話によると、一色さんはなんとあたしに会うためだけにここを訪ねたらしい。


怜一郎さんに頼まれてスタッフと共に数十着ものウェディングドレスをデザインしたものの、それを着るのがどんな人なのかを知りたかったと言っていた。


それにこれから、披露宴用のドレスも作らなくてはいけない。


今度はあたしを見て、ちゃんとあたしに合う物を作りたいと言っていた。


前回のウェディングドレスで苦労した分、学んだようだ。
 

ディナーを楽しみながら、あたし達3人はいろんな話をした。


あたし的には、ふたりの幼少期のエピソードが一番おもしろかった。


…まあ、ほとんどが怜一郎さんが一色さんに振り回されたというものばかりだったけど。
 


それから、話していて気づいたことがある。
一色さんの話し方や振る舞い方は、怜一郎さんに似ている。


…だが、そうはいっても本当の怜一郎さんではない。


出逢ったころに見せていた、怜一郎さんの表の顔にそっくりだ。


そういえば前、裏表の使いわけが上手ね、と嫌味で言ってやったことがあった。

あの時怜一郎さんは、見本にしている人がいるから、と答えていたけど、もしかしから一色さんがその見本の人なのだろうか?
 

デザートのイチゴのタルトが運ばれてきた頃、怜一郎さんのスマートホンが鳴って、電話に出るため彼はいったん席を立った。

あん

どうしたら怜一郎さんに振り回されずにすみますか?

タルトをつつきながら、あたしは思い切って一色さんにそう尋ねた。


怜一郎さんはいないし、尋ねるチャンスは今だと思った。

結人

あんちゃん、怜に振り回されてるの?

一色さんは面白がるように尋ね返してきた。
あたしは、それに真面目に答える。

あん

ええ…。悔しいじゃないですか。だから、あたしも怜一郎さんを振り回してみたいんです

結人

うーん。怜を動揺させたいってことかな?

あん

はい。そういうことです

するとにっと笑って、一色さんは言った。

結人

俺に、いい考えがあるよ

一色さんは手にしていたフォークを置いて、立ち上がった。
ゆっくりと歩いて、あたしに近づく。


あたしの椅子のまうしろに立って、一色さんはあたしの髪にそっと触れてきた。

あん

…一色さん?

結人

結人

その手がゆっくりと動く。
あたしは体を固くして、されるがままになっていた。


一色さんはそのまま、あたしの肩に手をおいて、耳もとに囁いてきた。

結人

結人って…、呼んで?

あん

あ、あのっ…、一色さん、離してっ

一色さんは、さらに手を動かして、あたしをうしろから抱きしめた。


怜一郎さんが帰ってきたら、しゃれにならない。


あたしは慌てて一色さんの手を振りほどこうとするけど、彼は楽しんでいるようだ。

全然離れてくれない。

結人

一色じゃない、結人

あん

は、離してください、結人さんっ…

観念して、あたしが結人さんの名前を呼んだ時だった。

怜一郎

――なにしてるんだ

低い、唸るような声に、あたしの背筋をなにか冷たいものが這いあがった。


あたしは声のした方を向いた。


…怜一郎さんが、そこにいた。

怜一郎

結人、おまえ、なにしてんだ

荒い足音を立てながら、あたし達の方へやってきた怜一郎さんは、結人さんの手をあたしから離した。

結人

やだなー、怜一郎。冗談だよ

怜一郎

冗談で済むか

怜一郎さんはあたしの手を取ると、強引に立たせた。
そのまま、あたしの手を強くひいて部屋を出る。

あん

ち、ちょっと…っ

怜一郎さんの顔は見えない。
でも怒っていることだけはわかった。


あたしは困惑して結人さんに助けを求めたが、彼は楽しそうにあたし達に手を振るだけだった。


そんなあたし達を見ながら、結人さんはくすくすと笑い続け――こう言っていた。

結人

やばい、はまりそうだ

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