お風呂に入り、寝る準備を済ませて寝室に入ると、すぐさま怜一郎さんから抱きしめられた。

あん

…ぇ、ちょ、ちょっとっ…

怜一郎

待ってたよ、あん

なにがなんだかわからず慌てるあたしの耳もとで、怜一郎さんはそう囁きかけてきた。


蠱惑的な声に、肌がざわりと粟立つ。


そのまま、怜一郎さんの頭は少しずつ下に動いていった。
首や肩のいたることろにくちづけてくる。


やがて最近慣れてきたネグリジェのリボンが解かれて、背中にまで…。


怜一郎さんの髪がすれてくすぐったいのと、時折走るチクリとした痛みを我慢するためにあたしは小さく身をよじった。
 

…え、これってもしかしてもしかするとそういうこと!?
 

今まで同じベッドで寝ててもなにもなかったから安心してたけど。

…今日はいわゆる初夜ってやつで…。
怜一郎さんも男の人だもの、仕方ないのかもしれないし…
 


いや、でもでもでもっ

あん

…や、怜一郎さんっ

くっ、くくくっ……
 

突然、うしろから忍び笑いが聞こえてきた。


それはあまりにも唐突で、あたしは一瞬それが笑い声だと気づかなかったくらいだ。

あん

…怜一郎さん?

あたしはなにがなんだかわからなくてうしろにいる怜一郎さんを見た。


怜一郎さんはうつむいて、口に手をあてて、必死にこらえていた――。



そう、笑いを。

怜一郎

冗談だよ

そう笑いながら怜一郎さんはあたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。

あん

は?

そればかりか、涙まで拭っている。


…どんだけ笑ったの、この人!?

あん

ばか!

あたしは反抗心を現すために怜一郎さんの胸のあたりを叩いてベッドにもぐった。


すぐさま、怜一郎さんの近づいてくる足音がする。


怜一郎さんはベッドの端に腰かけると、布団越しにあたしの頭を撫でた。

怜一郎

悪かった、あん。だから出ておいで

珍しく優しい言い方をするものだから、あと少しでほだされるところだった。


あたしはなんとか我慢して、怜一郎さんの言葉を無視した。

怜一郎

困ったな。
…じゃあ、今日はお詫びとしてここのベッド譲るよ。
俺、どうせまだ仕事残ってるから。

あたしは、怜一郎さんの本気で謝ろうとする姿が見たいだけだったのに。

そう言うと、怜一郎さんは部屋から出て行ってしまった。
あたしは、引き留めたくても引き留めることができないまま。


布団から顔を出すと、いつもより広い部屋があった。

そっと起き上って、乱れたままだったネグリジェのリボンを結びなおす。


…本当に、びっくりしたのに。


でも、嫌じゃなかった。
むしろ、あたしが怒ったのは――

あん

…ほんと、ばかなんだから

あたしの口から洩れた言葉は、誰の耳に届くこともなかった。

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