その日、怜一郎さんはいつもより早く帰ってきた。
その日、怜一郎さんはいつもより早く帰ってきた。
おかえりなさぁい――…って、どうしたの?
いつもより明るい声を出して、笑顔で迎えようとした。
…しかし、怜一郎さんはいつもとは違い、本当に急いできたようで、肩で息をしていた。
…なにか、あったのだろうか?
怜一郎さんの顔を覗き込もうとしたところ、その前に肩を掴まれる。
お泊りって――、どういうことっ?
お泊り?
なんのことだろうと思っていると、怜一郎さんにスマホのメール画面を見せられる。
送り主は三森ありす。
内容は…
あぁ、これのことね
すみません理事長、あんちゃんにいろいろとばれちゃいました☆
あと、部員で**にお泊りすることになったんで、いろいろおねがいしまーす(・ω・′*)
そう書かれてある。
ありすちゃん…一応怜一郎さんだからってデコメは控えたっぽいけど…、なんかテンションがまんまだよー
天体観測よ。どうせならきれいなところで見たいねーって
そう言うと怜一郎さんはますます不機嫌そうな顔になって、
部員でってことは、新多も、雅也もだよな?
と訊いてきた。
あたりまえじゃない
するとはぁ、と大きなためいき。
春休みなんだけど、…いいわよね?
…本気言うと、行かせたくないかも
怜一郎さんはあたしを抱きしめ、そう言った。
えー、怜一郎さん過保護すぎー
…うるさい
もう一度溜息をついて、怜一郎さんは体を離す。
**で、俺によろしくっていうってことは…、たぶん、あそこ使うんだろうな…
メールを見ながら呟く怜一郎さんの姿に、ぞくりとした。
もしかして…、観測所、持ってたりする?
あたしは勇気を振り絞って聞いたのだけれど、すごく冷たい目で見られてしまった。
…ばかか、おまえ。そんなもん持ってるわけないだろ。
…コホンッ。
なんだろう。なんかいらっとくるなー。
学校持ってる人に言われたくない!
…そういえば、学校には天文台あったな。
さすがお金持ち校って、驚いたし。
別荘があるんだ。
一階建てで、少し小さいけど屋上あって、上で観測できるから。
そう言って、怜一郎さんは電話を掛ける。
普通の個人用の天体望遠鏡だろ?…だったらあれだけあれば十分だ――、あ、佐倉(さくら)?
電話の相手は佐倉さんだったようだ。
怜一郎さんに契約を持ち出されたあの夜。思い出すのもおぞましいあのおじさんを捕まえてくれた人だ。
長髪に黒のサングラス、スーツという姿に、はじめはSPかなにかだと思っていたのだけれど、実は秘書の仕事もこなしていると知ったのは今日この頃だ。
SPも秘書も複数いるけど、怜一郎さんは佐倉さんを一番信頼している。
…いいな、そういうの。
…今から掃除を手配した。
お前らが行く頃にはきちんと整っているだろう。
そう言って、スマホをポケットにしまう。
怜一郎さんは無表情のままあたしの横を通り過ぎた。
…俺、もっかい会社戻る。
このこと聞きに来ただけだし。
今日も飯はいらないから、ひとりで食っとけ。
…うん…
怜一郎さんの言葉に、あたしは寂しさを押し殺しながらうなずいた。
最近、よくあることだ。
怜一郎さんは忙しい人だから。
…いってらっしゃい
でも、今日はなんだかうれしかった。
ありすちゃんのメールを見て、急いで帰ってきてくれたことが。
ちゃんと怜一郎さん、あたしのこと気にかけていてくれるんだって…
いってくる
そっけない言葉を残し、怜一郎さんは会社に戻っていった。