ゆっくりと、夢に落ちていく




 瞼を閉じ浮かんだ暗闇は、落ちるほどに遠ざかる

    落ちて、落ちて――

      

        ――そしてゆらりと私は浮かぶ

 
     意識の上澄みを抜け、深層へ





























      暗闇から、海へと変わる

  

   ふと気付けば、周囲を泳ぐ無数の魚達

       それは形を持った感情

  異物である私を確かめるかのように触れながら

    何事も無かったかのように遠ざかる

        認められたのか?

   それとも、相手にもされなかったのか?

   
       ぼんやりと考えていると

      やがて私はそこに辿り着いた



























 見上げるほどに巨大な一冊の本。

 それは誰かに読まれる事を待っているかのようにそびえ立っていた。

 これは深層心理の境界線。

 彼女の夢への入り口だ。

扉じゃないのか、今回は

 以前、訪れた男の子の事を思い出す。

 あの時は「シュガーゴット」とネームプレートが吊り下げられていたが、目の前の本には代わりにタイトルが書かれていた。



       『La Cenerentola』

なにこれ……

 シュガーゴットも我が強いと思ったけど、これはなんと言うか――

無理矢理難しい言葉を
使ってるというか

厨二的だねぇ

そうそう、そんな感じ……

…………

誰だーっ!!

 思わず距離を取り声を上げると、いきなり現れたそいつは肩をすくめ、

誰って、随分だな君は
見れば分かるだろう
チーシャだよ

チーシャって……
なんでぬいぐるみ姿じゃないの

イメチェンだよ
毎回同じ姿じゃ
飽きるでしょ

……なんだか
前よりチャラいんだけど

外見《そとみ》が変われば中身も変わる
精神ってヤツは虚《うつ》ろ着《ぎ》さ

君だって、くそねみまじかるの
姿に変われば、変わるでしょ
多少なりとも中身が

そりゃま、そうだけど

というわけで、とっとと変身しよう

……あの姿になると
アンタに心読まれるから
出来ればなりたくないんだけど

嫌なら何も出来ずに終わるだけだよ

あの姿にならないと
僕はサポートが出来ないからね

……分かった。嫌だけど
他に方法が無いならしょうがない

おやおや、やる気だしてるね

別に良いでしょ

そうだね。こっちにとっても
都合が良いし

君は気に入らない悪夢をぶっ潰し
僕はより良い夢の中で生活する

お互いにとって利のあることさ

だから、まぁ
気にせず僕を使いなよ

……気を遣ってるの
そっちだと思うけどね

 姿は変わっても、最初の時とチーシャは同じ。

 皮肉げなことを言いながら、そのくせこちらの事を気に掛ける。

……ツンデレ?

黙秘権を行使するよ

そんなことよりさっさと
変身しちゃおうか

分かった。それじゃ前回みたいに
まずは夢の世界を確定させないと

 他人の夢の中で動き回るにはコツがいる。

 ただ見るだけならともかく、中で動き回るためには私が動き回ることの出来る世界を想像し作らないといけない。

 なにしろこれから赴くのは他人の夢だ。そこには私の居場所なんてありはしない。

 誰だって、自分以外に見せる為に夢を見る訳じゃないのだから。

 だから私は、他人の夢の中で動き回る為に、他人の夢の中に、自分が思い描く世界を想像し、そこに存在するモノとして確定させる必要があるのだ。

 それが出来なければ、私は他人の夢の中でまともに動く事も出来やしない。

 筈だったというのに――

あ、今回は大丈夫だよ
君が作らなくでも

どういうこと?

君が作らなくても
これから赴く夢の世界は
十二分に確定されている

明晰夢って知ってるかな?
夢だと分かって見る夢さ
自覚的に見る夢って事だけど

……今の私みたいな感じに?

近いかもね。ただし向こうは
自覚して見れるのはあくまでも
自分の夢だけなんだけどね

他人の夢を自覚して
見ることが出来るのは
君達みたいな子達だけさ

とにかくだ。自覚して
見ている分、夢の世界は
普通の人よりも確定されている  

わざわざ君が確定しなくても
大丈夫なぐらいにね

そうなんだ

その分、前回の子より
手強いかもしれないから
気を付けてね

……やっぱり気遣い屋?

いいから、そういうの
それよりちゃちゃっと
変身しちゃってよ

はいはい。それじゃ――

 そして私は、夢の中で目をつむる。

 より深く、自分の内に落ちるように。

 より強く、自分の形を想像しながら。

 その想像を、チーシャが形にする。




























はい、出来上がり
うん。やっぱり似合う似合う

鏡が無くて良かった

どういう意味かな?

あ~も~、やっぱりチェンジしたい~ 
この格好~

あいにくとクーリングオフは
僕の辞書には無いから諦めて

 にやにやと笑いながら言うチーシャ。

 おのれドS。

その姿になったら
思ってること読まれ易いって
忘れてる?

憶えてるから思ってんの!!

君も十分、イイ性格しているね

それより、行くとしようか
いざ、お伽噺の夢の世界に

お伽噺?

ああ、そうさ
書いてあるじゃないか

 そう言うと、チーシャは本のタイトルを指さし、

La Cenerentola《ラ チェネレントラ》
シンデレラを元にした喜劇さ

もっとも、魔法も魔法使いも
もちろん魔女も出ないオペラ
なんだけどさ。本物はね

 気のせいか、チーシャの言葉には含みが感じられた。それを聞くよりも早く、

さて、それじゃ行こうか
くそねみまじかる朝華

ちょ、いきなり引っ張るなーっ!!

 チーシャに手を引かれ、ハクちゃんの夢の世界に入っていった。

pagetop