金曜日。最後の、そして本番前日の面接練習。

先生

では最後にうかがいますが、もしこの入試の結果が不合格だった場合、あなたは今後どうされますか

ウチ

はい。次のAO入試や公募推薦にも挑戦して、引き続き貴学を目指します

先生

結構です。では、これで面接試験を終わります。お疲れ様でした

ウチ

はい、ありがとうございました

 いったん部屋を出て面接を終えてから、もう一度入って先生の前へ。

先生

よっしゃ!もうええやろ。バッチリや

ウチ

ホンマですか?!

先生

うん。
あ、前にも言うたけど、もし予想外の質問が来たりしてすぐ答えが出ぇへんかったら、『すみません。少しお待ちください』やで。無言で黙ったらあかんで

ウチ

はい。大丈夫です

先生

よっしゃ頑張れ。ほな終わりにしよか。
…あ、そうや

 先生は脇に置いた鞄からお菓子の箱を出してきて、机に置いて蓋を取った。上品なお饅頭が並んでる。

先生

出張のお土産や。一つか二つどうや

ウチ

…いただきます!

 さっき新幹線で帰ってきたとこだって先生は言ってて、だからお菓子が入ってた鞄も旅行鞄だった。
 たぶんこの面接練習のために、早めに帰ってきて学校に寄ってくれたんだと思う。それだけでも感謝なのに、お菓子まで食べられるなんて…あー、幸せ。

先生

あれから、雨宮と話をしたんか?

 鞄から出したお茶を飲みながら、先生が聞いてくる。

ウチ

はい

先生

そうか。その上であんなええ面接ができたんやったら、余計もう大丈夫やろ…
ああそうや。雨宮がさっきそのへんで勉強しとったな

ウチ

…え?

先生

どうせ会って、一緒に帰るんやろ。これ、一つ持ってってやり

 深雪ちゃんがウチの受験をどう思ってるかについては、正直、吹っ切れてない。
 今日の面接練習では、本番中の舞台だと思って徹底的に何も考えないようにした。一人で淋しそうに勉強する彼女の顔が浮かんだら、どうなってたか分からない。
 ただ、約束があるから、深雪ちゃんが辛いとか悲しいとか思ってないって信じようと努力はしてる。

ウチ

……………

 いつもの自習スペースに行くと、先生が言ったとおりに今日も深雪ちゃんがいた。

深雪ちゃん

お疲れー。でも、今日はそんなに疲れてへんな

ウチ

うん。いい感じやった。
あ、これ差し入れ

深雪ちゃん

うわー、いつからそんなに気が利くようになったん。雪降らせんといてや

ウチ

悪かったな。実は先生のお土産。深雪ちゃんに持ってけって。お礼言うんやで

深雪ちゃん

分かってるって…帰るやろ?

ウチ

うん

 深雪ちゃんが勉強道具とお土産を鞄にしまうのを待って、今日もウチらは一階への階段を降りる。

ウチ

深雪ちゃーん、三宮の本屋さん行こー

深雪ちゃん

受験が終わるまで取っとき!B大やったら帰りに三宮寄れるやんか

ウチ

…あ、ホンマや!なら明日にするー

深雪ちゃん

ちゅうわけで、ほな今日はウチが行くわ!

ウチ

うわ、ずるーい!いちおう受験生のくせに!

 今日も会ったそばから兵庫駅まで、しょうもない話をウチらはし続けた。でも今日はもう、その場しのぎでも場つなぎでもなくて、本題として気兼ねなく話をしている。
 いや。
 正確には「気兼ねなく」っていうのはウソで、深雪ちゃんの心の中をウチはまだ気にしてる。
 けど、それはもう聞かないで信じる約束だった。

 深雪ちゃんの「今日はウチが行く」は冗談だったみたいで、駅の下りホームの階段の前まで、彼女はちゃんとついてきた。

ウチ

おとついの電車、面白かったな

 階段の左脇にある通路を見ながら、ウチは立ち止まる。

ウチ

…また、乗ってかへん?

深雪ちゃん

あー、今はあかん

ウチ

なんでや?

深雪ちゃん

あの電車、朝と夕方しか動かへんのや。今日はちょっと早すぎる

 連れられて静かな通路を進んでいくと、改札口がロープで塞いであった。

 下りホームに上がると電車が来る時の音楽が聞こえてて、すぐに普通電車に乗れた。
 紅葉が混じった山が遠ざかるのを見ながら、ウチらはまた無駄話の花を咲かせた。

 家に帰って着替えると、ウチはまず明日の試験に行く準備を全部済ませた。そして晩ご飯の後ですぐお風呂に入ったから、お風呂から上がると、しなければいけないことはなくなった。
 まだ、八時前。

ウチ

テレビやネットやと、ついつい夜更かしになっちゃうしなー…

 一度読んだ漫画でも読もうか、って思ったとこで、ベッドに置いたスマホが震えた。ラインの新着通知。今日はいろんな人から「頑張って」っていうメッセージをもらった。またそういうメッセージかな。

深雪ちゃん

なあなあ。誕生日になったら怜様を召還しよ思うんやけど、神棚なかったら仏壇でもええんかな?

 …深雪ちゃんだった。

ウチ

自分で作るの!まだ二ヶ月近くあるやろ!
ていうか、遙タソはどうしたんよ?

深雪ちゃん

遙タソは引退しちゃったから、第三期に備えて

 そのままお互いに返事の返事を返し続けるウチら。
 アホみたいなやりとりを続けながらも、ウチはやっぱり、ウチの受験に対する深雪ちゃんの気持ちを気にしていた。

ウチ

深雪ちゃん、ホンマはどう思てるんやろ…どんな気持ちでいてるんやろ…

 でも、それはもう聞けない。遠回しに聞ける方法も考えてみたけど思いつかない…。

ウチ

…あ、一般受験な理由

 深雪ちゃんは、本当に志望先を決める場つなぎのためだけに、選んで一般受験オンリーにしてるのか。
 それを結局、聞かずじまいだった。
 自分で選んでそうしてるだけだってハッキリ聞ければ、ウチはウチの道を、深雪ちゃんは深雪ちゃんの道を進んでるだけってことになる。それさえハッキリすれば、もう彼女の気持ちを疑ったりあれこれ考えたりする必要もなくなりそうだった。
 でも、そんなことをいきなり聞いたら変だ…。

 と、深雪ちゃんが応援のメッセージをくれた。

深雪ちゃん

ところで…いよいよ明日やね。試験、頑張ってな!あ、夜更かしは×やで!

ウチ

『夜更かしは×やで』って、なんかのカップリング?

深雪ちゃん

…これからマリちゃんのこと、「腐女子」やなくて「貴腐人」って呼ばせてもらうわ

深雪ちゃん

ま、とにかく頑張りや。お祈りしてるで!

ウチ

うん、ありがと。

 そこまで打ってから、ちょっと考えてウチは一言付け加える。

ウチ

深雪ちゃんも、勉強頑張ってな

深雪ちゃん

うん。けどウチは本番まで長いから

ウチ

長いから頑張って言うてるねん。深雪ちゃんの方が大変やし…けど偉いなあ

深雪ちゃん

偉いとかそんな、ぜんぜんちゃうって

ウチ

ううん。一般で行くって決めただけで偉いでー。

 話の流れがいい感じになってきたと思って、ウチは質問の入り口を書き加える。

ウチ

けどな、深雪ちゃんの一般受験のことで、一つ気になってたことがあるんやけど

深雪ちゃん

え?なにが?

 そこでウチは、急にためらいを覚えた。やっぱ、聞いていいことだろうか。もし予想もしてない答えが出てきたら、どうなっちゃうんだろう…

ウチ

…ゴメン。なんでもない

深雪ちゃん

ウソ。ウチのことで気になってたことが、あるんやろ?

ウチ

もうええの

深雪ちゃん

いいから言うて。変な隠し事するな!

深雪ちゃん

ウチ、勝手に想像されたり疑われたりするの、めっちゃ嫌やねん!おとついそれで怒ったばっかりやろ!

 …まずい。本気で怒ってる。もう聞くしかなくなった。

ウチ

ゴメン、分かった。

 とりあえずそう送ってから、あらためて書く。

ウチ

深雪ちゃんは、ホンマに

 えーっと………

ウチ

自分で選んで一般受験にしただけなん?志望校が決まらへんから一般受験ってだけなん?

 考えついたそばから一気に打って、その後で少しためらってから、送信。すぐに既読がついた。
 なのに長い時間、少なくとも今のウチにとっては長い時間、何も返ってこなかった。

ウチ

やっぱり、まずいことだったんやろか…

 スマホを置いたとこで、返信が来た。

深雪ちゃん

隠し事するなってウチが書いたんやから、正直に言わなあかんね

 え?どういうこと?って思った瞬間、次のメッセージ。

深雪ちゃん

親からな、「受かっても十月や十一月やと、お金が間に合わへん」って言われちゃったんや

 え……………!!

ウチ

……………………

深雪ちゃん

どこ行きたいか決まらへんとか、ウソついててゴメンな。人に言うなって親から言われてるんよ

 そんな………じゃあ、ホンマは行きたいとこ決まってるのに………。
 深雪ちゃんが夏休みから急に迷い出したんは…ううん、迷うふりを始めたんは…あの頃に、お金ないって言われたんや。深雪ちゃんが行きたいとこを決めた後で。

 ぜんぜん、自分で選んでたんとちゃうやん………。
 どうにか…どうにか、ならへんもんなの?…深雪ちゃんはウチと一緒に頑張ってきたんやから、AOや推薦受ける資格はあるやろ?!
 …深雪ちゃんの本当の状況を初めて聞いて、ウチは呆然となった。ショックと悲しみ。そして、軽い気持ちでそんなこと聞いた自分が恥ずかしい。ぜんぜん違う場所にいる自分が恥ずかしい…。

スマホが震えるのを聞いて、我に返った。

深雪ちゃん

マリちゃん、どしたん?

 あわてて返事を考える。大変だね、頑張って、負けないで、ゴメンな、教えてくれてありがとう…どんなメッセージを書こうとしても言いたいことと違うっていうか、言いたいことが見つからない。ただ悲しくて理不尽な感じがして、自分が恥ずかしい…。

ウチ

ゴメン。
ウチ今、深雪ちゃんに、なんて返事したらいいか分からへん。ホンマに分からへん。
ゴメン。ホンマにゴメンな。

 ちょっとだけ時間を置いて、深雪ちゃんの返信。

深雪ちゃん

ええよ。分からへんのを正直に分からへんって言うてくれてうれしい。
けどウチは別に気にしてへんし、二月やったら絶対何とかするって言われてるし

 その後どんなやりとりをしたのか、よく覚えてない。

深雪ちゃん

ほな、試験頑張るんやで。おやすみ

ウチ

うん。おやすみ

 最後にそのやりとりをしてスマホを置いた瞬間、激しい後ろめたさが一気に襲ってきた。

ウチ

………あかん。

ウチだけ、サッサと受かるなんて………絶対できへん!

 深雪ちゃんは深雪ちゃんの道だ、なんて、もう言えない。
 深雪ちゃんは一人で勉強しながら、ウチや和田ちゃん、お嬢をどんな気持ちで見てるだろう…ウチなら、ふざけるなって思う。ていうか呪う。とっても悲しいはずだし、仲間もほしい。
 AO入試があと二回と、公募推薦がある。十二月ぐらいまで時間を稼げる。一般入試に挑戦するわけじゃないから、完全に深雪ちゃんに寄り添えてるとは言えないけど、大学目指して苦労してる状態を今よりも長く共有できる。
 でも、同じAO入試でも後になればなるほど、受かるのが難しくなるんだろうな。まだ大学が決まってない人が集まってくると思うし、ウチは前に受けて落ちてる人になるわけだし。
 けど………

ウチ

受かりたくない。でも、大学になるべく確実に入りたい。でも受かりたくない…

 ウチは頭の中でいつまでも、同じことをぐるぐると繰り返し続けていた。

 翌朝。
 三宮で阪急電車に乗り換えて、集合の三十分近く前に大学に着いた。
 寝不足。あくびを我慢した涙目で、高校とは比べものにならないぐらい広い構内を見渡す。

ウチ

あっちや

 試験会場を案内する看板を見つけて、受験票を出しながらウチは歩き出す。
 こうしてても、深雪ちゃんの足音や淋しそうな顔が思い浮かぶ。
 今日はもう、振り払おうとしても振り払いきれなくなってた。小論文を書いてる最中や面接を受けてる最中にも、きっと思い浮かぶだろう。

 でもウチは、思い浮かぶまま思い浮かべて苦しむことにしてた。
 合格の可能性は、半分ぐらいになっちゃうだろうか。でも、それでいい。

ウチ

受かりたくない。でも、大学になるべく確実に入りたい。でも受かりたくない…

 そう。落ちるのもウチの望みなんだから、それでいい…でもこの大学に入りたいのも望みだから、もし、それでも受かるんだったら、それは受け入れよう…そのぐらいの気持ち。
 いくらなんでも欠席したら親や先生に悪いし、合格の可能性が全くなくなっちゃうのもどうかと思うし、それに次のAOや公募推薦が受けられなくなる。
 だからウチは、その場しのぎ、場つなぎっていう気分で、今日の入試を受けにきた。
 半分半分で、落ちる確率の方がちょい多め…それぐらいになれば、ちょうどよかった。

ウチ

よろしくお願いします

経済学部の経営学科ですね。そしたら、そこの階段で三階の833教室へ行かれてください

ウチ

はい。ありがとうございます

 受付を済ませて階段を上がる。気持ちは前向きじゃないけど、かわりに緊張もしてない。長くしたスカートがうざったい。半分は落ちる気なんだから折っちゃおうか。
 832、833…ここか。
 いちおうノックしてから、扉を開ける。

ウチ

え………

 開けてビックリした。
 三人掛けの長机が横に三列、縦に十列ぐらい並んでて、ほとんどの長机に一人ずつ誰かが座ってる。
 合格予定は十人。だから、せいぜい十五人ぐらいのはずなんだけど…
 部屋を間違えたのかもって思ったけど、扉に貼られた紙には「経営学科」と大きく書いてある。
 席に座ってから数えてみたら、ウチを入れて二十六人いた。集合時間までに五人来て、三十一人。

ウチ

これって半分半分どころか…

 三.一倍。三人に二人は落ちる。
 結構ガチで受けなきゃ、「半分半分で、落ちる確率の方がちょい多め」どころじゃない…。
 前の扉が開いて、スーツを着た係員の人たちが入ってきた。

皆さん、おはようございます。ここは経済学部・経営学科の試験会場です…

 一通り説明や諸注意があって、最後にスケジュールや面接の順番などを書いたプリントが配られた。
 先に小論文の試験だった。係員の人たちが出ていって、それから試験問題らしい封筒を持って戻ってきた。

それでは、これから小論文の問題・解答用紙を配布します。筆記用具以外はしまって、机の右上に受験票を置いてください

 ウチはだんだん緊張してきた。
 今日の入試が、その場しのぎ、場つなぎってことに変わりはない。今もウチは、半分ちょっとは落ちたくて、半分弱は受かりたいって気持ちでいる。けど…

ウチ

…全力出せへんかったら、半分半分ぐらいになんてならへんやんか…

 でも、いまさら急に全力を出せって言われたって…。
 二つ折りになった用紙が配られていき、やがて配り終えた係員の人たちが前に戻っていった。部屋の空気がしいんと静まりかえる中で、表に書かれた注意書きに目を通す。

はじめ

 試験が始まった。
 用紙を開いて問題を読み始めると、さっそく深雪ちゃんの顔が思い浮かんできた。どうせ振り払えないと思いながら、それでも振り払おうとする。

 …けど、浮かんだ顔は、一人で勉強してる時の淋しそうな顔じゃなかった。
 水曜日に、不思議な電車の中で見た深雪ちゃんの笑顔。

深雪ちゃん

ウチ、大丈夫やで

深雪ちゃん

せやから入試、頑張るんやで

 そして、つないできた手の温かい感触…。

 深雪ちゃんが言ったことを信じる、っていう約束。今は、信じられる気がした。

ウチ

…深雪ちゃん。ウチ、合格してもええ?

 そこで深雪ちゃんの顔が消えて、答えは聞けなかった。
 でも、つないだ手の感触がまだかすかに残ってる。
 その感触を覚えてる右手でウチはペンを取ると、大きく息を吸って、頭の中にありったけの力を込めた。

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