次の日。
 
あたしはできるだけ急いで家に帰った。

あたしが急いでも、怜一郎さんが早く帰ってくるとは限らない。
…でも、あたしは急いだ。

 
そのせいで家には昼過ぎには着いてしまい、あたしはなんだか空白の時間に耐えられなくなった。

…早く怜一郎さんに会いたい。

 
そんな気持ちを紛らわせるように、お祖父さまのもとを訪ねてみたけれど、お祖父さまはすべてお見通しらしく、あたしはおとなしく待っていなさいと笑いながら帰されてしまった。

 
言われたとおり家に帰ってみたが、まったく落ち着かない。

そもそもすることがない。

片付けだって、お手伝いさんがきれいにしてくれているからする必要ないし、宿題だって春休みだからないに等しいものだ。

…なにもすることがない。

あん

…はぁぁ

今日は何度時計を見たことだろう?

何度も見ているのに、全然針が進まない。
今は、まだ4時だ。
 
結構いろいろしたと思うんだけどなぁ…
 
山帰りだったから、お風呂だって入ったし、念入りに服だって選んだ、のに。

あん

はぁぁ

と、あたしが何度目かもわからぬ溜息をついたその時。
 
車の止まる音がして、続いて、扉の開く音、閉まる音。
 
…誰だろう?
 
こんな時間だ。
お客様かなにかだろうか?
 
とりあえずあたしは、この暇をつぶすためにも階段を下った。
 
しかし玄関に向かったあたしが見たのは、思いもよらない人だった。

あん

佐倉さん…?

玄関にいたのは、怜一郎さんのSP兼秘書である佐倉さん。

そして、佐倉さんが誰かの体を支えている。
ぐったりとしたその人は。

あん

…怜一郎さん…!

怜一郎さんだった。
 
あたしは慌てて駆け寄る。
怜一郎さんは目を閉じていて、心なしかその顔がいつもより青い。

あん

どうしたんですかっ?

佐倉さんは、靴を脱ぎスリッパに履き替えると、怜一郎さんの体を抱えなおした。
そのまま、階段へと向かう。

佐倉

申し訳ありません、奥様。
…ひとまずは寝室へ。

そう言われれば、あたしにはうなずくしかなかった。

怜一郎さんを寝室へ運び込んだあと、あたしは佐倉さんから話をされた。

怜一郎さんは最近、本当に忙しかった。
相当無理もしていたようだ。
そして、今日会社で倒れてしまった。

あん

そんな!病院とか行かなくていいんですかっ?

あたしは静かに眠る怜一郎さんを見て言った。
ちゃんと、医者に診てもらわなくていいのだろうか?

佐倉

私も、そう申し上げたのです。
…しかし怜一郎様が、早く奥様に会いたいから、と…

あん

え…?

あたしは思わず訊き返した。
佐倉さんは言いにくそうに答えた。

佐倉

最近の怜一郎様は、無理を押して働いておられました。
…それもこれも、奥様と一緒に過ごしたかったからだと。

…そんな。怜一郎さんも、あたしとおなじ気持ちだったの…?

佐倉

奥様は学生でしょう?
…まとまった休みは取ることができない。
怜一郎様は、奥様の春休みに合わせて、お休みを取ろうとなさっておいででした。

そこまで言って、佐倉さんは踵を返した。

佐倉

私はこれで失礼します。
…まだ、片づけなければならないことがありますので。

去り際、佐倉さんは頭を下げて言った。

佐倉

怜一郎様のことよろしくお願いします。

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