怜一郎

大丈夫だ、安心しろ。…それ、うちの使用人が着せたから。もちろん女だ

その言葉を聞いて、あたしはほっと息をつく。


一度目線を下げて、それからまた彼の方を見ると、彼はやさしい笑顔を浮かべていて、不覚にもドキッとしてしまった。

怜一郎

とりあえず、着替えてくれないか

あたしが動けずにいるうちに、彼はベッドから降りて、あたしにそう言った。

昨日着ていたもののままなのだろう。


濃いグレーのスーツのズボンに、ストライプの入ったYシャツ姿だった。


そのYシャツを脱いで、部屋の端のクローゼットを開けた。

あん

…どこか、行くの?

怜一郎

おまえ、契約内容忘れたのかよ

何十着もあるスーツを眺めがら、彼はぶっきらぼうに言い返す。

怜一郎

今日、俺の誕生日

あん

九条グループの会長、つまり彼のお祖父様は、彼にグループを継がせるために、ある条件を突きつけてきた。


それが、25歳の誕生日までに、お祖父様の認める女性を連れてきて、結婚すること。

怜一郎

午後から、じじぃに会いに行く

あたしは、ごくりと唾を呑みこんだ。


彼の祖父、九条誠太郎と言えば、江戸時代から続く名家とはいえ戦後の混乱で傾きかけていた商売を、化粧品の導入という形で立て直した男だ。


それからも次々と新しい事業に手を伸ばし、九条グループを日本屈指の巨大グループに育て上げた先見の明を持つ天才。


…あたしなんかじゃお目にかかれないようなすごい人だ。

怜一郎

なんだ、緊張しているのか?

あん

当たり前でしょ

そう答えたあたしを、嘲うかのように彼はふっと息をついた。

怜一郎

大丈夫だ、絶対じじぃはおまえのこと気に入るよ

根拠のない言葉だったけど、あたしはなんだかうれしくなってしまった。

pagetop