――僕に与えられている時間は少ない。


ユリアさん自身の生命力や
カレンの魔法力が尽きてしまった時点で
全て終わってしまう。

手際よく、
それでいて素速く薬を完成させなければ!



僕は濃縮をするために使う道具を
組み立てていった。
これは持ち運びができるようにしてある特注品。
素材は陶器でできている。
 
 

トーヤ

ラジーさん、
火を準備していただけませんか?
木の棒などの先端に点火したものが
好ましいです。

ラジー

分かりました。
すぐに作って持ってきます。

 
ラジーさんは小屋を出ていった。

火を用意してもらっている間に
僕は準備を進めていく。



道具は複雑だけど、仕組みはすごく単純。
薬を釜で熱し、
その湯気を集めて冷やすことで
成分を濃縮させる。

王城内の作業室ならもっと大がかりで
性能も高い道具がある。
でも必要量が少量ならこれでも充分だ。



まずは高等治癒魔法薬を
下の容器に入れて……と……。

次は上の容器に冷却用の水を入れる。
 
 

トーヤ

セーラさん、
水袋を持ってきてもらえますか?

セーラ

承知しましたぁ!

 
程なくセーラさんは補給したばかりの水袋を
持ってきてくれた。

飲み水を使っちゃうことになるけど、
減った分はまたあとで用意すればいいもんね。
 
 

トーヤ

これでよしっ!

 
僕は上の容器に水を入れ終えた。
あとは炉に火を入れて薬を沸騰させるだけ。

燃料となる『業火の石』をセットする。
 
 
 
 

 
 
 

セーラ

その石は何なんですかぁ?

トーヤ

炎の精霊の力が宿った石です。
火を与えてやると、
指示通りに燃え続けるんです。

トーヤ

こうした石は粉々に砕かない限り
半永久的に
効果を得られるんですよ。

セーラ

便利なものがあるんですねぇ。

トーヤ

でも平界でしか産出しないので
結構貴重なものなんです。
僕が里を出る時に師匠から
餞別としていただいて――。

ラジー

――トーヤ殿、
お待たせしました。

 
 
 

 
 
 
ラジーさんは木の枝の先端に火をつけたものを
持ってきてくれた。

僕はそれを受け取り、業火の石に接触させる。
すると石は炉の中で元気に炎を放ち出す。



この火加減と濃度を見極めるタイミング、
それが難しい。
だから一瞬でも気が抜けない。

じっと火を見つめつつ、
滴ってくる薬の状態にも気を配り続ける。
湧き上がる蒸気の量も重要な情報だ。
 
 

トーヤ

うん、順調だ!

 
 
 
 
 
 
 
 
――数十分後、僕は高等治癒魔法薬を
カレンの指示通りに濃縮させることに成功した。


実際の時間よりも長く感じたし、
神経も磨り減ってヘトヘトだ……。
でもこれで僕の役割は無事に果たした。

僕は完成した薬の入った容器をカレンに手渡す。
 
 

 
 
 

カレン

お疲れ様。さすがトーヤね。

トーヤ

あとは頼んだよ。

カレン

任せておいて!

 
薬を受けとったカレンは
極細の管を使って少量を吸い上げ、
ユリアさんに投薬する。

そして反応を見つつ、解毒魔法を唱える。
 
 

カレン

…………。

 
 
 

 
 
 
カレンがスペルを唱えると、
手のひらから生まれた光がユリアさんの体に
降り注いだ。


するとユリアさんに反応が……。
 
 

ユリア

……っ……。

アポロ

ユリアっ!

トーヤ

アポロ、静かにっ!
まだ治療中だよ!

アポロ

あ……すまん……。

トーヤ

今の僕たちにできるのは、
ユリアさんが回復するよう
神様にお祈りすること。

トーヤ

そしてカレンの腕を
信じることだよ。

アポロ

お前……。

トーヤ

声をかけてあげたいなら、
心で念じて。
心の声は全てを超越して
彼女に伝わるよ。

トーヤ

だって僕の親友は
それで世界を救ったんだもん。

アポロ

っ?

 
アポロはキョトンとしていた。



あはは……。
その親友っていうのが世界を平和に導いた
勇者のアレスくんだなんて、
アポロは想像もしていないんだろうな。



――アレスくん、
どうかユリアさんが回復するよう
キミも力を貸してください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
それから数時間、カレンの治療は続いた。
少しずつだけどユリアさんは
顔色が良くなっているみたいだった。

そしてすっかり夜になったころ、
カレンは大きく息をついて僕たちの方を向く。
 
 

カレン

治療は終わったわ。
まだ予断を許さない状態だけど、
山は越えたと思う。

アポロ

ホントかっ!?

カレン

えぇ、あとはユリアさんの
自己治癒能力を信じましょう。

ラジー

あとは私に任せて、
カレンさんは
お休みになってください。

カレン

ありがとうございます。

トーヤ

お疲れ様、カレン!

カレン

へへ……。

 
その時、
カレンの足がもつれて倒れそうになる。
僕は慌てて駆け寄り、その体を抱き止めた。


彼女はそのまま僕に体重を預けてきた。

見た目以上に軽くて、すごく温かい。
それになんだかいい匂いがする。
 
 
 

トーヤ

大丈夫?

カレン

さすがにヘトヘトみたい。
もう体に力が入らなくて……。

トーヤ

ずっと治療してたんだもんね。

カレン

ご褒美にしばらく
このままでいてくれる?

トーヤ

うん、いいよ。

カレン

……その返事は60点かな?
もうひと工夫がほしいところね。

トーヤ

っ? どういう感じ?

カレン

さぁねっ♪

 
カレンはクスクスと笑っていた。

言っている意味は分からないけど、
嬉しそうだからいいか。
 
 

ラジー

皆さん、私の施療院へどうぞ。
ゆっくりお休みください。

ラジー

アポロ殿。

アポロ

ん?

ラジー

ユリア殿を施療院へ運ぶのを
手伝っていただけますか?

アポロ

もちろんだ!

セーラ

ではではぁ、
私もお手伝いしますぅ~!

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こうして僕たちは施療院へ移動した。
そして翌日の朝、
ユリアさんの意識は戻ったのだった。



ラジーさんは奇跡が起きたと言いながら、
すごく驚いていたけど、
僕はそんなに不思議だとは思わない。

だってみんなで力を合わせて、
強い想いで神様に回復を祈ったんだもん。
当然の結果――って言うのは、自惚れかな?


アポロは大泣きしながら喜んで、
僕とカレンに数え切れないくらい
頭を下げた。
何度もお礼を言われた。

ちょっと照れくさかったけど、
僕も嬉しい気持ち。
本当に回復してくれてなによりだ。






だけど井戸水が汚染された原因が
分からない以上は、
こういうことが繰り返されるかもしれない。

それだけが気がかりだな……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第32幕 想いが運命を動かして

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