旧財閥の一つにして現代日本で第二位の規模を誇る複合企業体(コングロマリット)、神城(かみしろ)グループ。

 飲食系から娯楽系を基盤に広範囲の分野を網羅するそのグループは資本主義が産んだ怪物と呼べる。
 その全てを統括する一族が神城家であり、その当主は日本で二番目の力を持つ。そして、他の家とは異なる独自のしきたりにより、現在の当主はまだ学生であるにも関わらずこの僕だった。

 金があれば権力がついてくる。
 娯楽を支配すれば民衆がついてくる。
 食い物がなければ人間は生きていけない。

 とどのつまり、僕は持って生まれた運によって、本来日本で存在しないはずの王として生まれたのだ。
 そしてそれは、公にこそなっていないものの、商売を行う人間の間では周知の事実であった。

 僕の名も、僕の立場も。

 人には向き不向きがある。
 その言葉を真実とするのならば僕は……あらゆる意味で王に向いていたと言えよう。
 いや、正確に言うのならば、つい数カ月前まで持っていなかった要素が一つあった。

 それは……力を使う意志。

 生まれてこの方、僕の手札にはジョーカーしかなかったが、そのジョーカーとて切らない限りは何の影響力もない札だ。
 そして、僕が初めて自分の意志でやってみたいと想ったことが笹宮さんの補佐だったのである。

 僕は笹宮さんとの出会いを運命だと確信し、自身の全力を持って笹宮さんの物語作りをサポートする事を使命と定義した。

 そして、僕の今の今まで眠っていた力が今、その崇高な大義名分のもと解き放たれる。

猫神 鈴

にゃ……あ?(か……神城……家?)

 二年一組とはいえ、神城家の事は知っているのだろう。猫神の表情が明らかに変わる。
 立ち上がり一歩後退る猫神に、僕は悠然と腕を組んで自身の優位を示した。

神城 鋭

にゃにゃあにゃあにゃん(別に猫神に危害を加えたいわけじゃないよ。うちで飼ってる猫の餌も君の所から仕入れてたはずだしね。ただ、永久に笹宮さんの奴隷になってくれれば君の家には手を出さない)

猫神 鈴

んにゃ!?

 まるで尻尾でも踏みつけられた猫のような声をあげ、猫神が眼を見開く。
 その表情に張り付いた恐怖と怯え。それを眺めるこの感覚は権力の味とでも呼べるものだ。数多の独裁者がきっとそれに溺れて墜ちていった。

 勿論、僕はそんなことはない。危害を加えたくないのも本当だし、そもそも猫神にそれほど興味がない。笹宮さんからの言葉がなければ一生付き合いなどなかっただろう。

 まぁ、その頭に生えた猫耳はかなり気になるけど。
 

神城 鋭

にゃうん(本来ならば無条件に屈服させる所を、笹宮さんは金賞の缶詰まであげようと言っているんだよ? 笹宮さんの提案のどこに不満があるのさ)

猫神 鈴

にゃ……にゃにゃにゃんにゃ(ど、どこで譲歩しているんですかにゃ……か、缶詰なんていらないにゃ)

神城 鋭

何かもう面倒だな。
やっぱり難易度一番高そうなのにしたのが問題だったか……笹宮さんには悪いけど別の人を友達にしてもらおう。

ってか冷静に考えたら缶詰はないわ

神城 鋭

にゃおん(じゃーお前の家潰してお前は家族もろとも外国に性奴隷として売っぱらう)

猫神 鈴

!?

 とうとう、その宝石みたいな瞳からぽろぽろ涙を零し始める猫神。
 容姿のレベルはかなり高いし、おっぱいも大きい。猫耳もマニアックな層には受けるだろう。かなり高く売れそうだ。まぁ、猫を飼うよりは猫神を飼った方がいいと思う。

 どこに売り飛ばすのが一番利益が高いか頭の中で計算していると、ふいに肩を強く揺すられた。

 笹神様だ。笹神様がお怒りになっておられる。

笹宮 明

か、神城君……な、何か泣き出しちゃったみたいなんだけど……

神城 鋭

ごめん、交渉は決裂だったよ。なかなか強情でね。
また別のもっと難易度が低い友達を作る方向でどうかひとつ……

笹宮 明

い、一体どういう交渉をしたのよ……

神城 鋭

全力は尽くしたんだけど、笹宮さんの要求レベルが高かったというか、相手が悪かったと言うか……。
勿論、笹宮さんは神だから好きに要求していいんだけど、相手も一応意志のある生き物だからね。あまりに相手の生存権を脅かすような要求は通りづらいというか……

笹宮 明

あ……こ、これ、ダメなやつだ……

 僕の余りの不甲斐なさに絶望しているのだろう、青ざめる笹宮さん。

 せめて一月とか時間があれば笹宮さんの漫画でじわじわ精神を汚染する方法も使えたんだけど、さすがに初対面で下僕にするのはかなり難しい。もしかしたら気弱系少女ならワンチャンあったかもしれないけど。

 まだぐすぐす泣いている猫神の方を向いて審判を下す。

神城 鋭

にぇっと(笹宮さんも要求が通らずお怒りだ。僕も悪いとは思っているから、一回は家族と会わせてあげるよ。外国行きの船の中で)

猫神 鈴

ぐすっ……ぐすっ

 スマフォを取り出し、猫神を処理する命令を出そうとしたその瞬間、笹宮さんが手を叩いた。

笹宮 明

か、神城君ッ! 私の言う事をもう一度彼女に通訳してくれない?

神城 鋭

え……?

笹宮 明

きっと、私と彼女の間には認識の齟齬があると思うの

 笹宮さんの表情に怒りはない。そこにあるのは確固たる意思だ。

 不甲斐ない僕を許してくれるとは、笹宮さんは優しいなぁ。
 そして同時にその不屈の精神に頭が下がる。さすが創作神、その粘り強い姿勢があの神漫画につながっているのだろう。

神城 鋭

今の猫神を見てまだ屈服させようとするなんてさすが笹宮さんだ……。
そんなに猫神の事が気に入ったのか……もっと楽な方法に逃げようとした自身が情けない

笹宮 明

い、今から言うわよ……?

 笹宮さんが口を開きかけたのを手で止める。
 まだぐすぐす泣いている猫神が僕の言葉を聞くとは思えない。もう彼女の頭の中では奈落に叩き落とされた未来が見えているだろうし。

神城 鋭

一つ提案なんだけどさ、笹宮さん直接話してみない?

笹宮 明

……え?

 猫神の頭をぐりぐりと強くなでつけ、こちらに注意を向けさせる。

猫神 鈴

みゃあみゃあ……

神城 鋭

みゃー(笹宮さんがお前と直接交渉したいと仰っておられる。日本語喋れよ。場合によっては今までの事を全て白紙にしてやってもいい。これが最後のチャンスだと思え。わかったら返事をしろ)

 猫神の虚ろだった眼に光が灯る。
 まだぐすぐす泣きながらも、答えた。

猫神 鈴

ぐすっ、ぐすっ……は、はい……わ、わかりましたにゃ……

 よしよし。一筋の光明を見逃す程、精神は壊れていなかったか。
 猫神に命令を終え、笹宮さんの方を振り向く。

 笹宮さんは何故か唖然としていた。

神城 鋭

さぁ、笹宮さん。準備は出来たよ

笹宮 明

しゃ、喋った!?

 一体何を言ってるんだ、笹宮さんは。
 ここは日本だよ?

神城 鋭

日本語喋れないのに日本語の授業受けられるわけがないじゃん。
さっきまでのは母国語だよ、母国語

笹宮 明

な、何なのよ、もう!

第七話:楽しい神城流交渉術

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