制服を着て、ホテルの前にひとりでいたら、簡単に男なんて捕まるよって、確か前友達が言っていた。


その子は高校生なのにブランド物の財布とかバックとかをたくさん持っているオシャレな子で、5万もするバックを褒めた時、実は援交をしているのだとカミングアウトされた。

あんも興味あるなら今度どう?

と言われ、慌てて断ったが、あの時言っていた言葉は本当のようだ。

お嬢さん、寒いでしょ。おじさんと一緒にあったかいとこ行こう

10分もしないうちにぽっちゃりしたスーツ姿のおじさんが話しかけてきた。

あたしは息を呑む。


覚悟をしたはずなのに、いざ声をかけられると決意が揺らいだ。


男の子とキスしたことはおろか、つきあったことも今まで一度としてなかった。


それなのにこんなことになるなんてと、心の奥であがく自分がいる。


本当はこんなことしたくない。
それでも、お金が必要だった。

どうしたの、もしかして、はじめて?

いっこうに動く気配のないあたしに怪訝さを感じたのか、おじさんがにやにやした笑みを浮かべて手を伸ばしてきた。


…きもちわるい。


そう思ってとっさに体を引いたあたしを見て、おじさんはますます笑った。

図星?…すごいな、ラッキー

おじさんの手が腰へと回り、あたしを無理やり歩かせようとする。


あたしは必死に我慢して、ついていった。


おじさんがあたしを連れていったのは、ピンクの明かりがついた薄暗い部屋だった。


こんなのは嫌だった。
本当は、キスだって、それ以上のことだって、本当に大好きな人としたかった…。



――その時頭に浮かんだのは、この2週間毎日会っていた、あの優しい微笑み。

あん

九条さん…!

…でも、もう逃げることなんてできない。
震える手を必死で握り締め、あたしは恐怖に耐えた。


もう、腹をくくるしかない。
ぎゅっと目をつむる。


しかし急に、おじさんの手があたしから離れた。



驚いて振り向くと、そこには背が高くて、痩身で、だけどしっかりとしたあたしよりも大きな背中があたしの視界をふさいでいた。

あん

…えっ…

この背中って…

なんだ、おまえらっ

見ると、ドアの向こうにはあのおじさんがいて、真っ黒のスーツにサングラス姿の長髪の男性に拘束されている。


必死に逃げようとしているが、びくともしない。

怜一郎

なんだっていいだろ、佐倉、連れて行け

その声に、どきりとする。


…そんな、こんなことって…
 

佐倉と呼ばれた長髪の男性は、はい、と短く返事をしておじさんを連れて行ってしまった。


あたしはなにがなんだかわからず、ただ呆然としているだけしかできなかった。



そんなあたしとは正反対に、痩身の後姿は素早くドアを閉め、鍵を締めて、そしていつの間にか正面に来ていた。


…それは、まぎれもなく九条さんだった。

あん

…な、んで、どうして…

動揺してうまく言葉が出てこない。
そんなあたしの肩を九条さんは両手で掴んで、言った。

怜一郎

なんでこんなバカなことしてんだよ!

そのいつもとは違う大きな苛立ったような声と、恐怖から逃れることができたという安心感からか、あたしの目から涙がこぼれた。


それを見た九条さんがぎょっとして、慌てたように言う。

怜一郎

お、おい、なんで泣くんだよっ?

あん

…ご、ごめんなさい…

止めなきゃと思えば思うほど、涙は次から次へとあふれてくる。


うろたえていた九条さんがやがてあたしの背に腕を回してきて、ぎゅっと強く抱きしめた。


その力強さに安心して、なおさら涙は止まらなくなった。

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