ほどなくして、千夜は女学校を退学した。
表向きは、父親の縁戚にあたる信濃の酒蔵の長男との縁談がまとまったということにしてある。
在学中に縁談が決まれば迷いなくそちらを選び、卒業まで全うするのは不名誉とされた時代。この理由はなんら不自然ではない。だが真相は違っていた。父親が事業に失敗し、甲斐の山奥の滝から身を投げてしまったのだ。
母親と二人、わずかに残された財産を手に大きな屋敷を出て、千夜はカフェーの給仕となった。
けれど千夜自身は、そんな運命を呪ってなどいない。 自分にないものを嘆いて生きるより、与えられたものを大切にしたいから。
最初は戸惑ったカフェーでの仕事も、慣れるにつれ楽しめるようになってきた。ここでは頑張った分だけ、客に好感を持たれ、チップを受け取れる。だからこれからもこのカフェーで、頑張っていきたいと思っている。