それは手のひらサイズの球体。
濃い緑色をしていて、
独特の青っぽい匂いが漂ってきている。

……もちろん、
これをこね回していた僕の手も緑色で、
同じ匂いがするけどね。


でもそれは鼻が曲がるという匂いじゃない。
どちらかというと、
爽やかな香りで心が落ち着く感じのものだ。
 
 

トーヤ

これは鳥や小動物の忌避剤だよ。
燃やして煙を周囲に
充満させるんだ。

トーヤ

デビルペッカーはモンスターだけど
性質や生態は限りなく鳥に近い。
だからきっと効果が出ると思う。

カレン

なるほどっ!

カレン

トーヤ、こんなものも作れたのね?

トーヤ

薬草師は回復薬以外にも
色々な薬を扱うからね。

トーヤ

これは故郷の里で、
動物たちから作物を守るために
作っていたものなんだ。

カレン

じゃ、早速試してみましょう!

トーヤ

うんっ!

 
僕は地面に忌避剤をセットした。

もし森に燃え広がったら大変だから、
草や落ち葉などのない場所を選んでいる。


もっとも、カレンは火の加減を
調整してくれるはずだから、
大丈夫だとは思うけど。
 
 

トーヤ

セーラさん、
忌避剤から煙が出たら風を起こして
舞い上がらせてください。

セーラ

分かりましたぁ。
忌避剤まで吹き飛ばさないように
気をつけてやってみますぅ。

カレン

――じゃ、行くわよ?

カレン

…………。

 
カレンが何かを呟くと、
立てた人差し指の先に小さな炎が点った。

その炎を忌避剤の上へ放つと、
程なく白い煙が立ち上り始める。

この爽やかな草の香り、
どうやらうまく調薬できたみたいだ。
 
 

カレン

あら?
煙は思ったよりいい香りなのね?

セーラ

ですねぇ、なんか落ち着きますぅ。
でもこんなに心地よくて、
デビルペッカー除けに
なるんですかぁ?

トーヤ

大丈夫です。
僕たちにはいい香りでも、
彼らにとっては
嫌な臭いなんですよ。

トーヤ

……たぶんっ♪

セーラ

へぇ~、そうなんですかぁ。

トーヤ

それじゃ、セーラさん。
風をお願いします。

セーラ

お任せをっ!

 
セーラさんはバトルアックスを振り回した。
すると少しずつ風が巻き起こされ、
煙が周囲に拡散していく。

僕たちのいる地面付近はもちろん、
上空も白く霞み始めた。
 
 

カレン

あっ! 見てっ!

 
カレンが空の一点を指差して叫んだ。

そちらを見てみると、
デビルペッカーたちが混乱するように
不規則な飛び方をしていた。

それぞれの個体が上下左右に勝手に飛び回り、
全く統制が取れていない。


しかも一部のデビルペッカーは
この場から離れるように飛んでいく。
それを皮切りに、
彼らは次第にどこかへ行ってしまうのだった。


それを見た瞬間、
僕は全身から一気に力が抜けて
地面にへたり込んでしまう。
 
 

トーヤ

は……はは……
うまく……いった……。

カレン

やったわっ!
トーヤ、あなたのおかげよっ!

 
カレンが僕の肩に手をつきながら、
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいた。

そのはしゃぐ姿を見て、
僕もちょっとだけ疲れが吹き飛んだような
気がしてくる。
 
 

セーラ

トーヤくん、アリガトです~!

トーヤ

いえ、僕たちが力を合わせたから
ピンチを抜け出せたんですよ。

セーラ

ではでは、
早くここから離れましょう。
またデビルペッカーに囲まれたら
大変ですぅ。

トーヤ

あ、そうですね……。

カレン

とりあえず、
タックさんと合流する予定の場所へ
移動しましょう。

 
――と、
僕たちが話をしていた時のことだった。


森の奥から誰かが何かを叫びながら
駆け寄ってくる。

視線を向けると、それはタックさんだった。
血相を変え、大きく息を切らしている。
 
 

タック

おーいっ!

トーヤ

タックさんっ!

タック

お前ら、無事だったみたいだな!

トーヤ

えぇ、なんとか……。

セーラ

もう少しで
全滅するところでしたぁ。

カレン

でもトーヤのおかげで
助かったんです。

タック

トーヤが?

 
タックさんは目を丸くしながら僕の顔を見た。

そのあと、
状況を確認してからニヤッと頬を緩める。
 
 

タック

そういうことか。
この匂いと煙、
それと遠くから見えた
デビルペッカーの群れ。
状況は理解できたぜ~♪

タック

薬草師の本領発揮だな。

トーヤ

いえ、そんな……。

タック

カレン、セーラ。
お前たちもよく持ちこたえたな。
ちょっと待ってろ。
シルフを呼び出して、
傷を癒してやる。

タック

…………。

 
タックさんは魔法力で魔方陣を描き、
そこからシルフを召喚した。

シルフは僕たちに癒しの光を照らしてくる。

光の粒子が触れると、
体の中に爽やかな風が
吹き抜けたような感じがして心地いい。

疲れや傷の痛みがどんどん消えていく。



体力回復と外傷の治癒においては、
回復薬よりも回復魔法の方に優位性があると
あらためて思う。

――もちろん、例外はあるけど。
 
 

カレン

ありがとうございます。
魔力も回復したみたいです。

セーラ

兄貴ぃ、目的の材料は
手に入れたんですかぁ?

タック

おぅ、それならバッチリだ。
この森の魔樹は話が分かるヤツで
すんなりと分けてくれたよ。

タック

しかも意気投合して、
色々と情報交換
させてもらったぜ~♪

タック

……ま、ちょっと気になる話も
聞いちまったけどな。

トーヤ

気になる話?

タック

――いや、なんでもない。
それより、薬の材料は揃ったのか?

トーヤ

はいっ、おかげさまでっ!

タック

よしっ!
それなら急いで王城へ戻ろう。

 
こうして僕たちは常闇の森をあとにした。

あとは王城で薬を作って、
カレンにクレアさんの治療をしてもらうだけ。



――それにしても、
なぜあんなにも多くのデビルペッカーが
襲ってきたんだろう?

通常ならあり得ない数だったからね。



冷静に考えると、
ほかにもいくつか疑問に思うことがある。

もしかしたら、
僕たちの知らないところで
何かが起き始めているのかもしれない。
 
 

 
 
 
次回へ続く……。
 

第17幕 薬草師の本領発揮!

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