僕は勉強だけはよくできる。

 多分一般人から見てみれば僕の方が笹宮さんより優秀な人間だろう。
 笹宮さんのような尖った人間は僕のような常人と比較すればひどく異質で、そして人は異質なものに恐怖を覚えるものなのだ。
 人気漫画家なだけでそこまで言うのか、と思うかもしれないが、笹宮さんは人間ではなく、ストーリーテラーという種族なのである。

 比較すれば比較するだけ劣等感を感じさせられる事実ではあるが、ただちょっと顔が良くて勉強ができて運動が得意で強くて性格が良くて家が大金持ちで権力があるだけの僕でも笹宮さんの助けができると思うと非常に光栄に思う。

 あー、勉強してきてよかったなー、と。

にゃにゃーにゃーにゃにゃあ(私の名前は猫神 鈴ですにゃ)

神城 鋭

にゃあにゃあにゃう(それはご丁寧にどうも。自己紹介が遅れたね。僕は二年一組の神城 鋭、こっちが天才美少女ストーリーテラーの笹宮さんですにゃあ)

神城 鋭

名前なんて別に聞いてないからさっさとアヘ顔ダブルピースしろよこの猫娘が

 今までに詰め込んできた知識は幅広い分野を網羅している。詰め込み教育の賜物だ。その名にも聞き覚えがあった。

 猫神家。

 ペット産業を営む老舗だ。特に猫の分野では他の追随を許さないという。
 名は体を表すというが表しすぎだと思う。犬だったら面白かったのに。

 まぁ、僕には笹宮さんがいるから、この女に面白さなど求めていないが。

猫神 鈴

にゃ?(それで、神城君が私に何か御用があるのかにゃ?)

神城 鋭

にぇあ(取り敢えずアヘ顔ダブルピースするにゃ)

猫神 鈴

アヘ顔……?

笹宮 明

ちょ……神城君?

 笹宮さんに肩を強く叩かれ、仕方なくそちらを振り向く。
 青褪めた笹宮さんの表情に、僕は自らの過ちを悟った。

 さすがに漫画を見せる仮定をすっとばしてピースさせるのは良くなかったか……神城家では常に結果のみを求められるものだから、気が急いてしまったようだ。

神城 鋭

ごめんごめん、さすがに一言目にアヘ顔ダブルピースはなかったね

笹宮 明

あ、アへ……顔?
な、何をいきなり……じゃなかった

笹宮 明

そ、そんな事より……あの……神城君? まさか……ふざけてるの?

神城 鋭

ふざけてませんですにゃあ

笹宮 明

……にゃ……にゃあじゃないですにゃあ

 僕のごく真面目な一言に笹宮さんが顔を赤くする。照れなどではないだろう、多分。
 まぁ、別の言語で話しているので創作神創作以外ミジンコ以下な笹宮さんにはわからなかったかもしれないな。

神城 鋭

大丈夫、交渉は順調に進んでるよ。
笹宮さんから比べればゾウリムシ以下かもしれないけど、これでも語学は得意なんだ。大船に乗った気持ちでいてよ

笹宮 明

語学……!? ただにゃあにゃあ言っているあれを語学だって言うの!?
何語よ!

 笹宮さんの表情が芳しくない。
 どうやら僕は自分が思っている以上に笹宮さんから信頼されていないのかもしれないな。

 全力で仲を進めてきたと思っていたのに、衝撃の新事実に胸が何故だか、じーんとする。

神城 鋭

もし信用出来ないなら……笹宮さんの言う事を伝えてあげるよ

笹宮 明

え……じゃ、じゃあ……こ、これを……

 笹宮さんが流麗な手つきでペンを動かし始める。
 その動き、まさに神業。ディスプレイにまたたく間に出来上がるそれはまるで元々そうなるべき運命を抱いていたかのようにすら見える。

 絵を描くその時の笹宮さんはまさに女神と言えよう。

神城 鋭

やはり笹神様とお呼びした方が……

猫神 鈴

ほえぇ……す、凄いにゃあ

 しかし、言う事を伝えてあげると言ったのに絵を描き始めるあたり、笹宮さんは本当に笹宮さんだな。
 いくら語学が得意な僕でも笹宮さんの絵を言葉で言い表せる程のセンスは持ってないよ?

 やがて、僅か一分程でディスプレイの中に絵が出来上がった。

 どうでもいいけど、創作力があってもコミュ力はゴミ以下だな。余りに鮮やかな手つきに見とれてしまったが、描けたのが缶詰とか。

神城 鋭

この缶詰から笹宮さんの言いたい事を察しなくちゃいけないのか……。
センスがあり過ぎてレベル高いな

猫神 鈴

何で缶詰……

笹宮 明

しまった……な、何も考えずに描いたら缶詰描いちゃった……

 笹宮さんの目つきが険しい。
 どうやら笹宮さんは僕を試しているようだ。僕がどのくらい笹宮さんの事を知っているのか。

 挑戦は受けねばならない。笹宮さんからゴミ以下の扱いをされたら余りのショックに崖から飛び降りてしまう。
 幸いな事に、缶詰だけ出されてもわからないが今の状況から推測はできる。笹宮力が高い僕の推測は限りなく笹宮さんの意図に近いはずだ。

 全集中力を結集して頭を回転させる。
 予測に時間はかからなかった。

神城 鋭

なるほど……笹宮さんの気持ち、よく伝わったよ。
金賞の缶詰、か……なるほど、これならいけるかもしれないね

笹宮 明

え!?

 相手が猫神家というバックボーンまで考慮した見事な戦略に頭が下がる。
 これで友達が出来なかったらそれは僕の責任だ。

 僕は一度深呼吸をして、猫神 鈴の方に向き直った。

神城 鋭

にゃにゃーにゃにゃんぎぇー(この缶詰やるからお前、私の下僕になれ、と言ってるにゃ)

猫神 鈴

にゃ!?

 いくら金賞の缶詰とはいえ、初対面の人に下僕になれなんて酷い事言うね、笹宮さんは。
 まぁ他の奴が言ったら権力の全てを使って太平洋に沈めるけど、言ったのが笹宮さんだからな。僕だったら喜んで笹宮さんの下僕に殉じよう。

 猫神が険しい表情でにゃーにゃー喚く。彼女はまだ笹宮さんという者を知らないから、その感情、理解できなくはない。

猫神 鈴

にゃうにゃんにゃにゃにゃ!(い、いきなり下僕とはどういう事にゃ! 断るにゃ!)

笹宮 明

ね、ねえ。凄い剣幕なんだけど、な、なんて言ったの?

神城 鋭

うーん、心配ないよ。
笹宮さんの意図は伝えた。後は僕が説得してみせる

 今にも飛びかかりそうな剣幕。初対面の少女をここまで怒らせるとはさすがミジンコ以下のコミュ力。

 だが、笹宮さんの足りない部分を補うのは僕の役目だ。崇高な使命だ。

神城 鋭

にゃーにゃーにゃん(一端黙れ、猫助野郎)

猫神 鈴

にゃ!?

 笹宮さんの武器がその漫画ならば僕にも及ばずながら武器がある。

神城 鋭

にゃんにゃんにゃにゃにゃんにゃーにゃーにゃー(僕は神城家の当主だ。猫神家なんて小指一つで潰せるし、お前の事も性風俗に売り飛ばせる事を忘れるな。さー、それを踏まえてもう一度聞こうか? この笹神様の『命令』に何と答えたのかを)

第六話:金の缶詰はとても美味しい

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