怜一郎

こっちの方がいいんじゃないか

そんな彼の指示に従って、綺麗なお姉さんが純白のウェディングドレスを持ってくる。


それも、普通ならめったにお目にかかれないような、高級の。


シルクの生地には、小さなダイヤモンドがふんだんにあしらわれていて、刺繍も銀糸だった。
 

差し出されたティアラやイヤリングも、一目で高価だとわかるものばかり。
 

そんな、高価な衣装に身を包んでいても。

怜一郎

どうしてそんな仏頂面なんだ

怜一郎さんは、いつもどおりタイトな高級スーツを身にまとって、あたしに冷たい視線を送った。

あん

そりゃぁ、仏頂面にもなるわよ

仏頂面というより、死んだ目、の方が正しいかもしれない。
 

あたしはそれくらい疲れていたし、怒ってもいた。

あん

このドレス、いったい何枚目よ

怜一郎

26枚目だったか

朝、疲れているのに叩き起こされ、ばっちりメイクされたかと思うとこれだ。


九条邸の一室で、あたしは着せ替え人形にされていた。


突然現れたお姉さん方は、数えきれないほどたくさんのドレスを持ってきていた。


どれもすべて九条グループの傘下、一色屋、そしてJwellery Kokonoeの専属デザイナーによるオリジナルだ。
 

それもすべて怜一郎さんの指示で、どれがいいかわからなかった彼がデザイン画のすべてを作るよう命じて、1週間でできあがったというのだから恐ろしいものだ。

あん

あたし、そろそろ疲れたんだけど

怜一郎

そう言われても仕方ない。どれもピンとこないんだ

いろんなドレスを眺めながら、彼はうーんと唸っている。


本当に、あの頃は彼がこんな人だとは思ってなかった。


そう、まるでお姫様のような贅沢な暮らしだけれど、同時に、すごく窮屈な暮らし。

あん

どれも素敵なドレスじゃない。なにが気に入らないというの?

怜一郎

言ってるだろう。ピンとこないんだ

あん

あなたがピンと来るものっていったいどんなものなのよ

こんなに、きれいなのに。
あたしは自分の身を包むドレスをつまんで見つめた。


…選ばれなかったドレス達は、いったいこのあとどうなってしまうんだろう。

まぁまぁ、奥様

一生に一度の晴れ舞台ですもの。旦那様の気持ちもわかって差し上げなければ

旦那様は奥様のことが本当に大切ですのね

きれいなお姉さま方は、口々にそう言った。


自分たちよりも10歳近く年下のあたしのことを、奥様と呼んで変な感じはしないのだろうか。


あたしは変な感じがする。

怜一郎

次はこれだ

そう言って差し出されたドレスを、あたしはおとなしく受け取った。
あたしに彼に逆らうことなんてできない。


お姉さんに手伝ってもらい着替えると、あたしは鏡を見ながら大きく深呼吸した。


試着室(一般家庭に堂々とそんなものがあるのだ)のカーテンを開け、あたしは満面の笑みを浮かべて怜一郎さんを見た。
 

いったん不安そうな顔をして、

あん

どう、かな?

と尋ねる。


それから、恥ずかしそうに微笑みをひとつ。
 

すると、彼は小さく目を見開いた。
 

ここ1週間、あたしは学校に行くこともかなわず彼とふたりっきりだった。


彼があたしのどんな表情に弱いのか――もう、わかりきっている。


このドレスで最後だ。
あたしの本気にかかれば、これくらい簡単なこと。

怜一郎

…きれいだ

そう言って、優しく微笑む。
 

変だ。
…仕掛けたのは、あたしの方なのに。


今、あたしはどきどきしてる。
 

あの頃――清掃員として働いていたころ。
彼の優しいふるまいや言葉は、すべて演技だった。


しかし、あの優しい微笑みだけは、本物だったらしい。
 


それは、あたしが好きになった微笑み。

あん

じゃ、じゃあ、これでいいわね!

あたしはその胸の高鳴りをごまかすように、わざと大きな声でそう言った。

怜一郎

…あ、ああ

確認を取ってすぐ、あたしは試着室に帰っていく。
 

…むかつく。



なんであたしばっかり、こんなに意識しなくちゃいけないの…

pagetop