あん

ねぇねぇ、怜一郎さん、似合う?

あたしはげんなりした表情の怜一郎さんの前で、くるりとターンすると今日何度目かもわからぬ言葉を口にした。

怜一郎

あー、似合ってるよ

 怜一郎さんは、そんな興味無さそうな返事。

あん

なによー、ひどいなー

あたしは、その日すごくテンションが高くなっていた。

それは、無事生きたかったクラスに通えることになったこともあるし、そしてなにより、清黎の制服がかわいかったことが一番だった。

真っ白のYシャツに、濃いグレーのワンピース。
胸には大きな赤のリボン。校章もおしゃれだ。少

しスカート丈が長いけど、お金持ち校だし、仕方ないのかもしれない。


とにかく細かいところまでデザインされていて気に入ってしまった。

怜一郎

あん。指輪

これで準備ばっちりと部屋を出ようとしていたところ、うしろから呼び止められる。

左手の薬指を指され、あ、と思いだした。

あん

忘れてた

慌ててそこにあるプラチナの指輪を取った。

それから、ネックレスに通してあったピンクダイヤの指輪と変えっこする。

プラチナの指輪が結婚指輪、ピンクダイヤの指輪が婚約指輪だ。

あん

これでいいんだよね

世間的には、あたし達はまだ婚約関係ということになっている。

さすがに学生結婚はまずいだろうというのが大人の意見だった。

だからと言って完璧に隠すこともできない。


そう言うわけで今は婚約、あたしが高校卒業してから結婚予定、という設定になっているのだ。

あたし達が夫婦であることを知るのは九条家の方々、それに邸に使える人たち、あたしとごく近い親戚だけだ。


それが、あと少しで台無しになるところだった。

あん

あー、学校楽しみだなぁ

ふたりで車に乗り込む。今日からあたしに合わせて怜一郎さんも出勤ということで、ついでだからあたしの見送りをしてくれるというのだ。

忙しいだろうからいいと言ったのだが、どうしてもと譲らなかった。

怜一郎

俺は、結構心配

浮かれるあたしとは正反対に、怜一郎さんは不機嫌そうな声で呟いた。

あん

なんで?雅也くんも同じクラスなんでしょ?

雅也君は、Hotel Ninomiya の社長令息だ。
結人さんと同じく、怜一郎さんの又従弟に当たる。

一度見ただけだが、真面目そうな少年だった。

怜一郎

それはそれで心配だしな

ふぅ、とため息をつかれるが、あたしはなんのことやらさっぱりだ。

怜一郎

おまえ、自分の立場忘れんなよ?

怜一郎さんは身を乗り出してきて、あたしの顔をのぞいた。

怜一郎

おまえは、俺のなんだ?

あん

怜一郎さんの、妻です…

至近距離にある整った顔に、思わず心臓が高鳴る。
…たしか、前もこんなことがあった。

確かあれは、結人さんと親しげにするのを見て、やきもちをやいてくれたとき。

今回もそうなのだろうか?
…でも、なにに?

怜一郎

そうだよな

耳もとに顔を寄せ、静かにささやかれる。
運転をする、池さんに聞こえないように。

怜一郎

…愛してる、あん

リボンがとられて、シャツを開かれる。
首筋に感じる、濡れた感触。

あたしは思わず肩をすくめてしまい、邪魔そうに怜一郎さんに頭を押さえつけられてしまう。

くちづけられている。
そう思った瞬間、小さなちりっとした痛みがする。

顔を離して、もう一度。今度は唇へ。
 

もうなにも考えられないでいるあたしの頭をそっと撫でて、怜一郎さんは告げる。

怜一郎

着いたぞ

あたしは物足りない気持ちのまま、学校に行く羽目になってしまった。

pagetop