第十二話 バンパイアハンター北鎌倉ふたたび
第十二話 バンパイアハンター北鎌倉ふたたび
ぐぅっ!?
ハイネが横に吹っ飛んで視界から消えた。
俺の手を誰かが掴んで強く引っ張った。
お兄様、こっちへ!!
七星が細い背中で俺をかばった。俺と吸血鬼の間には、今や少女と腐女子が割って入り臨戦態勢を敷いている。
気に入りません
空手か何かの構えを取り、北鎌倉が低く呟いた。
男同士のわちゃわちゃは大好きです。
しかし、愛が無いのは気に入らぬ
北鎌倉に蹴りを食らわされてベンチから落ちたハイネは、ゆっくりと起き上がって笑みを浮かべた。
うわ、なに、キモ。誰お前
通りすがりのアマ×ジル担です
俺が攻めなの!?
本当にありがたいことに、北鎌倉がこういうことを言ってくれると俺の理性は冴えてくる。
ツッコミによって我を取り戻した俺は、じんじんと痺れている自分の首筋に手をやった。
手のひらには自分の血がべったりとついて、今この出来事が現実であることを赤く主張していた。
北鎌倉、そいつは本物の吸血鬼だ。七星を連れて逃げないと!
ここは私にお任せを。七星様、アマネ様を連れて月光館へ
ええ!!
七星が俺の背に手を添える。だが、俺は身体にチカラが入らないのと、北鎌倉一人を残すことに抵抗があって、足がうまく動かない。
なにこれー、なんかのアニメみたい。
超ムカつくんだけどー
私、吸血鬼などというものは信じておりません
北鎌倉は上体を低くすると、銀の杭のようなものを取り出した。
しかしながら、渋澤家の執事として最初に教え込まれることがございます。
オッドアイで銀髪の男が、
もしも一族の前に現れたならば……
北鎌倉がハイネに向かって勢いをつけてタックルした。
撃つべし!!
うぉっと
ハイネはとっさに後ろにジャンプしてこれを交わした。ジャンプというより、はっきり言って飛翔している。
このオンナ生理的に受け付けないなー。
消えてくんないかなー
ぎらっと怒りを瞳に宿すと、ハイネは高い位置から両手を組み上げ、それを北鎌倉の後頭部に振り下ろした。
ぬっ!?
間一髪、北鎌倉は上からの打撃は避けたが、ハイネの下からの肘蹴りは避けられなかった。
ぐっ……
北鎌倉の胴体からゴキっという鈍い音が響き、俺たちは立ち止った。
北鎌倉はくの字に身体を折っていたが、気丈にも膝をつくことはしなかった。
ハイネは微笑みながら、北鎌倉の額にピタリと自分の手のひらをあてがう。
ねえねえどう?
動ける?
!?
北鎌倉は体を動かそうとするが、かすかに筋肉が動くだけで大きなアクションができない。
額に手を置いたそれだけのことで、ハイネが彼女の動きを封じているのは明白だった。
北鎌倉!
俺が叫ぶと、ハイネはゆるりと俺たちを見た。
そのお嬢さんは夜子の孫か何か?
いいねえ、八つ裂きにしてあげたい
…!
俺はとっさに自分の背に七星を隠した。それだけはさせない。
でも、今はアマネだ。
このオンナを殺されたくなかったら、戻っておいで、アマネ。
真実を教えてあげるし、もっときみのお父さんの話をしてあげるよ?
……
……
七星が俺の手を強く引く。俺は大丈夫だとその手を握り返した。
俺には父親はいない。
お前と誰が一緒に暮らしていようが興味はない
でも、ジルがいなければ君は父親と別れていなかったし、家族は一緒だった。
そうすれば志摩さんだって死なずにすんだかもしれない、そうじゃない?
それは
それは、正直つらい。俺の心はまた、かき乱されそうになる。
……それは……そうだとしても……ジルから聞く
俺は、まっすぐにハイネを見て言い返した。
どんな話でも俺はジル本人から聞く。
あいつの口から話を聞く。
お前から聞く必要は無い!
…………
…………
…萌ゆーーーーーーーーーーー!
叫び声がとどろいたかと思うと、いきなり北鎌倉がハイネの手を払い、彼の顎に向かって正拳突きを食らわせた。
北鎌倉の目は、ぬらぬらと輝いていた。
何!?
ハイネはそれを手で受け止めるのが精いっぱいだった。
お前どうして動ける!……!?…なんだこの強いオドは……
私が求める萌えはこれです!つかず離れず!!だがゆるぎなき信頼関係!!
北鎌倉はきれいな動きでハイネに正拳や蹴りを続ける。
北鎌倉の動きは空手家のソレだった。ハイネは何とか攻撃を交わしているが、
何発か食らって美しい顔をゆがめた。
俺はいつだったかジルが言った言葉を思い出していた。
一番簡単に気を出す方法は……
エロい妄想……
昇龍拳!!
ぐはあ!!
……北鎌倉…お前今、
何考えてんだ……。
くっそー、
そうか、魔女かお前…めんどくせーな
今や追い詰められたハイネは、木陰から出て夕日を浴びている。おそらく、そのことも劣勢につながっているのだろう。
ちっと舌打ちをして、次の瞬間、
ハイネが、消えた。
霧のような、蜃気楼のようなゆらぎが、じわっと空間に広がると、夕暮れに溶けるようにして消えた。
……消え、た……?
……こんなことって……
…あ、あ、あ……吸血鬼っていろいろ出来るんだなあ……
う……
北鎌倉がくらりとよろめいて膝をついた。
大丈夫ですか、北鎌倉!
七星が駆け寄り、俺も続いた。
……だ、大丈夫です。
2.5次元のお芝居ではなかなか説明できないことが続いたので、ちょっと理解に苦しんでおります。
北鎌倉のすごいところは、この状況に及んでもフィクションとノンフィクションの境目があいまいなところだと思う。
……でも。
助けてくれて、ありがとうな、北鎌倉
俺がぼそりと言うと、北鎌倉は珍しくはにかんだように微笑んだ。
ご無事で何よりです
七星も。助かった、ありがとう
七星の頭をぽんぽんすると、彼女は少し怒って俺を見た。
お兄様にはスキが多すぎますわ。
今後はカメラだけではなくSPをつけることも検討しなければなりませんわね。
いやいや、俺の移動範囲500メートル以内だからSPなんていら
……え、今カメラって言った?
そういえば異常にいいタイミングで現れてるなこの二人。
お首は大丈夫ですか?
言われて傷口に手を当ててみると、もう血は止まっていた。
ああ、うん、大丈夫みたい
七星の血が欲しくてムラムラしたりしませんかお兄様?
大丈夫ですか?
え……う、うん、たぶん? 大丈夫……
わたくしにムラ
大丈夫
そこは即答した。
ちょっと吸われたからといって吸血鬼化することは無いようですわね。何等かの儀式や法則が必要なのかもしれない
北鎌倉が思案気に俺を見つめた。
お体のことが心配ないとなれば、問題はジル様ですね。
俺は、はたとそれを思い出して息を呑む。
そうだ。逃避してる場合じゃなかった。
……お兄様、よかったら渋澤の屋敷へ参りませんか?
一度落ち着かれてから月光館にお帰りになったほうが
俺はきっぱりと首を振った。
いや、帰るよ
でも、さっきあんなに……
七星、俺ってすげえ情けないヤツなんだ。
今ジルと話しをしないと、絶対また怖くなって逃げる。
だから、帰るよ。
七星は俺をしばらく見つめていたが、こっくりとうなずいた。
では、月光館までお送りいたしますわ。
俺たちはそうして、月光館に帰った。
たった数百メートルの帰路だったけれど、
まるで勇者がボロボロになったままセーブなしで次の町に行くような、そんな道のりだった。