二年三組に行くと珍しく、笹宮さんが帰る準備をしていた。
 漫画を描かないと死んでしまう系女子の笹宮さんに有るまじき挙動である。頭の中の引き出しから該当の動きを検索してみるが、笹宮学を修めた僕の頭の中にもそのような習性、記録されていない。

 せっかく全ての会議をぶっちして遊びに来たのに……

神城 鋭

あれ? 笹宮さん、今日はもう帰り?

 システムデスクの中から教科書類を鞄に詰め込みながら、笹宮さんがこちらに視線を向ける。

 何度もいうが、笹宮さんの才能は一極型である。クリエーターとしての能力は神だが、それ以外はないに等しい。何が言いたいかというと、笹宮さんは馬鹿だった。
 いや、馬鹿という言い方は正確ではない。正しく言うのならば……笹宮さんは勉強しないのだ。授業中もずっと漫画を描いているかプロットを組んでいる。そして、それを許されるのが一芸入試の特待生という存在だった。
 彼女達は、一芸で成果を出し続ける限りテストで点数を取る必要がないのである。おまけに授業料まで免除され、補助金も出る。一転、才能を失ったら問答無用で退学だが。

笹宮 明

……神城君、今何か失礼な事考えなかった?

神城 鋭

いや、別に。
笹宮さんどうせ勉強しないのに教科書とか持ってたんだな―って思っただけ

笹宮 明

それ、随分と失礼よ!

 でも本当の事だ。
 笹宮さんに学力はいらない。その尖った能力を更に精錬するだけで彼女は世界で唯一になれる。勉強なんて、才能のないその他諸々に任せればいいのである。

笹宮 明

大体、参考書とか教科書とかは最初に配られたでしょ?

神城 鋭

あー、そうだっけ。もう随分開いてないから忘れてたよ

 そういえば、入学時に三年分配られた気がする。
 王星学院の偏差値は七十を超える。教える側も一流だが、それ以上に個々人の努力が必要とされ、同時にそれを育むことが王星学院の信条でもある。最初に三年分の教材が配られるのもその一環だ。

笹宮 明

開いていないって……いつも授業どうやって受けてるの?

 ずっと漫画を描いている笹宮さんにだけは言われたくない。
 僕は特待生ではないが、授業もテストも別に勉強しなくても問題ないのだ。いくら偏差値が高くても所詮は高校の内容、神城で帝王学を修めた僕の敵ではない。

 そして、教科書を開く必要もない。

神城 鋭

いや、教科書とかもう全部暗記してるから

笹宮 明

え……!?

 教科書全部暗記した所で何になるって言われるとその通りなのだが、教科書をいちいち何冊も持ち歩いたり開いたりするのが面倒だったので一年次に全て頭の中に入れてしまった。
 ページ数も頭に入っているので便利っちゃあ便利ではある。高校卒業したら使わなくなる知識だが。

神城 鋭

開くの面倒くせーし。
独創性が必要とされないただの作業だから、笹宮さんと比べれば大したことないよ

 そもそも、記憶できなくても教科書を持ち歩けばいいだけの話。そんな所でリソースを割くのならば笹宮さんの爪の先程でも良いので想像力が欲しかった。

 欲した才能が得られなかった苦悩に凹む僕に、笹宮さんがまるで宇宙人でも見るかのような視線を向けてくる。一体何だというのか。

笹宮 明

……前から思っていたけど、神城君ってまさか……スペック高い?

神城 鋭

まーどうせ多分また漫画の事でも考えてんだろ

 漫画モンスター、笹宮明に陰りなし。
 申し訳程度の美少女成分もその特性の前には霞むのだ。

笹宮 明

また何か失礼な事考えた?

 感受性強いと人の心の機微も読めるのだろうか。
 とてもじゃないが、僕には一生真似できない行為だ。これだから人生は面白い。

神城 鋭

まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど。
笹宮さん今日は何か用事でもあるの? 暇だったら笹宮さんで遊ぼうと思ってたんだけど

笹宮 明

……神城君って本当に正直ね。
たまには歯に衣着せる事も覚えたほうがいいわよ?

……今日はちょっと妹に早く帰るよう言われてて……

神城 鋭

なるほど……妹さんが。
冥ちゃんだっけ?

笹宮 明

え……そ、そうだけど……

笹宮 明

神城君に冥の事話したことあった?

 笹宮情報はグループの全てを動員して集めてある。

 笹宮 冥。笹宮さんの一個下の妹だ。姉とは正反対で、随分な秀才で且つ運動神経もよく学校での評判も上々で友達がたくさんいるらしい。反面、笹宮さんとは異なり漫画を描いたりはしないとの事。

 一言で言えば普通の秀才だ。笹宮さんの妹じゃなければ興味も抱けない。

神城 鋭

テストの点数が悪かったから呼ばれた?

笹宮 明

だ、だから、なんでわかるのよ……

 ついでに姉妹仲もかなりいいが、笹宮さんが漫画一辺倒で成績が悪いことを姉以上に気にしているとか。一個年上なのにも関わらず、度々笹宮さんが勉強を教えられているらしい、微笑ましいといえるだろう。

 まぁ、笹宮さんの期末試験、全教科赤点だったみたいだし、さすがに呼ばれても仕方がないと思う。

笹宮 明

と、とにかく、そういうわけで今日は先に帰るから……また明日ね

神城 鋭

うーん、せっかく全てのタスクを終わらせたのに今日は終わりか……何とも味気ないな……

 その時、ふとベストアイディアを思いついた。

神城 鋭

僕も行くよ

笹宮 明

……へ?

 よく考えて見れば、笹宮さんと知り合ってもう数ヶ月も経っているのにまだご家族と顔合わせができていない。そんなんで笹宮マイスターと呼べるだろうか? いや、呼べない(反語形)

 情報自体は集まっているし、その信憑性を疑うわけではないが、生身で体験して初めて実感の湧く事もあると思う。

神城 鋭

さー、笹宮さん。笹宮さんの家に行こうか

笹宮 明

え……ええ!?

神城 鋭

ほら、早く早く!

 笹宮さんが教材を鞄につっこむのを手伝いながら、僕は目の前に笹宮マイスターへの道が開けていくのを感じていた。

第十五話:笹宮マイスターへの道

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