少し苛立ったような声に、あたしは思わず顔を上げた。
あたしの目の前で、九条さんの目がすっと細められるのがわかった。
少し苛立ったような声に、あたしは思わず顔を上げた。
あたしの目の前で、九条さんの目がすっと細められるのがわかった。
あれね、九重(ここのえ)のデザイナーに頼んで作ってもらったんだ。
世界にたったひとつ、零川さんのためだけに。
えっ…
Jewellery Kokonoeのものだろうということは、なんとなく察しがついていた。
だけど、まさかあたしのためだけに作られたなんて思ってもなかったため、あたしは本当に驚いてしまった。
…さすが金持ちは、やることが違う。
…喜んでくれた?
あ、はい…
じゃあ、つけてきてよ
優しいけれど、どこか逆らい難い九条さんの言い方に、思わず頷きかけて、あたしはすんでのところではっと我に返った。
でも、あたしピアスホール開けてないんです、ほら
恥ずかしいと思いながらも、髪をどけて耳たぶを見せる。事実、ピアスホールを開けたことなんてなかった。…あたしは、絶対にピアスホールなんて開けられないから…
ん?…知ってたよ、そんなこと
え
思いがけない返答に、あたしは戸惑って九条さんを見つめた。
じゃあ、どうしてピアスなんか…
えっとね
あ、と思った時には、彼の唇が耳元にあった。
熱い吐息が耳にかかって、あたしは動けなくなってしまう。
いくら人が少なくなったとはいえ、大森さんと下川さん、それから受付のお姉さんや、警備員のおじさんはまだいるのに、こんなの、絶対にだめだ…
そうは思っても、体が動かない。
耳もとで、小さな囁き声がする。
一生消えない俺の痕を、あなたに刻めたらいいなって、そう思ったから
…ッ!!
耳たぶになにか柔らかいものが触れて、あたしは息をのんだ。くちづけられたのだと気づいたのは、しばらく経ってから。体が離れて、目が合うと、九条さんはおもしろそうに微笑んだ。
そうしたらあなたは、鏡を見るたびに俺のことを思い出すでしょう?
九条さんっ…
あたしは慌てて耳を髪で隠した。…こんなの、恥ずかしすぎる。
で、でもあたし、とにかくピアスホールは開けられないんですっ…本当にごめんなさい…っ
あたしは耐えきれなくなって、掃除用具をもったまま九条さんに背を向け走り出した。
だから、あたしは知らない。あたしがいなくなった後に放たれた、九条さんのひとりごとを。九条さんは、誰にも聞こえないような小さな声で、こう呟いていた。
――マジおもしれぇ女