タマ

ごらああああっ!! 出せ!! 出さぬかあああああああ!!

フェインリーヴ

雑魚レベルのくせに、威勢だけは随分とアレな獣だな。言っておくが、迂闊にその魔力製の檻の中で力を使うと、自分に跳ね返ってくるから注意しろよ。

タマ

なにぃいいいいいいいい!?

 撫子と、その腕の中にいた正体不明の異形の獣を宿屋へと連れ帰り、フェインリーヴはもうひとつ部屋をとった。聞き分けのない弟子は最初の部屋に今度こそ迂闊な真似が出来ないように閉じ込めてある。
 今度は完全無欠の牢屋仕様で結界を張ってある為、そう簡単には出て来れないだろう。
 というか、今の撫子の力では絶対に無理だ。
 別室のテーブルに魔力で出来た檻を置き、フェインリーヴは椅子に腰かける。

フェインリーヴ

単刀直入に聞く。撫子が追っていた妖とは、お前の事……、なわけがないが、俺の耳には使者と聞こえた。主の居場所はどこだ?

タマ

ふん! 主様がお会いになるのは癒義の巫女のみ!! 大体、貴様如き下賤の輩が御方(おんかた)の前に立つなど、身の程を知れ!!

フェインリーヴ

喚くのは勝手だが、気の短い俺を待たせすぎると後悔するぞ?

 長い足を組み、テーブルに頬杖を着きながら平然とそう口にするフェインリーヴに対し、子狐の妖は苛立ちを煽られさらに罵りの言葉を吠え続ける。
 それをある者達が見れば、なんと命知らずなと震え上がった事だろうが、生憎と子狐の迂闊さを注意する者は部屋の外だ。
 フェインリーヴが『わざと』抑え込んでいるその正体も、静かに尋問している姿が逆に恐ろしい事の前触れのようなものであるかもしれないという事を……。

タマ

出せ!!

フェインリーヴ

またそこに話が戻るのか……。理解の悪い獣だな。俺はお前の主の居場所を聞かせろと言っているだけだ。それが済めば外に放り出してやるからさっさと白状しろ。

タマ

断る!! 仮に教えるとしても、それは癒義の巫女に対してのみ!! 

タマ

!?

 突然木製のテーブルを打ち付けたフェインリーヴの拳の音に、子狐の妖は思わずビクリと怯えるその姿が見えた。癒義の巫女……、癒義、癒義。
 何度も弟子の口から聞かされ続けたその尊(たっと)き立場とやらの音は、この世で一番彼を苛立たせる禁句のような言葉となっていた。
 一人の娘に全ての責任を押し付け、高見の見物を決め込む輩も、それを当然のように背負う撫子も、癒義の巫女に纏わる何もかもが気に入らない……。

フェインリーヴ

さっきも言ったが、俺は気が短い。――丸焼きか消し炭にされたくなければ、吐け。

 ぶわりと闇に紛れて放たれた圧倒的な力の気配に、子狐の妖はガタガタと恐怖に包まれ震え出す。
 フェインリーヴが普段抑え込んでいる本来の力。
 それは、時として人の身にも、魔物や妖にも、毒となりそうな息苦しい威圧感となってのしかかる。
 薬草や薬になりそうな花の採取や栽培、その研究を行う者であるはずの彼が、どうして……。
 ここに撫子がいれば、迷わず聞いていた事だろう。
 

タマ

……犬の皮を被った外道、と言ったところか。

フェインリーヴ

普段は意味のない力だからな。で? 吐くのか、吐かないのか?

タマ

もとより、主様を裏切る心など持っておらぬが……。いずれにせよ無意味だ。我は主様の居場所を知らぬ。

フェインリーヴ

使者と偉そうに振る舞っていたくせにか?

 命乞いをしないあたりは、忠誠心の高い奴だと感心してやるが、仕えている主の居場所を知らないというのは、あまりにも無理がありすぎるだろう。
 フェインリーヴの酷薄とした視線に晒されながらも、子狐の妖は言い募る。

タマ

我らは主様の手足だが、この世界に飛ばされ目が覚めた時には、あの御方の姿はどこにもなかった。ただ、時折指示が頭の中に飛んでくる事はあっても、その居場所は主様の意思で隠されておるのだ。

フェインリーヴ

つまり、本当に雑魚という事か……。

タマ

誰が雑魚じゃあああああ!!

フェインリーヴ

お前を消すのに、所要時間十秒、いや、三秒もかからないんだがな?

タマ

うぐぐっ……。

 吠え返したいが、さっきの威圧感を目の当たりにしたせいなのだろう。子狐の妖は押し黙ってしまう。
 しかし……。困った。撫子の目的とする妖の居場所がわからなければ、先に始末をつけるという最善の選択肢が選べない。
 フェインリーヴはトントンとテーブルに指先でリズムを突くと、あぁ、と何か名案を思い付いたかのように短い詠唱の音を紡いだ。
 テーブルの上に、音もなく落ちた二種類の薬草。
 

フェインリーヴ

一応確認は必須だからな。

タマ

な、なんだ、その草はっ。

フェインリーヴ

これはな……、ロドアとシアノの草と言って、まぁ、見ていろ。

フェインリーヴ

……。

タマ

……。

 フェインリーヴの手元に現れた魔法陣が光り輝き、緑と青の薬草が形を失い、ひとつに溶け合っていく。
 息を呑み過ぎ去っていく光景を目にしていた子狐の妖は、これがこの世界の魔術というものかと、小さく畏怖の念を込めて呟いている。

フェインリーヴ

よし、こんなものだな。

 弟子である撫子には、きちんと専用の鉢を使ってすり潰せと教えてあるフェインリーヴだが、慣れてきたら魔術に関しても教え、こんなやり方もあると指導を考えている。
 透明な瓶に入った青い液体……。
 その蓋をきゅぽんと外し、檻に近づける。
 あまりの異臭っぷりに、子狐の妖がぐるぐると目をまわしながら慄いて尻込みしていく。

タマ

の、呑まぬぞ!! こんな得体の知れぬ物!!うぅ、く、臭っ!! おえぇええっ。

フェインリーヴ

残念だったな。これは匂いだけでも効果を放つ類の薬だ。ほぉ~れ、俺の知りたい事を何でも吐けるようになるぞ~♪

タマ

ひいいいいい!! この外道がああああ!!

フェインリーヴ

うるさい。弟子を守るのが師匠の仕事だ。それを邪魔する奴は、全部排除してまわるしかないだろう。

 仮にこの自白効果のある薬の匂いでも、撫子の追う妖の居場所がわからない場合は、この子狐の妖を自分の使い魔にでもして利用するしかない。
 撫子とこの小さな妖だけが、彼(か)の妖の姿を知っているのだから……。

フェインリーヴ

ちゃんと効いているかどうか、試してみるか。おい、お前は異世界の妖だな?

タマ

そ、そうだ。我は、九尾様の僕(しもべ)。こことは違う世界にて、共に封じられていた存在……。

フェインリーヴ

撫子の話では、その昔都や村を襲った強大な妖だと聞いているが、合っているか?

タマ

そうだ。人間と妖は敵同士……。互いの暮らす地を荒らすという点では、どちらも大差なきもの。主様を凶獄の九尾と呼ぶ者もいるが、あの御方をそう評する事こそ愚行。

 子狐の妖は子犬のように身を丸めて寝そべると、フェインリーヴが問うた事以上の情報もぺらぺらとしゃべり始めた。薬が効きすぎているようだ。

フェインリーヴ

人間からすれば当たり前の評価だろう? まぁ、お前達からすれば、神のような存在なんだろうがな。

タマ

ふんっ!! 神どころの騒ぎではないわ!! あの御方の素晴らしさを知ろうともせぬ下賤共は哀れよ!! 良いか? あの御方はな……。

フェインリーヴ

こいつの話しぶりからすると、凶獄の九尾とは封じられる前からの付き合いのようだな……。それも、雑魚のくせに、主の事をよく知っているような気配がある。本当に雑魚か……?

 こちらの世界にも、昔、魔王と呼ばれる存在がいた。人々の住まう地を荒らし、お伽噺の中と変わりない行動で世界を脅かした存在が……。
 魔王はそれを良しとしない者達に討たれ、今は平和な世の在り方が続いている。
 その魔王も、か弱い動物を傍に置き愛でていたという情報がある事から考えて……。

フェインリーヴ

愛玩動物扱いの線が濃厚だな。探ってもこいつに面倒な要素は見当たらない。

タマ

主様は凄いのだぞぉ~!! 元は我と変わらぬ扱いを受けていたというのに、見事に妖の下剋上を成し遂げられた!! 我はその勇姿をすぐ傍で見守り続ける事が出来たのだ!! まさに我が妖人生の誉れ!! ――だったというのに、本当に本当にっ!!

フェインリーヴ

ちょっと待て。今、なんと言った?

タマ

むっ?

 子狐の妖が口にした、ある言葉。
 凶獄の九尾が、……だと?
 突然凍り付いたように気配を変えたフェインリーヴに、子狐は問い詰められるままに答えた。
 

フェインリーヴ

凶獄の九尾……。

 ぺらぺらとよく喋る敵の使者に感謝するべきなのか……。困惑しながらも語る子狐の妖を前に、フェインリーヴは暫しその双眸の奥に悲哀のような感情を揺らめかせていた。

11・使者の尋問(※光効果注意!)

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