――夢のような、ぼんやりした意識。
そのなかでわたしは、声を聞いていた。
――夢のような、ぼんやりした意識。
そのなかでわたしは、声を聞いていた。
大丈夫だよ!
そんなに不安にならなくても、できるよ!
どこか遠い、けれど聞き覚えのある声。
で、でも、わたし……こわくて、ふるえちゃってるの
応える声も、昔、よく聞いていた声だと想う。
(誰だろう……)
知っている声なのはわかる。
どこか、幼いような話し方。
もしかすると……子供の頃、の声なのかな?
わたし、しってるよ。
理愛ちゃんが、ずっと、今日のためにがんばってたこと
(理愛ちゃん……?)
だんだんと想い出してくる。
呼びかける、ちょっとあっけらかんとした声は……わたしのものだ!
でもね、舞ちゃん……わたし、こわい
ぼんやりと想い出す。
小学校の頃の、学年別の演劇かなにかだったと想う。
主役に選ばれた理愛ちゃんは、本番のちょっと前に、わたしに『怖い』って言ったんだ。
(あの時のわたしは……なんて言ったんだっけ?)
理愛ちゃんは、カッコいいから大丈夫!
カッコ、いい?
うん!
演技してる時も、いちばんカッコよかったよ!
がんばってる理愛ちゃんなら、大丈夫だよ!
そうして、幼い日のわたしは確か……。
(手を、握ったかも)
舞ちゃんの手……あったかい
カッコいい理愛ちゃんなら、なんでもこなせる!
理愛ちゃんの好きなアニメのキャラよりカッコいい!
そ、それは言い過ぎだよ……
わたし、理愛ちゃんががんばってるの、大好きだもん!
舞ちゃん……
そうして理愛ちゃんの震えは、ピタッと止まって。
さあ、行こう!
わたしもがんばるし、理愛ちゃんも!
……うん
二人で戻った演劇は、大成功だった。
帰り道で喜び合って、わたしは言ったんだ。
理愛ちゃん、自信をもってよ。
わたし、理愛ちゃんがカッコいいの、大好きなんだから
うん。
舞ちゃんに応えられるよう……がんばる
(……どうして、忘れていたんだろう)
それからの理愛ちゃんは、それ以前にたまにあった、引っ込み思案や不安みたいなのがだんだん見えなくなっていった。
わたし……舞ちゃんに、好きでいてもらえているかな?
カッコよく、いられているかな……?
理愛ちゃん……!
呟きながら、わたしは跳ね起きる。
あれ……あんなこと、言われたっけ
夢のなかの出来事は、確かにあったことだけれど。
起きる前に一瞬聞こえた、理愛ちゃんの問いかけ。
それは、夢なのか現実なのか、どんなに頑張ってもわからなかった。
どうして、あんな夢を見たんだろう……
想い出した、子供の頃の無邪気な言葉。
ただ、もし理愛ちゃんが……と、考えちゃう。
子供の頃の言葉で、今の頑張りと、今日の急用が、できたのなら。
わたし、どんな顔で会えばいいのかな……
それは、ヒドいね
……辛かった
紬ちゃんの言葉に、わたしは元気なく言う。
ただ、来てくれた時に会うっていうのも、あったんじゃないの?
そう、なんだけれど
わたしは紬ちゃんの机に顔を預けながら、ぼんやりする頭で相談していた。
そうしたら、紬ちゃんはまた、不思議なことを言ってきた。
二番目になっちゃった、っていうのが、辛いんだね
二番目……?
わからなくて聞いてみる。
現(うつつ)さんがマコトくんを優先したことが、舞には辛いことなんじゃないかなって
マ、マコトくんって決まったわけじゃ……!
そうだね、確かにマコトくんとは確定してない。
でも……つまりは、そういうことじゃないかな
そういう、わけじゃないよ……
怒っているの?
……ちょっと、嫌なのはある。
でも、追い返しちゃったのは、悪いとも想ってるの
悩んでいる、のかな。自分の気持ちが、よくわからない。
――夢のことも、引っかかっていて。
理愛ちゃんのせいなのと、自分のせいなのと、混じって難しくなっちゃっている。
すっきりする?
すっきり?
どういうこと、紬ちゃん
もう二度と会いたくありません、あなたなんか大嫌いです、って言うとか
そ、そんな……!
そうしたくないってことは、まだ、舞のなかで彼女はちゃんといるんでしょ?
……もちろん、そう、なんだね
相談しているうちに、ちょっとずつ冷静になってくる。
――理愛ちゃんは、わたしだけのものじゃない。当たり前のこと。
いろいろな人と付き合ったり、家の手伝いもしているから、わたしとの約束がダメになっちゃうことだってあるだろう。
むしろ、連絡してきてくれただけ、ありがたいんだと想う。
(でも……用事って、なんだろう)
浮かぶのは……マコトくん。
それが誰なのか、わたしにもわからない。
ただ、理愛ちゃんのノートに書かれているくらい、大切なんだろうなっていうことはわたしでもわかる。
マコト、くん。
男の子だろうか。でも、女の子の名前でもある。
男の子の友達もたくさんいるし、女の子だってたくさん。
理愛ちゃんは頼りにされることも多かったし、色恋の話もどこかで耳にはしていた。
でも、今までは、理愛ちゃんに聞けばなんでも教えてくれた。
なのに、今の理愛ちゃんは……どうしてか、教えてくれない。
……でも、わかんない
わかんないって、なにが
理愛ちゃん、わたしの知らないこと、いっぱい知ってるんだ
学年の上位争いをしているくらいだからね
でも、わたし……それが、ぜんぜんイヤじゃなかったの
知ってるよ。
もう、ファンというより、信者っぽいもんね
なのにね……今は、すごく、複雑
ずっと、カッコよくて憧れる理愛ちゃんが好きだったのに……今は、どこか不安になってきている。
知らない理愛ちゃん……教えてくれないのも、知らないのも、なんだかわかんない
……舞って、あっけらかんとしているようで、面倒だよねぇ
細い指先が、髪の間を通るのを感じる。
紬ちゃんの手が、わたしの頭を撫でている。
ごめんね、舞。
こういう言い方しか、できなくて
ゆっくり、髪を整えてくれているかのような優しさは、とても心地良い。
できないなら……早く仲直りしてきなよ。
焚きつけた私も、責任あるし
紬ちゃん、優しいね
わたしはゆっくり顔を上げて、そう言う。
その言葉に、視線を外す紬ちゃん。
そこへ、横から声がかかる。
本当、優しすぎて……間(あいだ)さんは、自分の心配をしてないんじゃないかって、想っちゃう
添石さんは黙って
眼を細めて、紬ちゃんは添石さんに言葉を返す。
なんだかにらみつけるような、一歩引いたような、わたしが見たことのない顔。
(紬ちゃん、添石さんにはこんな顔するんだ)
仲良さそうに微笑む添石さんに、嫌そうな紬ちゃん。
ふふ
ど、どうしたの。
突然笑って
紬ちゃんも、わたしの知らない顔、添石さんに見せるんだなって
そうねぇ。
間(あいだ)さんの見えない顔を引き出すの、楽しいわ
……悪趣味だ
苦いものでも食べたような顔をする紬ちゃんに、わたしはまたちょっと笑ってしまう。
二人の知らない関係を見て、わたしはちょっとだけ気が楽になった。
(そうだよね。理愛ちゃんには、理愛ちゃんの時間があるもんね)
うん、決めた。
理愛ちゃんに謝ってくるね
せっかく来てくれたのに、追い返してしまったのだ。
それは、謝っておかないと。
そうしなよ。
時間が解決するともいうけれどさ
紬ちゃんの言葉に頷(うなず)いて、スマホを取り出す。
アプリを起動して、文章入力。
MELUS(メルス)、送信、っと
謝りの文面、入れたの?
ううん、会いたいなって入れただけ。
直接、ちゃんと言葉で謝りたいから
わたしの言葉に、紬ちゃんは少しだけ笑って頷いてくれた。