ハロルド・グリーティング

聡子サンの事デスカ?

駿河音耶

ええ。中島健の方が彼女が上手くやれなかったとか何とか言っていまして……

 すると、電話越しのハロルドは明らかに困惑するような唸り声を小さく漏らす。

ハロルド・グリーティング

ウーン、いつも一人でいる子デスカラ、その二人と関わっテタって事自体私には驚きデス。頭のいいイイ子デスケド、自分の意見話すの、苦手。時々勘違いされちゃうコト、少なくナイデス

駿河音耶

成程……彼女の居場所は分かりますか?

ハロルド・グリーティング

彼女、多分お家に居マス。あんまり学校行けてナイ、言ってマシタ

駿河音耶

わかりました。行ってみます

 メールで添付された聡子という少女の住所に向かうため、音耶がそこから移動しようとした矢先だった。驚くことに、彼の母親から恵司が目を覚ましたという連絡が入っていたのだ。

駿河音耶

心配させやがって……あの馬鹿野郎

 さっとメールを返信すると、音耶は携帯を仕舞う。表情には出ないものの、彼は酷く安堵していた。

 聡子――山村聡子の家はハロルドの自宅の傍に有った。すっかり夕暮れになってしまったが、それなら殊更聡子は家にいるだろう。音耶が家のチャイムを押すと、出てきたのは母親らしき人物だった。
 優しそうだが少し声の小さい彼女に警察手帳を見せ、話を聞きたいことを伝えると、母親は慌てたように音耶を中に通してくれる。
 

 母親が呼んできた少女は、少し俯き気味に音耶の前に現れたが、音耶の顔を見るなり驚いたような表情をし、母親を追い払った。

山村聡子

大丈夫、だったんですか?

駿河音耶

大丈夫? 何の話かな?

山村聡子

だ、だって、あの時……じゃ、じゃあ、間に合ったんですね…… 

 その言葉で十分、彼女が何か――恵司に係わることを知っていると判断した音耶は彼女に少し突っ込んだ話をすることにする。丁度直前に彼が目を覚ましたという連絡がなければ、彼はもう少し感情的に動いていたかもしれない。
 「大丈夫だった」「あの時」「間に合った」、そんな言葉の羅列から、音耶はもしや彼女が恵司が襲撃されたことを何か見ているなりしているのではないかと推測する。音耶自身は彼女と面識どころか今あったのが初めてであるし、つい最近大きな怪我をしたなんて心当たりはない。それなら、最も可能性があるのは恵司に関してだ。

駿河音耶

あの時、って言うと、もしかして昨日“俺”が襲われた時、かい?

 彼女が恵司と自分の区別がついていないことから、あえてそれを説明しないまま鎌をかける。音耶の経験上、むしろ「そっくりな双子だ」と説明した方が相手に信じて貰えないことは解りきった事実である。近くに来ても分からないほどの双子は中々信じて貰えないのだ。

山村聡子

は、はい。助けてもらったこと、本当に感謝しています……。で、でも、どうして、あんなこと……

駿河音耶

あんなこと?

山村聡子

あ、えと……ど、どうして、私を庇ったんですか?

 庇った? つまり、彼女が襲われていたという事なのか?
 少し混乱し始めた音耶だったが、その答えはすぐさま彼女自身の口から語られる。

山村聡子

だ、だって、私、貴方を刺したんですよ? ふ、普通、憎むんじゃないんですか

 ――彼女が、恵司を、刺した?
 瞬間、音耶の思考が一色に塗られていく。こいつを殺せと身体に命令が行く寸前、彼女の言葉が引っかかった。

駿河音耶

恵司は……彼女を庇ったのか……?

 聡子には聞こえない、ほんの小さな声。それでも聡子には音耶が押し黙っているように見えたのか、俯いてしまった。

駿河音耶

こいつが恵司を傷付けた。けれど、恵司は彼女を庇った。それなら、俺が彼女を傷付けたら、俺は恵司を裏切ることになっちまう

 “恵司のため”。それは音耶の凶行を止めるには十分な理由だった。すっと、いつもの調子に脳を戻した音耶は聡子に尋ねる。

駿河音耶

一つ聞かせてほしい。どうして、“俺”を刺したんだ?

 音耶の言葉に、聡子は一瞬びくりと体を震わせる。そして、少し逡巡するような仕草を見せた後、意を決したように口を開いた。

山村聡子

怖かったんです。やっと出来た絆を失うことが……

駿河音耶

絆?

山村聡子

同じ犯罪を共有する、仲間の絆です

第四話 ⑩ 共犯という絆

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