旅人さんは右腕を固められ、
表情は苦痛に歪んでいる。

僕が目を離したほんのわずかの間に、
何が起きたというのだろう?
 
 

アポロ

痛たたたっ!
な、何をするんですかっ?

カレン

今、トーヤの財布をこっそり
盗もうとしていたわよね?

アポロ

っ!?

カレン

アンタ、盗人だったのね!
言動がおかしいと思って、
見てない振りをしながらも
ずっと注意してたんだから!

カレン

お腹が痛いっていうのもウソ!
油断させて近付くための
口実でしょ!

アポロ

ご、誤解ですよっ!
私がそんなことをするはずが――

 
 
 
次の瞬間、旅人さんの左の手のひらに
小さな炎が生まれた。
それを今にもカレンに向かって
放とうとしている。



――危ないっ!

死角になっているせいか、
まだカレンは気付いていない!
 
 

セーラ

えいぃっ!

 
 
僕が旅人さんに飛びかかって
阻止しようとした矢先、
それよりわずかに早くセーラさんが
手に持っていた水袋を投げつけた。

口の開いていた水袋は水をまき散らしながら
カレンたちの方へ向かって空中を舞う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

カレン

きゃっ!

アポロ

ぷはっ!

 
 
――水袋は旅人さんに命中!


横にいたカレンとともに盛大に水をかぶり、
手のひらの炎は鎮火した。

ただ、水がかかった拍子に
カレンは旅人さんを拘束していた腕を
放してしまう。


すると体が自由になった旅人さんは
すばやく僕たちと距離をとった。
そして顔にかかった水を腕で拭っている。
 
 

アポロ

くっ! びしょ濡れだっ!

カレン

セーラさん、何をするんですかっ!

セーラ

でもでもぉ、
あの人が炎の魔法で
攻撃しようとしていたのでぇ……。

トーヤ

うんっ、ホントだよっ!
僕も飛びかかって
止めようとしたんだ。

カレン

えっ?

アポロ

くそっ、今日はついてないぜ。
まさか相手が医者と薬草師とはな。

 
 
苦々しい顔をして舌打ちをする旅人さん。
さっきまでの丁寧な言葉遣いは消え、
態度もどこか粗雑だ。


この人、僕たちを騙そうとしていたのか……。
 
 

カレン

アンタ! 常習犯ねっ?

アポロ

もはやこうなったら仕方がない。
口封じをするまでだ。

アポロ

俺は魔界最高の魔術師、
アポロ様だ。
最大最強の魔法で、
貴様らを葬ってやろう。

セーラ

あのあのぉ、魔界最高ということは
四天王さんや女王様よりも
魔法の実力は
上ということですかぁ?

アポロ

当然だろっ!

セーラ

でもでもぉ、
それならなんでこんなちんけな
盗人なんてやってるんですかぁ?

アポロ

う……。

 
 
アポロはセーラさんの問いかけに口ごもった。
額にはじわりと汗が滲んでいる。

傍目にも動揺しているのがハッキリと分かる。
 
 

セーラ

そんな実力者ならぁ、
王城で雇ってもらえば
それなりの役職に就けるのではぁ?

アポロ

お、俺は誰かの下で働くのが
嫌いなんだっ!
一匹狼っていうか、
孤高の存在なんだよっ!

カレン

……ウソね、きっと。
こんなのが
魔界最高の魔術師のわけがないわ。

アポロ

バカにするなっ!
本当に俺は
魔界最高の魔術師なんだ!
条件付きだけどっ!

トーヤ

条件付き?

アポロ

はっ!? しまった!
自分から秘密を
喋ってしまうとはっ!

 
 
アポロは地面を強く蹴飛ばして
悔しがっている。
なんか悪人にしては間の抜けた人だなぁ……。

不謹慎かもしれないけど、
少し笑ってしまった。
 
 

アポロ

ととと、とにかくっ!
貴様らを葬る程度、
造作もないのだっ!
その証拠を見せてやるっ!

アポロ

はぁああああああぁっ……。

 
 
 
アポロは魔法力で空中に魔方陣を描くと、
握った両手に気合いを込め始めた。

するとその手と魔方陣が明るく輝き始める。
 
 

カレン

っ! あの魔法はっ!?

 
 
カレンは目を丸くしながら叫んだ。
そして途端に表情が曇っていく。


なんだろう、あの焦り方……。

もしかしたらアポロの使おうとしている魔法、
かなり危険なのかもしれない。
  
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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