神城 鋭

ここが笹宮さんのマンションか……案外普通だね

神城 鋭

まー調べはついていたから知ってたけどね

笹宮 明

つ……連れて来てしまった……

 笹宮さんが何故か諦めた表情で自分のマンションを見上げていた。

 王星学院には寮が存在するが、笹宮さんは実家から通っている。王星学院から電車と自転車を使って一時間程かかる距離にあるどこにでもあるようなマンションが笹宮さんの家だ。

 賃貸マンションで家賃は十三万円で3LDKに五人暮らし。何を隠そう、管理会社は最下層だが、神城の息がかかった会社だ。

 笹宮さんの稼ぎならば都心に家を建てることすら容易いはずだが、漫画がヒットする前からずっとここに住んでいるとの事。どうも笹宮さんの両親の方針らしく、笹宮さんが稼いだお金は使っていないそうだ。なかなかできたご両親だと思う。

神城 鋭

東雲、お前はここまででいい。帰りはまた別で呼び出すよ

東雲 和真

承知いたしました。
笹宮様、神城様をよろしくお願いいたします。

笹宮 明

は、はい……

 ここまで送ってくれた東雲を帰す。マンションの下にリムジンを置きっぱなしにしてしまったら迷惑がかかるからだ。
 笹宮さんも何度も乗ったことがあるし、東雲とも何度も顔合わせしているはずだが、とても恐縮そうにしていた。

神城 鋭

楽しみだなー

笹宮 明

か、神城君? そ、そんなに楽しい物じゃないから!

神城 鋭

笹宮さん宅とか、僕にとっては聖地だよ。
これはある意味聖地巡礼だね。

笹宮 明

神城君の期待が……重い……

笹宮 明

ちょ、ちょっとだけ見たら帰るのよ?

 そわそわと僕の方を見る笹宮さん。
 どうも今日の笹宮さんはつんつんしてるな。

 別に僕は悪事を企んでいるわけでもないんだが……

神城 鋭

大丈夫だよ、心配しなくても笹宮さんの手料理をご馳走になりたいとか言い出さないから

笹宮 明

……そんな振っても、ご馳走なんてしないわよ

 振ってないよ。
 僕は正直者だ。笹宮さんの料理をもしご馳走になったとしたら正直に不味いと言ってしまうだろう。
 上流階級の使命というか何というか、僕も大概舌が肥えているし、そもそも笹宮さんは……

神城 鋭

いや、だって笹宮さんが無料なのに寮暮らしじゃなくて実家から通ってるのって、家事一切ができないからじゃん?
包丁とか握ったことないんじゃないの?

 今一度断言させて頂こう。彼女にストーリーテラーとしての能力以外の事を期待してはいけない。漫画モンスターは漫画だけを主食に、漫画を書くことだけを存在理由にして生きているのだ。

 笹宮さんは一瞬ぽかーんとした表情でこちらを見ていたが、みるみるうちに青褪めていく。

笹宮 明

……

笹宮 明

え……ええええ……ななな……

笹宮 明

な……なんで分かるのよ……

神城 鋭

さぁ、さっさと行こうか……早く帰る約束してたんだろ? 妹さんに怒られちゃうよ。

笹宮 明

きゃっ!?

 笹宮さんの背中を押して、共同玄関に足を踏み入れる。何の変哲もないこのマンションにどんな笹宮が隠されているのか、自然と武者震いが出た。
 

 エスカレーターで八階まで上がり、笹宮さんについていく事五分、一室の何の変哲もない扉の前で止まる。今の所セキュリティなども極一般的なマンション相当であり、笹宮さんが有名人である事を考慮すると余りよろしくないような気がする。

 後でセキュリティの強化を命令しておこう。

 笹宮さんが戦々恐々とした様子でポケットから鍵を取り出し、差し込んだ。

笹宮 明

ほ、本当にすぐに帰るのよ?

神城 鋭

わかった、わかった。
お邪魔しまーす

 視界に入ってきたのは何の変哲もない玄関だ。
 笹宮さんが何かを気にしながら進むのを傍目に、きょろきょろと周辺を観察する。

 情報によると、笹宮さんは生まれた時からずっとここに住んでいるらしいが、とくにインスピレーションが養われる土壌のようなものは見当たらない。端的に述べるとつまらない。

 天才は環境によらないという事か。

笹宮 明

靴は適当に置いておいていいから

神城 鋭

あぁ。失礼するよ

 靴を脱ごうとしゃがんだ瞬間、リビングに続くのであろう扉が開いた。

 笹宮さんのそれとはまた違った、落ち着きのある声。だけどどこか似た声音に頭を上げる。
 

笹宮 冥

お姉ちゃん、おかえり。予定よりも遅かった……ね……

笹宮 明

あ……冥……

笹宮 冥

!?

 視線が笹宮さんから僕の方にかくかくとした動きでスライドしてくる。
 眼が見開き、頬が引きつっていた。

 こちらに注がれた奇妙な熱視線に僕は手を上げた。

神城 鋭

あ、お邪魔します

 百面相もかくやと言わんばかりに、笹宮冥らしき少女の表情がシフトしていく。
 反応が面白いな、っていうか笹宮さん事前に連絡してなかったのか……メール一本くらい入れてもいいのに。

 やがて、思考が定まったのか、冥の口から感情のあまりこもっていない平坦な声が放たれる。僕はそこから、口からはみ出てくる魂をイメージした。

笹宮 冥

……はい。ようこそ、笹宮家に

 一言だけ述べると、まるでロボットのような動きでUターンすると、今まさに入ってきた扉を開けてその向こうに消える。

笹宮 明

あ……冥……

 扉が閉まる無機質な音が玄関に響き渡った。
 笹宮さんが口を開きかけたまま、固まっている。視線は冥が去っていった扉の方に向いているが、扉は閉まっており既に冥の姿は見えない。

 気配は扉の向こうに感じるが、随分と動揺しているようだ。

 僕はさっさと靴を脱いで、玄関に一歩足を踏み入れた。

笹宮 冥

おおおおお……お姉ちゃんが……男連れてきた!?
ななな、何で!? どーしてぇ!?
え? ええええ? えええええええ?

笹宮 明

……え?

神城 鋭

何か思ったより楽しめそうだな……さすが笹宮さん。来てよかった

 ご飯はいらないから泊めてもらえないだろうか?

第十六話:突撃!笹宮さんちの晩ごはん

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