朝目が覚めると、ふんわりとやわらかいベッドの感触に違和感を覚えた。

最近ずっと寝てたあの硬い布団じゃない。
すごい変な感じ。
 

ズキズキと痛む重い頭をなんとか持ち上げて、目をこすってからあたりを見渡す。


知らない部屋だ。
…でも、すごくきれいで、大きい。
もしかしたらうちの4倍はあるかもしれない。


そんな大きな部屋の、これまた大きなベッドにあたしは寝かされていた。


あたしが5人は寝れるかな、それくらいの大きさの、真っ白のベッドだ。
 

すごくふかふかで、気持ちいい。


まだ寝ていたいくらいだ。
だけど、それはさすがにまずい。

あん

――ここ、どこ…?

あたしは、この場所を知らない。


なにもわからないという恐怖から、あたしが思わずそう呟いた、その瞬間。

怜一郎

目、覚めたのか?

突然耳もとで声がして、あたしは勢いよく振り返った。
 

そこには、あたしがこの世で最も嫌いな人物がいた。


あたしの目の先で、愉快そうに唇の端を持ち上げているその男の名は――九条怜一郎。


日本国内はおろか、海外でも有名な超大手、九条グループの跡取り。
 

あたしはバイト先で、この男に出会った。


この男のやさしいふるまいに、一時は好きになりそうになったけど…、あれは全部演技だった。


この男は自分のいいなりにできる女を探していただけだったのだ。
 

そう、あたしと結婚しさえすれば、この男はすべてを手に入れることができる。
 

この男は、あたしの弱みを握って、自分と結婚するよう言ってきた。


借金を肩代わりしてもらう代わりに、あたしは自由を手放す…。



昨夜は、抵抗もできずに、あたしはこの男を――



昨夜の出来事を思い出して、あたしははっとなり自分の体を確かめた。


それから、さぁっと青ざめる。

あん

…服、違う

そう、服が変わっていた。


いつもの見慣れたブレザーじゃない。
薄いピンクの、ワンピース。


…ネグリジェっていうやつだろうか。


かわいいデザインのワンピースだけど、問題はそこじゃない。

あん

あたし、着替えた覚えないんだけど

怜一郎

…当然だ。俺が着替えさせたんだから

耳もとでそう囁かれ、一気に顔に熱が集まる。

あん

え、あの、…なにも、なかったのよね?

怜一郎

なにもって?

あん

…だから、その、えっと…、ねぇ、わかってるでしょ?

…絶対、楽しんでる。
あたしが困っているのを見て、この男は楽しんでるのだ。


そうとわかっていても、なにを言い返したらいいのかまったくわからない。


あたふたしているうちに、とうとう笑いはじめた。

あん

…むかつくんだけど

怜一郎

あははっ…。なにもねぇよ

腹を押さえて笑い続ける男に、いらだちがどんどん大きくなっていく。


拳を握り締めて我慢していると、彼はいきなり手を伸ばしてきて、あたしの頭をぽんっと撫でた。

2.契約のはじまり(1)

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