その日、怜一郎さんはいつもより早く帰ってきた。

あん

おかえりなさぁい――…って、どうしたの?

いつもより明るい声を出して、笑顔で迎えようとした。

…しかし、怜一郎さんはいつもとは違い、本当に急いできたようで、肩で息をしていた。
 
…なにか、あったのだろうか?
 
怜一郎さんの顔を覗き込もうとしたところ、その前に肩を掴まれる。

怜一郎

お泊りって――、どういうことっ?

お泊り?
 
なんのことだろうと思っていると、怜一郎さんにスマホのメール画面を見せられる。

送り主は三森ありす。
内容は…

あん

あぁ、これのことね

ありす

すみません理事長、あんちゃんにいろいろとばれちゃいました☆

あと、部員で**にお泊りすることになったんで、いろいろおねがいしまーす(・ω・′*)

そう書かれてある。
 
ありすちゃん…一応怜一郎さんだからってデコメは控えたっぽいけど…、なんかテンションがまんまだよー

あん

天体観測よ。どうせならきれいなところで見たいねーって

そう言うと怜一郎さんはますます不機嫌そうな顔になって、

怜一郎

部員でってことは、新多も、雅也もだよな?

と訊いてきた。

あん

あたりまえじゃない

するとはぁ、と大きなためいき。

あん

春休みなんだけど、…いいわよね?

怜一郎

…本気言うと、行かせたくないかも

怜一郎さんはあたしを抱きしめ、そう言った。

あん

えー、怜一郎さん過保護すぎー

怜一郎

…うるさい

もう一度溜息をついて、怜一郎さんは体を離す。

怜一郎

**で、俺によろしくっていうってことは…、たぶん、あそこ使うんだろうな…

メールを見ながら呟く怜一郎さんの姿に、ぞくりとした。

あん

もしかして…、観測所、持ってたりする?

あたしは勇気を振り絞って聞いたのだけれど、すごく冷たい目で見られてしまった。

怜一郎

…ばかか、おまえ。そんなもん持ってるわけないだろ。

…コホンッ。
なんだろう。なんかいらっとくるなー。
 
学校持ってる人に言われたくない!

…そういえば、学校には天文台あったな。
さすがお金持ち校って、驚いたし。

怜一郎

別荘があるんだ。
一階建てで、少し小さいけど屋上あって、上で観測できるから。

そう言って、怜一郎さんは電話を掛ける。

怜一郎

普通の個人用の天体望遠鏡だろ?…だったらあれだけあれば十分だ――、あ、佐倉(さくら)?

電話の相手は佐倉さんだったようだ。

怜一郎さんに契約を持ち出されたあの夜。思い出すのもおぞましいあのおじさんを捕まえてくれた人だ。

長髪に黒のサングラス、スーツという姿に、はじめはSPかなにかだと思っていたのだけれど、実は秘書の仕事もこなしていると知ったのは今日この頃だ。

SPも秘書も複数いるけど、怜一郎さんは佐倉さんを一番信頼している。
 
…いいな、そういうの。

怜一郎

…今から掃除を手配した。
お前らが行く頃にはきちんと整っているだろう。

そう言って、スマホをポケットにしまう。
怜一郎さんは無表情のままあたしの横を通り過ぎた。

怜一郎

…俺、もっかい会社戻る。
このこと聞きに来ただけだし。
今日も飯はいらないから、ひとりで食っとけ。

あん

…うん…

怜一郎さんの言葉に、あたしは寂しさを押し殺しながらうなずいた。

最近、よくあることだ。
怜一郎さんは忙しい人だから。

あん

…いってらっしゃい

でも、今日はなんだかうれしかった。
ありすちゃんのメールを見て、急いで帰ってきてくれたことが。

ちゃんと怜一郎さん、あたしのこと気にかけていてくれるんだって…

怜一郎

いってくる

そっけない言葉を残し、怜一郎さんは会社に戻っていった。

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