夕方、本邸に帰ると、見知らぬ客人がいた。

結人

…この方があんさん?

怜一郎さんにそう尋ねて、その客人はあたしの手を取った。
 

おそらく怜一郎さんと年はそう変わらない。
身長も体格も同じくらい。


だが、冷たい印象を与える怜一郎さんとは違い、その人は柔らかな雰囲気の人だった。


切れ長の目をした怜一郎さんとは異なり、客人は少したれ目気味だった。
色気のある青年、と言ったところ。


髪も怜一郎さんと対照的な淡い栗色だ。
 

そしてなにより、その人は、高価そうな着物に身を包んでいた。

結人

はじめまして。一色結人(いっしきゆいと)です

…一色。
 

あの一色屋だ。
九条グループの傘下の、大手衣料品店。
 

一色結人といえば、その跡取り息子だ。
自らデザインもしているという、あの。
 

確か、怜一郎さんが認めたあのウェディングドレスも、この人のデザインだと聞いた。

あん

はじめまして。…九条、あんです

九条と名乗ることに、なんだか気恥かしさを感じたけれど、なんとか笑顔を浮かべて言った。


一色さんは一旦怜一郎さんの方を向いて口を開く。

結人

怜一郎、奥さんがこんなに可愛いなんて聞いてないぞ?

あん

…か、かわいいっ?

一色さんは怜一郎さんに軽口を言ったつもりなんだろうけれど、かわいいなんて言われ慣れていないあたしは、過剰反応してしまった。

怜一郎

やめろ、結人。あんはおまえみたいな軽いヤツに慣れてないんだ

その時、うしろから怜一郎さんが肩を抱いて、そう言ってくれた。


そんな些細なことさえも、あたしはうれしかった。
 

それを見て、一色さんがちぇっと口を尖らせる。

結人

なんだよ、怜。俺には関わらせたくないっていうの?

怜一郎

そーだよ。おまえみたいな女好き、あんに逢わせたくもなかったよ

そう言い合いながらも、ふたりは楽しそうな笑顔を浮かべている。


その笑顔が子供のように無邪気で、あたしはどこかほっとしていた。
 

一色結人と怜一郎さんとは、又従妹の関係にあたる。
九条会長の妹の嫁ぎ先が、一色屋だったのだ。


九条グループは、そうやって数多くの会社を手に入れてきた。
いわば、血のつながりですべてを手に入れてきたのだ。
 

…なんか、ヨーロッパにそんな国なかったっけ?
 

だめだ、あたしってば典型的な理系すぎる。
世界史わかんない。

結人

冷たいなー、俺達親友でしょ?

怜一郎

ただの親戚

結人

そんなこと言って。なんだかんだで頼ってくるでしょ

怜一郎

いつ、誰が

結人

え、奥さんに聞かせてもいいの?

怜一郎

…ちょっと待て、なにを言う気だ

結人

あははー

怜一郎

やめろよ?

結人

怜こそ。俺に逆らうなんて100年早い

怜一郎

なんでいつもお前はそんななんだ

結人

怜が素直じゃないからでしょ

その言葉に、言い返せないのか怜一郎さんの動きが一瞬止まる。


一色さんはくすくすと笑いだした。

結人

怜は単純だな―

怜一郎

うるさいな

…すごい、この人。怜一郎さんを言い負かした。
 

毎回なにを言いあっても勝てないあたしは、一色さんの口の達者さに感心していた。

結人

ね、あんちゃんも大変でしょ、こいつ、めんどくさいから

そんな時、急に一色さんから話を振られてあたしは戸惑った。


あんちゃんと呼ばれたことに戸惑ったのはもちろん、その質問に対する正解の答えがわからない。


怜一郎さんも、なぜかじっとこちらを見ているし…

あん

あ、そんなことないですよ?怜一郎さん、やさしいし、面倒だなんて……

なんとかそう答えると、一瞬ふたりは面食らったような顔をして――、

結人

あんちゃん、最高!

怜一郎

おまえ…

結人

俺惚気られちゃった?どうしようねぇ、怜!

一色さんは吹き出し、怜一郎さんは急に黙ってしまった。

あん

…え、え、え、…?

怜一郎

もう、いいから。メシの時間だ。行くぞ

ぶっきらぼうに言い放って、怜一郎さんはすたすたと歩いていく。


あたしと一色さんも、慌ててそのあとを追った。

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