あんママ

…あなた、本当に幸せなの?

病室で花瓶の花を替えていると、お母さんがぽつり、そう訊いてきた。

あん

…どういう、意味?

怜一郎さんのおかげで、借金はきれいさっぱり無くなり、あたし達は自由になった。


その上、怜一郎さんは母をこの病院に入れてくれた。
今までの過労で、母の身体は限界だった。
ここでしっかりとした検査を受けて、完璧に元気になるまでって…。


この病院は九条グループが資金援助をしている総合病院で、母は個室でしっかりと療養をしていた。

あんママ

急に結婚だなんて――、変なことに巻き込まれていないか、心配なの

母には、怜一郎さんとの契約のことは話していない。
言えるわけなかった。


母には、清掃員としてバイトをしていた時に知り合って、恋をして結婚したのだと伝えていた。


…別に嘘はついていない。まわりから見れば、その通りである。

あん

お母さんだって、怜一郎さんのこといい人だって言ってたじゃない

あんママ

それは…、お母さんだって、こうしてお世話になってるから…

困ったように、お母さんは目を伏せた。


…本当に、お母さんはお人好しだ。
 

でも、さすがはあたしを育ててくれた人だ。


あたし達の結婚が愛しあってしたものじゃないことに、お母さんは気づいてる。

あん

…あたし、しあわせだから

でも、それを悟られるわけにはいかない。
あたしは、笑ってごまかす。

あん

お母さん、結婚式までには、元気になってね

病院から戻ると、あたしは誠太郎お祖父さまの邸へと急いだ。

あん

すみません、遅くなりました

部屋に入ると、いつもどおりお祖父さまは車いすに腰掛け、陽のあたるベランダにいた。


あたしの声を聞くと、あたたかな微笑みを浮かべる。

九条誠太郎

あんさんか。…いや、大丈夫だ。来てくれるだけでも嬉しいよ。

あれからあたしは毎日、この人のもとを訪れている。


花瓶の水を替えたり、一緒にお茶したり、世間話をしたり、本を朗読してあげたり。

…とにかく、いろんなことをしている。
 

あたしはなにもできないけど、ひとりでいるよりはましだと思うのだ。


少しでも、寂しさを和らげてあげたい。


ここに来るようになって、お祖父さまはよく笑うようになった。


それは、とてもうれしい。

あん

今日は、怜一郎さんが――

そうしてあたしは今日も、お祖父さまを笑顔にするためのとっておきのお話をするのだった。

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