言ってる。
…だからあたしは、わざと無視し続けた。
そんなあたしの顔を覗き込んできて、怜一郎さんは言う。
…さっきの、本当。
あたしの心が揺れる。
そっと視線を巡らす。
そのうち、怜一郎さんと目があった。
怜一郎さんの目は、思ったよりも真剣で。
俺が今一番欲しいのは、おまえだ、あん。
あたしは、怜一郎さんから目が離せなくなった。
怜一郎さんの出方を待つ。
怜一郎さんがそっと目を伏せて、あたしもそれに倣い目を閉じた。
…触れる唇。
そのくちづけがいつもより深くて、あたしは怜一郎さんにすがりついた。
あん…?
心配そうに、怜一郎さんがあたしの顔をのぞきこんでくる。
ごめん。立ってらんない…
もう足に力が入らない。
怜一郎さんの腕につかまったまま呼吸を整えていると、ぎゅっと力強く抱きしめられた。
…かわいい
耳もとでした声に、恥ずかしさがこみ上げてくる。
街中で、こんなの、恥ずかしすぎる。
…でも、これでみんなわかったはず。
怜一郎さんはあたしのもの。
契約だろうがなんだろうが、このひとはあたしのものなのだ。
怜一郎さん…
あたしはそのまま、彼の背中にまわす手に力を込めた。