――放課後。理愛ちゃんの生徒会が終わる、西日が強く射し込む時間。

……待たせちゃったね

あ、ううん。
大丈夫

 ぎこちない挨拶で、わたし達は帰りの道を歩き始める。

今日は、一緒に帰ってもいいのかな

ええ。
今日は……大丈夫

 答える理愛ちゃんの顔が、苦しそうに見える。
 わたしが、そう見えちゃう、だけなんだと想いたいけれど。

 下駄箱で靴を変えて、校内を歩き、校門を出て――わたし達は、一言も言葉を話せなかった。

(……こうしていても、しょうがないかな)

理愛ちゃん、あの

舞ちゃん、その

 二人で同時に話し始め、同時に口が止まってしまう。

ご、ごめんなさい

ううん、こっちこそ……ごめん

 想いがけず、二人で謝る形になってしまった。
 それで気が楽になったのか、わたしは、改めてちゃんと謝ろうと考え始めた。

理愛ちゃん、この間は来てくれたのに、ごめんね

ううん、こっちこそ……この間は、本当にごめんなさい

 理愛ちゃんが謝ってくれたことで、お互いに不安を感じていたのがわかって、良かった。
 でも、気になることはある。

どうして……あの日、わたしと出かけることができなかったの?

 これは、聞いておかなきゃと想った。
 理愛ちゃんは、眼を少しいろいろなところへ泳がせてから、ゆっくりとわたしへ向かって話し始めた。

急用ができてしまって……あの日、あの時に終わらせないと、いけない用事だったから

……その用事って、聞いてもいい?

それは……

 口ごもる理愛ちゃん。
 悩むようなその顔は、テレビで見る女優みたいな大人っぽさを感じさせた。

……マコトくん、って子に関わることなの?

舞ちゃん、どうしてその名前を……!?

(あっ……!)

 つい、名前を聞いてしまった。
 まだ、理愛ちゃんの側から、聞いてはいないのに。

ごめんなさい。
この間、理愛ちゃんの教科書を借りた時、偶然見ちゃったの

 わたしは、正直に言うことにした。
 ここで嘘を言っても仕方ないし、それに、ごまかす必要もないと想ったから。
 ――その名前でわたしが拗ねていると気づかれちゃったら、それは、しょうがないけれど。

じゃあ、舞ちゃんはマコトくんのことは……知らないのね

名前以外は知らないけれど……

 安心したような表情の理愛ちゃんに、胸がちくりと痛む。
 そう、知っているのは名前だけ。どんな髪型で、どういった声で、どういう性格なのか、ぜんぜんわたしにはわからない。
 でも……そんなにも、マコトくんのこと、知られたくないのかな。
 なんだか、逆に理愛ちゃんに対して、申し訳ないことをしている気分になってきた。
 まだ理愛ちゃんにとって、それが触れられたくない部分なら――ただの友達であるわたしは、そんなに踏み込んじゃいけないんじゃないかって、想ってしまう。

……あ、あのね、理愛ちゃん

 なんて言おうか、迷いながら口を開いて。

マコトくんは、もういいの

 ――返ってきた理愛ちゃんの言葉がそれだったから、わたしの頭は真っ白になってしまった。

えっ!?

元々、わたしのイメージに合わなかったから

イメージ……イメージって、どういうことなの

 ――今朝の夢が、頭のなかに広がっていく。

さあ、今日はどこへ行こうかしら。
舞ちゃんの行きたいところ、行きましょう

理愛ちゃん、いったい……

(……あっ)

舞ちゃん、お願い。
わたし、舞ちゃんを裏切っちゃったから

そんな!
理愛ちゃんは、いつもわたしの……

(わたしの……理愛ちゃんって、どんな子なんだっけ?)

 胸に浮かんだ疑問に、わたしはうまい答えを見つけられなかった。

……わたしの大切な、理愛ちゃんなんだよ?

 そうして自信なさげに言った言葉に、理愛ちゃんは薄い微笑みを浮かべてくれる。

ありがとう、舞ちゃん

(……わたしの、理愛ちゃん)

 わたしは、横を歩く理愛ちゃんの横顔を見ながら、考える。

 ――わたし、理愛ちゃんに、どうして欲しかったんだろう。

 カッコよくあって欲しい、という気持ちと、理愛ちゃんの寂しげな横顔がうまく重ならなくて、わたしはなにも言うことができなかった。

理愛ちゃんが足りない! - 09

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