なんかもう面倒になってきたので普通に説明する事にした。
 いつも借りている笹宮さんの前の席に座って、床に正座する猫神に上から目線で話し続ける。

神城 鋭

……とまあ、そんな感じで笹宮さんと友達になって欲しいんだよ

笹宮 明

あそこまで脅しておいて普通に説得し始めた!?

猫神 鈴

なるほどにゃあ……

猫神 鈴

私で良かったら喜んで友達になるのにゃあ

猫神 鈴

……でもさっきまでの話と随分違うのにゃあ……

笹宮 明

あそこまで脅されておいていいの!? こ……この子……心が広い……

 何故かうまい具合に進んでいるのに笹宮さんの表情は芳しくない。

 やれやれ、笹宮さんは贅沢だな。
 そもそも、友達なんて普通は極自然にできるものだっていうのに。

神城 鋭

笹宮さんの方から友達になりたいと声をかけているのに猫神が歓喜してないのが気に食わないのかな……

 さすがの僕でも美少女天才ストーリーテラーの脳内など察せない。
 まぁ、笹宮さんの事だし、猫神のキャラをどう漫画に落としこむかとか考えてるんだろ。漫画モンスターだし。

 僕は気にしない事にした。

 これ以上引っ張るのもあれだし、笹宮さんと猫神の手を取って握手させる。
 笹宮さんはあっけに取られていたが、すぐに表情を崩して猫神に微笑んだ。

 笹宮さんの笑顔、プライスレス!

笹宮 明

こ、これからよろしくね。猫神さん

猫神 鈴

よろしくにゃあ、笹宮さん

猫神 鈴

ところで一つ質問があるのですが……にゃあ

神城 鋭

そのキャラ付けうざいにゃあ

 僕は本音を隠さない性格だ。笹宮さん以外の顔色を伺って生きるなんてまっぴらだし、腹芸が出ないわけではないが、必要がなければやらない。

 デリカシーが無いとも言い換えられるかもしれない。庶民の感性なんて知らない。

笹宮 明

!?

猫神 鈴

……キャラ付けって何の話かにゃあ……?
神城君怖いにゃあ……でも噂程は怖くないにゃあ?

 不思議そうな表情で首を傾げる猫神。やはり猫並の頭しか持っていないのか。
 これならうちで飼ってる猫の方が賢そうだ。

神城 鋭

まぁいいか……もしかしたらアニマルセラピーになるかもしれないし

 笹宮さんが癒やされるのならば僕はいくらでも我慢しよう。

 しかし、猫耳で語尾に『にゃあ』とかテンプレ過ぎると思う。
 おまけに名前が猫神だ。もし彼女が小説などで出てきたとするのならば、作者がキャラ設定作る際に独自性を出すのをサボったようにしか思えない。

神城 鋭

悪い、続けて貰っていいよ

猫神 鈴

こほん、まぁ気を取り直して……

猫神 鈴

漫画って読んだことないんだけど面白いのかにゃあ?

笹宮 明

!?

 やはり猫神でも漫画を読んだことがないか。

 一般の高校生ともなれば漫画の一冊や二冊読んだことがあるものらしいが、ここの学院で一般的な高校生は存在しないのだ。
 さすがに単語を知らないレベルというわけではないようだが、テレビを見たことがない箱入りのお嬢様など少なくない。

 しかし、天才漫画家笹宮さんを相手にそのような事を言うとは……創作を行う人には自尊心が高い人が多いというのに。

神城 鋭

落ち着くにゃあ、怒りを収めるにゃあ、笹宮さん。
漫画は猫の読むものじゃないにゃあ。人様の娯楽を猫神が知らなくても仕方ない事なのにゃあ

笹宮 明

お、怒ってない!

笹宮 明

神城君って私の事を何だと思ってるのかしら……そして、猫神さんに何か恨みでもあるの?

 そんな眉根を潜めて言われても説得力がない。

 猫神はそんな機微を感じられなかったのか、にこにこしている。

猫神 鈴

なるほど……人の娯楽なら私が知らなくてもおかしくないにゃあ。
ごめんなさいにゃあ、笹宮さん

神城 鋭

ごめんなさいじゃないにゃあ、このノータリン猫娘。
ちゃんと勉強するにゃあ。そんなんじゃ笹宮検定四級も危ういにゃあ

笹宮 明

な、何なのこの会話!? 私がおかしいの!?

 お前も人だろ、というつっこみを入れなかった僕を褒めて欲しい。細かい事を気にしていたら際限がなくなるのである程度は許容する事にしているのだ。

 鞄の中からカオス・ファンタジアの一巻を取り出す。いつも一巻を常備している僕は自分で言うのも何なんだが、笹宮ファンの鏡だといえるだろう。

 別にカオス・ファンタジア、好きじゃないのに。

笹宮 明

あ……

神城 鋭

これが笹宮さんの代表作、カオス・ファンタジアだよ。
現代を舞台としたファンタジーで、現在二十四巻で全国に一億部以上を売り上げた少年漫画の金字塔だ。来月二十五巻も発売されるよ。

猫神 鈴

カオス・ファンタジア……聞いたことはあるにゃあ

 猫神に本を手渡す。
 漫画本を見るのは初めてなのだろう、興味深そうに鼻を近づけ匂いを嗅ぐと、ひっくり返して確認し始める。

 まるで火を初めて見た原始人みたいな反応だ。

神城 鋭

何が凄いってこれを連載し始めた時、笹宮さんはまだ小学生だったって事だよ。
編集さんがゴーストライターの存在を疑ったって話は有名な逸話だね

笹宮 明

は……恥ずかしい……

 絵もストーリーも新人にしてはずば抜けていておまけに小学生。

 作者の年齢の事もあり、色々ハードルはあったようだが、それらを全て乗り越え笹宮さんは美少女天才漫画家になったのだ。その存在を知って幾人もの漫画家が筆を折ったという話は余りにも有名である。

 初連載が大ヒットして依頼、笹宮さんは学校に通いながらも一回も連載を休んでいない。アニメ化したりノベライズしたりグッズ展開したり映画になったり、それら全てのハードワークをその華奢な身体で乗り切ったのだ。

 余りにも高いポテンシャルと漫画への情熱。

 彼女がいる限り週刊少年ランプは安泰だとはもっぱらの噂だ。

 それ以外の能力がへっぽこでもミジンコ以下でも別にいいのである。ビバ・笹宮!

神城 鋭

全盛期の笹宮さん伝説。
①一時間で十ページの原稿を完成させる。
②余りのネームの面白さに編集の眼が肥えてしまい十人以上の編集が使い物にならなくなった
③余りにもネームが面白すぎてネームの提出が免除された
④担当との打ち合わせも免除された
⑤本人の能力が高すぎてアシスタントを使うと効率が落ちる。だから二年目からはアシスタントを使っていない
⑥夢の中で構想を練るので現実世界では原稿を描くだけ
⑦余りに漫画の事ばっかり考えていたため、夢の中で自由自在に漫画を疑似体験する能力を得た
⑧週刊連載の原稿をやり、単行本作業をし終わった後、息抜きに趣味の漫画を描き始める

猫神 鈴

ほええ。何だかわからないけど凄いにゃあ

神城 鋭

まだ笹宮さんの凄さが伝わっていないな

 もし本当に凄いと思っていたらそんな淡白な反応できないはずだ。五体投地して然るべきである。
 しかしこれ以上思いつかない。

神城 鋭

……よし、伝説を作るか

神城 鋭

⑨笹宮さんにとって完成原稿は下絵の出来損ない。
⑩余りにも原稿を完成させるのが簡単なので目を瞑って描いてみたら傑作が出来上がった
⑪自分の原稿が早く終わりすぎてやることがなくなったので他の作家さんのアシスタントを始める
⑫⑪も早く終わらせすぎたのでアニメ制作の手伝いまでする
⑬極限まで集中した笹宮さんの世界の時は止まっている
⑭サインを描く際にファンサービスでサイン色紙に読み切り漫画を描く

笹宮 明

な、何かめちゃくちゃ言われてる……

 他に何かあったかな……そうだ。

神城 鋭

⑮ここまでやっても笹宮さんは未だ発展途上
⑯編集さんや先輩漫画家さんも笹宮さんに会うと土下座し、笹神参拝を始める
⑰余りに描く枚数が多く、インクと紙の資源が枯渇し始めたので作業を電子化した

笹宮 明

ちょっと待って!

 気持よく創作伝説をあげていた僕を笹宮さんが止める。僕程度が作ったフィクションでは笹宮さんを満足させるレベルには達していなかったか……

 でもそんな事を言ったら笹宮さんを満足させる創作をできる人なんてそうそういないだろう事になる。

笹宮 明

他の伝説も色々つっこみどころがあるけど、私が漫画作成を電子化したのは神城君が液タブを持ってきてこれで描くよう提案を受けたからよ!

神城 鋭

あー……そうだった。

 漫画作成中に口を出した際に、紙の原稿だと簡単に修正出来ないから電子化させたんだったな。すっかり忘れてたよ。
 いくら伝説と言ってもあからさまな嘘を伝説にするわけにはいかない。

神城 鋭

ごめん、やっぱり⑰は無しで

笹宮 明

……やっぱり神城君、私で遊んでる?

 笹宮さんの疑惑の眼差し。

 何はともあれ、その言い方は良くない。
 その言い方だと僕がまるで笹宮さんを手の平の上で転がしているかのようだ。

 もっとこう……オブラートに包まないと。

神城 鋭

遊んでるっていうか……リスペクトかな

笹宮 明

……何でもリスペクトってつければいいもんじゃないと思うんだけど……

神城 鋭

笹宮さんさえよければ、笹宮さん専用の出版社を作るレベルでリスペクトしてるよ

笹宮 明

そんなのいらないから!

 笹宮さんが凄い剣幕で断った。相変わらず笹宮さんは奥ゆかしいなあ……。

 その時、ずっと僕達のやり取りを聞いていた猫神が手を挙げる。
  

猫神 鈴

で、結局色々言ったけど、カオス・ファンタジアって面白いのですかにゃあ?

 そんなの言うまでもない。

神城 鋭

僕は余り好きじゃないかな

笹宮 明

!?

猫神 鈴

え……!? さ、さんざん言ってそれなんですかにゃあ?

 別につまらないわけではないが、何度も言うけど僕は笹宮さんのファンであってカオス・ファンタジアのファンではないのだ。

神城 鋭

最近は突拍子のない展開も続いているし、別につまらないわけじゃないけど読者を置いてけぼりにする展開はどうかと思うかな……

笹宮 明

!?

 いくらなんでも仲間が突然爆発は……ないよね。

第九話:全盛期の笹宮さん伝説

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