執務室に入り、僕はソファーに腰をかけた。


机の上は書類などで
少し乱雑になっているけど、
そのほかはきれいに整頓されている。

几帳面な性格というのもあるんだろうけど、
そういうのを見るとやっぱり女王様って
仕事ができる人という感じがするなぁ……。
 
 

ミューリエ

今、お茶を淹れてやる。
少しだけ待ってくれ。

 
女王様は食器棚からティーポットとカップ、
茶葉が入っているらしき缶を取り出した。

それらをトレーに載せ、
部屋の隅にある小さなキッチンに運んでいく。


――じょ、女王様が自ら僕のためにっ!?
 
 

トーヤ

いえっ、そんなっ!
お構いなくっ!
せめて僕が自分でっ――

ミューリエ

お前はそこに座っていろ。
茶ぐらい私に出させてくれ。

ミューリエ

それに私たちは
そこまで気を遣うような
間柄ではないだろう?

トーヤ

えっ!?

ミューリエ

私たちは友だ。違うか?

トーヤ

っ!

ミューリエ

だからこうしたプライベートな時は
ざっくばらんにしてくれて
構わない。

トーヤ

あ……。

 
女王様は僕のこと、
友達だと思ってくれていたんだ……。


なんだかすごく嬉しい。


嬉しく……て……ぐすっ……。
勝手に……なみ……だ……が……。
 
 

トーヤ

……すんっ……。

ミューリエ

おい、なぜ泣いているっ!?

トーヤ

あはは……ご心配なくっ!
これは嬉し泣きですっ!

ミューリエ

……ふっ、そうか。

トーヤ

お茶、
ありがたくご馳走になりますっ!

 
僕がそう言うと、
女王様は優しく微笑みながら頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
やがてお茶が出され、僕はそれを一口啜った。

すごくいい香りがして、心が落ち着く。
どんな種類の葉っぱを使っているんだろう?


メインに使っているのは最高級品種の
『覇王』で間違いないだろうけど……。
 
 

トーヤ

…………。

ミューリエ

トーヤ、茶葉の種類が気になるか?
さすが薬草師だな。
あるいは職業病とも言えるか……。

トーヤ

えっ!?
なぜ僕の考えていることが
分かったんですかっ?

ミューリエ

お前の表情を見ていて、
そうじゃないかと思っただけだ。

トーヤ

確かにその通りです。

ミューリエ

だがそれはトーヤにはもちろん、
例えアレスであっても
教えてはやらん。
私が苦労して完成させた
特別ブレンドだからな。

トーヤ

でも『覇王』は使ってますよね?

ミューリエ

ノーコメントだ。
ヒントを与えすぎると、
薬草師のお前には
バレてしまうだろうからな。

トーヤ

それは残念です。

 
僕と女王様は見つめ合って一瞬の沈黙――。
 
 
 
 
 

トーヤ

あははははっ!

ミューリエ

ふふふふふっ!

トーヤ

それで、僕にどんな御用でしょう?
お話があるとのことですけど?

ミューリエ

うむ、実はトーヤに
紹介したい薬草師がいる。
かつて世話になっていた
ギーマという男だ。

トーヤ

ギーマ? その名前、どこかで
聞いたことがあるような……。

ミューリエ

かもしれんな。
『ギーマ老師』とも呼ばれている、
凄腕の薬草師だからな。

トーヤ

――あっ!

トーヤ

思い出しましたっ!
魔界一の腕を持つ薬草師だとか。
里で僕に薬草のことを
教えてくれた人から
話を聞いたことがありますっ!

 
隠れ里で僕の師匠が言っていた。
ギーマ老師に作れない薬はない――と。


師匠は一度だけ会ったことがあるらしくて、
その技術に触れて以来ずっと尊敬していると
話していたっけ……。
 
 

ミューリエ

そうだ、その男だ。
今は隠居して、
山奥に引っ込んでいる。

ミューリエ

トーヤ、ギーマのところで
薬草師としての腕を
磨いてみてはどうだ?

トーヤ

ぼ、僕がギーマ老師にっ!?

 
驚きすぎて、
思わず声が裏返ってしまった。


――思いも寄らない事態っ!

目を丸くしながら女王様へ視線を向けると、
女王様は真顔で静かに頷く。
 
 

ミューリエ

お前には薬草師としての
素質があると私は感じている。
ギーマの元で学べば、
薬草師として
きっと大きく飛躍できるだろう。

ミューリエ

そうなれば、
より多くの者を助けることが
できるようになるだろうしな。

ミューリエ

もちろん、無理強いはしない。
トーヤが嫌だというなら、
この話は聞かなかったことに
してくれていい。

トーヤ

…………。

ミューリエ

何せギーマは偏屈な男だ。
付き合うだけでも苦労するし、
修行だって厳しいだろう。

ミューリエ

ただ、ヤツの薬草師としての腕は
右に出る者がいない。
学べることは多いはずだ。

ミューリエ

すぐに決断をしなくてもいい。
決めたら私に教えてくれ。
もっとも、時間がかかりすぎると
手遅れになるかもしれんがな。

トーヤ

えっ? どういうことですか?

ミューリエ

ギーマは高齢で寿命が近い。
詳細な年齢は知らんが、
少なくとも
1000歳は過ぎている。
その技術の継承が可能なのは、
今だけかもしれないのだ。

トーヤ

…………。

トーヤ

少し考えさせてもらえますか?
さすがに突然すぎて、
心が整理できていないので……。

ミューリエ

もちろんだ。
では返事が決まったら教えてくれ。

 
こうして僕は女王様から
ギーマ老師の元での修行を打診された。


確かに魔界にその名の知れた薬草師であれば、
僕の知らない薬や薬草、
知識や技術などを学べるだろう。
これは薬草師として、この上ないチャンスだ。



でもそのためには長期間、
このお城を離れなければならない。

つまりカレンやデリンさんたちと、
一旦お別れしなければならないわけで……。




僕はどうしたらいいんだろう……。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第20幕 ミューリエからの打診

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