…いったい、どれくらいの間そうしていただろう。
あたしはただ泣いていて、九条さんもなにも言わなかった。


やがて涙が止まり、あたしが九条さんに

あん

もう大丈夫です

と告げると、彼はあたしから体を離した。

あん

…ありがとうございます、助けてくださって

怜一郎

そう言われるのはうれしいが、俺はなにもおまえを助けたわけじゃない

あん

…え…

その途端、あたしの中で不信感が大きく膨らんだ。


そう言えば、どうして彼はここにいたのだろうとか、あの長髪の男の人は誰だろうとか…。


普通、こんなことありえない。

怜一郎

あのおっさんの代わりに、俺がおまえを買うんだよ

ふたたび抱きしめられ、耳許でささやかれた。
あたしは思わず体をこわばらせる。


くすくすと、忍び笑いが聞こえる。

あん

そんなっ…。それじゃあのおじさんと一緒じゃないですか!

怜一郎

――は?

叫んだ途端、彼のまとう空気が一気に変わった。


耳許でしたのは、氷のように冷たい声。
ぞくりと、背中に悪寒が走る。

怜一郎

あんなやつと一緒にすんなよ、俺は、おまえの体めあてじゃないから

あん

…え…?

すっと体を離して、彼が目を細める。

怜一郎

…まあ、おまえが俺とそうなりたいって言うんなら俺はいつでも大歓迎だけどな?

蠱惑的な笑みを向けられ、不覚にもどきりとしてしまう。


しかし彼はすぐにあたしに背を向け、部屋の奥に入っていく。

中央にある大きなベッドに、彼はどさっと大きな音を立てて座った。


あたしは慌ててその背中を追って、彼のすぐ目の前に立った。

怜一郎

零川あん

あん

は、はいっ…

名を呼ばれ、あたしは思わず返事をした。


そんなあたしを鼻で笑った後、彼が放った言葉は、驚くべきものだった。

怜一郎

――おまえ、俺と結婚しろ

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