今日は快晴、風も少ない、お出かけには最高の日だね!
(やってきました、約束の日!)
今日は快晴、風も少ない、お出かけには最高の日だね!
(今日は、想いっきり遊ぶよ~♪)
昨日はウキウキして、ぜんぜん眠れなかった。
でも、眼はパッチリで、身体もシャッキリ!
今日のわたしは、いつも以上に元気があふれている!
(理愛ちゃんも、起きてるかな)
遅刻はしないし、なにをするにも事前にちゃんと準備をする、理愛ちゃんのことだ。
もしかすると、もうちゃんと出かける準備も終わって、わたしからの連絡を待っていたりして。
(だったら、嬉しいな……)
――実のところ、今日になる前にも、何度か理愛ちゃんに声をかけようとした。
でも、クラスの人達と勉強していたり、先輩に声をかけられていたり、話しかけても都合が悪くて少ししか話せなかったり。
(カッコいい理愛ちゃんも、ステキなんだけれど)
ふりかえると、ちゃんと話したのは約束をした放課後以来かも。
……今日は、そうじゃないよね
少しずつ声を出すと、夢みたいなぼんやりした気分がちょっと晴れて、準備をしなきゃって想う。
わたしは急いで朝食を食べて、顔を洗い、髪を軽く整える。
部屋に戻って、迷った末に選んだ衣装をクローゼットから取り出して、着替える。
そしたらまた洗面所へ戻って、ちゃんとしたヘアセット。
少しだけ、慣れない手つきでメイクもやってみる。
(へ、変じゃないかな……)
一通り準備が終わって、鏡のなかの自分を何度も見つめる。
いつもよりはちゃんとした、お出かけ用の格好をしたつもり。
でも、自分ではそう想っているだけで、やっぱり始めてだから不安がもぞもぞ。
台所へ移動して、探していた背中へ声をかける。
お、お母さん、変じゃないかな!?
あら、見違えたわね。
いつもそれくらいしっかりしているといいんだけれど
ほ、本当!?
本当よ。
成実(なみ)もそう想う……あら?
お母さんが呼びかけると、玄関からごそごそって音がする。
わたしはそっちへ足を向けて、玄関先で靴を履いていた人へ声をかける。
お姉ちゃん、もう出かけるの?
舞、おはよう。
ん、今日中には返ってくる……かも
今日中って……まだ朝になったばっかりだよ
驚くわたしに、お姉ちゃんは指をふりながら「もう朝なの」と一言。
時間は有限なの。
特に20を過ぎるとね、やりたいこととの兼ね合いが大変なの
そうなの?
でもお姉ちゃん、朝から晩まで出かけてて、大学の方は大丈夫なの
舞には言われたくないな~
わたしのお姉ちゃん、成実(なみ)は大学生。
いろいろなイベントなんかに顔を出したり、大学でもサークルに入っているみたい。
あ、そうだ!
わたしはお姉ちゃんに呼びかけて、自分の顔や身体を指さす。
お、お姉ちゃん、わたし似合ってる?
変じゃないかな
仮にも大学生のお姉ちゃん、なにかアドバイスをもらえるはず……。
似合ってる似合ってる、舞なら似合うどこまでも~
ちゃんと見てよ~!
お姉ちゃんの眼はスマホやメモ帳ばっかり、ぜんぜんわたしに向いてない!
……誰と出かけるのか知らないけれど、よく似合ってると想うよ
と想ったら、ちらりとわたしを見て、お姉ちゃんはそう言ってくれる。
似合ってる、と言われたら安心はするけれど、でもやっぱりなにか不安。
そうかなぁ、なにか変なところないかなぁ
前向きに行け、若人よ。
失敗も経験だ
失敗したくないから聞いてるんだよ!?
お願いだよ~
変なところを気にするから変だと想うのよ……っと
スマホから受信音が鳴る。お姉ちゃんの友達かな?
さっと指を動かして、お姉ちゃんは手元のバッグを手に持った。
ごめんね、これから出かけなきゃ。
逃すと今回の演出、もう見られないんだよね~
……おっかけって大変なんだね
慌ただしいお姉ちゃんの様子に、想わずポロリ。
これからお姉ちゃんは、好きなアイドルのイベントへ行くだろうけれど、どれだけの長旅をするんだろう。
その行動力はすごいなぁ、といつも想う。
楽しいからいいけれどね~、大切なのはそれだよ
楽しいから、かぁ
テレビの中で気になる人はいるけれど、お姉ちゃんみたいにはなれないなぁ……。
だから、舞も一緒
一緒?
靴を履いて準備も終わり、ちゃんと目線を向けてくれたお姉ちゃん。
視線を外さずに、はっきりとした声で、わたしへ話しかけてくれる。
そう。
相手がどう返してくれるかはわからないけれど……楽しまなきゃ、相手だって不安になるから。
だから、精一杯楽しんできなよ
精一杯、楽しむ……
ステージだって、ファンがいないと成り立たないんだから。デートだって、相手と楽しまないと意味がないでしょ?
……うん!
ありがとう、お姉ちゃん
あ、アタシ時間だから。
またね、舞
行ってらっしゃい、気をつけてね~!
玄関の扉を開けて、お姉ちゃんは早足で出て行ってしまった。
(楽しむ、かぁ)
不安ばかりが先に立っていたけれど、そうだ、今日は理愛ちゃんと久しぶりに楽しむ日だったんだ。
(デデデ、デートじゃないけれど……そうだよ、ね)
なら、不安ばっかり感じてちゃ、理愛ちゃんに申し訳ないよね。
舞がいいと想う気持ちで、行きなさいね。
でないと、相手も気を使っちゃうだろうから
わっ!?
お、お母さん……びっくりさせないでよ~
お姉ちゃんを見送りにきたのか、知らない内に、お母さんが後ろに立っていた。
でも、そうだね。お母さんの言うとおり、自分で決めたから、自信を持つことにする!
精一杯、楽しんでくるのよ
うん!
お母さんも、ありがとう
一通りの確認と準備が済んだわたしは、部屋に戻ってベッドへと腰掛ける。
後は、理愛ちゃんの連絡を待つだけだ。
(ふふふ、楽しみだな~)
今日はどこへ行こうか。
電車に乗って近くの街へ行くことになっているけれど、行くところは決めていない。
夏に差し掛かった季節は、陽も長くなっている。だから、いっぱい見て回ることができるはずだ。
うきうきしながら、スマホをいじって遊び場所を探す。
すると――スマホが震えだし、呼び出し音が鳴る。
(きた、理愛ちゃんだ!)
急いで液晶画面の電話ボタンを押して、電話モードに切り替える。
理愛ちゃん、準備できた?
弾む心を抑えられなくて、わたしは大声で理愛ちゃんに聞いてみる。
もしかすると、もう家の前に来ているかも!?
……
……理愛ちゃん?
でも、なぜかスマホの向こうから、理愛ちゃんの声は聞こえなかった。
ごめんなさい、舞ちゃん
……ごめんなさい?
ごめんなさいって、どういうこと?
まだ、舞、なにもしてないよね
本当にごめんなさい。
あの、謝ることしかできないんだけれど……
一瞬の、空白。
時間にするとほんとの少しなんだけれど、この時は、どうしてかとっても長く感じた。
今日のお出かけ……キャンセル、させてほしいの
――それは、その言葉を聞きたくないから、だったのかも。
……えっ?
本当、急にで悪いんだけれど
ど、どういうことなの?
なんで?
……
理愛ちゃんは、無言。
わたし、二週間前から、ずっと待ってたんだよ……?
ごめんなさい
あの喫茶店、一緒に行くって……約束したじゃない
本当に……本当に、ごめんなさい
理愛ちゃん、今日は大丈夫って……言ってたじゃない!
スマホをぎゅっと握りしめて、わたしは理愛ちゃんを攻めるように言ってしまう。
でも、ダメ。
わたしの胸のなかは、理愛ちゃんへの不満でいっぱいになってしまった。
どうして?
なんの用事なの!?
……それは、言えないわ
言えないって、なんで!?
……舞ちゃんには、言えないの
そんなのって……!
頭の片隅で、もう一人のわたしがささやく。
理愛ちゃんは忙しい、家の用事もある、勉強だってしなきゃいけない、自分とは違う……ぐるぐるぐるぐる、理愛ちゃんをフォローする言葉が浮かんでいる。
わたしがやらないと……みんなに、迷惑がかかってしまうから
――でも、わたしは、言わずにはいられなかった。
理愛ちゃんは、わたしとのお出かけと、その用事……どっちが大事なの!?
舞、ちゃん……
あ……
わたしは自分の言葉に驚いて、だから、怖くなって吐き出すように続けてしまった。
もう、知らない!
舞ちゃ――
わたしは理愛ちゃんの声を聞かず、通話終了のボタンをタッチした。
理愛ちゃんの声が消えて、カワイイ壁紙に画面が戻る。
でも、携帯がまた鳴り始める。
表示されている番号は――もちろん、わたしの大切な親友のもの。
なのに、今はとても、応える気分にはなれない。
知らない……よ……
手元のスマホをベッドへと投げる。
ぽすん、という軽い音。
それと一緒に、わたしの緊張や楽しさも、抜けてしまったような気がした。
理愛ちゃん……
おめかしした姿のまま、わたしはベッドへと倒れ込む。
動く気がしない。
メイクをしたままなのに、汚れちゃうのに。
――知らず、横たわったまま眠っちゃっていたみたいだ。
舞、今日のお出かけは?
少し立ってから、お母さんの声が扉越しに聞こえてきた。
……理愛ちゃん、具合が悪くなっちゃったんだって。
わたしも、あんまり具合が良くないの
具合が悪いって……理愛ちゃんはともかく、さっきあんなに元気だったじゃない
扉越しに聞こえるお母さんの声に、わたしは答える。
……大丈夫だから。
今日は、一人にして
わたしの言葉に、お母さんはなにも返さなかった。
ただ、階段を下る音だけが、扉越しに少しだけ聞こえた。
(……着替えなきゃ)
そう想いながら鏡の前に立って、でも、見なければ良かったって想ってしまう。
よれてしまった洋服と、ひどく落ち込んだ自分の顔。
ため息を吐いて、またベッドに戻る。直す気力もないわたしは、ぼんやりとただ横になるだけ。
(……理愛ちゃん、怒ったかな)
でも、ぼーっとし続けることはできなかった。
ずっと、理愛ちゃんと出かけることだけを考えてきたから、すぐに切り替えなんてできなかった。
(舞のこと、嫌いになったかな)
よく考えれば、一緒にいる時間は多かったけれど、わたしはただの幼なじみ。
理愛ちゃんみたいに、家のお手伝いの付き合いや、学校での活躍なんて、わたしは全然していない。
(……用事って、マコトくん?)
姿も知らないその子が、理愛ちゃんと同じような、なんでもできるスゴイ子だったら――。
(わたしは……もう、一緒にいられないのかな)
カッコいい理愛ちゃんが大好きで、それを見続けていられれば、嬉しかっただけじゃ……ダメなのかな。
はぁ……
ため息をついて、枕を抱きしめる。
瞳を閉じると――知らない内に、意識がぼんやり。
お昼も過ぎて、時計は勝手に回っていく。
そんなふうにしていたら、突然、お母さんの声が響いた。
舞、理愛ちゃんが来てくれたわ。表に出てこられる?
(理愛ちゃん……?)
わたしは驚いて、ばっと頭がはっきりする。
飛び跳ねるように扉へ手をかけたところで。
(――あんなことを言って、電話もでなくて、会ってなにを言えばいいの?)
動きが、止まってしまう。
……ごめん。
今日、体調悪くて。
帰ってもらっていい?
でも、体調悪いところを来てもらったのは、理愛ちゃんも一緒でしょう
そうだけれど……
せっかく来てくれた、という想いと、どうしてこんな時間に、という苦さが一緒になる。
しばらくそうして、止まってしまうわたし。
お母さんは、無理に扉を開けることは、しなかった。
……そうね。
お互い体調が悪いなら、理愛ちゃんは私が送っていくわね
お母さんはそう言って、扉から離れたみたい。
少し階段を下りる音がして、たたずむわたしに、またお母さんが声をかけてきた。
でも、ちゃんと仲直りするのよ
お母さんの声は扉越しなのに、はっきりと聞こえてきた。
(……できるなら、そうだけど)
そうは想いながらも、わたしはまたベッドに戻ってしまう。
(理愛ちゃん、どうしちゃったんだろ……悪いこと、しちゃったかな……)
だんだん、理愛ちゃんを帰してしまったことに、わたしのなかが重い気分でいっぱいになってくる。
(明日から……どうしよう……)
暗い気分で横になって、ただ、ぼんやりとしていると――。
わたしの意識は、知らないうちに、眠りへと落ちていった。