あなたのお名前
何ですか?

住宅街に入り、繁華街よりも人通りが少なくなって、声をかけてみることにした。

静香

私のこと、好きですか?

……は、やめておこう。

静香

なんで、東高の制服なの?

まずはソフトなところから……。

経次郎

鎌倉といえば東(吾妻)かな?
って感じ。

どうせそんな理由だと思った……。

静香

そんなに鎌倉
いなかったでしょ?

義経といえば鎌倉時代と思われがちだが、彼が生きていたのはほとんどが平安末期。
幼少期に育ったのは京都で、多感な青年期は平泉。

あらゆるところをウロウロしているが、鎌倉にいたのはほんのわずかだ。

今でも日本中に義経が関わったとされる遺跡はあるが、鎌倉にあるのはあまり聞いたことがない。

あったとしても、鎌倉の隅っこの海岸で首実検され、義経の首だとわかった後にそこに捨てられたというもの。

その首は川をさかのぼり、鎌倉幕府とは関係のない村人に拾われて供養された。

そこだって鎌倉市じゃない。

静香

まじ、赦せないんだけど……。

思い出したら腹立ってきた……。

経次郎

だからかな?
憧れの場所みたいな。

静香

ばかでしょ? ばかでしょ?
何でそんな場所に憧れることができるのよ……。

こいつの言い分にはもっと腹が立った。

経次郎

あれ?
怒ってる?

静香

あんたのバカさ加減に
呆れただけよ……。

経次郎

あ、ごめん。
キミは鎌倉、嫌いだよね。

静香

あんたの方が
嫌いじゃないと
おかっしいでしょ!

慶子

相いも変わらず貴様は……。

慶子

口を慎め。
殿に向かってなんという口の利き方だ。

静香

なんかデジャブ……。

弁慶

口を慎め。
殿に向かってなんという口の利き方だ。

脳内でこういう変換が起きた……。

静香

久々だと嬉しい……、

静香

……なんて気持ちに
なるわけないでしょ。

これが慎んでなんて、いられるか!

静香

あんたは鎌倉を恨んで恨んで恨んでも恨みきれないほどの恨みがあるはずよ!

平家を滅ぼした一番の功労者なのに、恩賞を与えるどころか、鎌倉に断らず、勝手に朝廷から位をもらったからと、犯罪者にさせられたのだ。

静香

なんて勝手な言い分なのよ。
自分に人気がないからって、無茶苦茶な罪状つけて。

経次郎

ボクは恨んでないし……。

静香

なんで?
ありえないでしょ?
あんなことされたのに!

静香

あんな思いして戦ってたのに、
人気が出てきたからって
殺されたのよ!

経次郎

そ~だな~。
死んだ時のままだったら、
怨霊とかになってたかも。

静香

…………。

力抜ける……。

経次郎

経次郎になってからなんだけど、

自己紹介じゃないわよね?

経次郎

英雄とか言われてて
びっくりしたよね~。

静香

なんだ?
こいつは……。

やっぱり脳みそにお花が咲いてる?

経次郎


こんな感じ……。

経次郎

旅行に行くとあっちこっちで祭られてるし、テレビとか見てても、褒められまくりだし。

静香

…………。

で?

経次郎

はじめて源義経のことを聞いた時、

経次郎

なんか馴染みのある名前だけど、やたら持ち上げられてるから関係ないだろうって思ってたら、

経次郎

日本史で習ったところが、
知ってる話で「ん?」って思った。

経次郎

「なんで知ってるんだろう」
みたいな?

経次郎

調べてみたら状況が浮かぶし「あれ?」って思ったんだよね。

経次郎

微妙にちょこちょこ違ってたけど。

あ~、まあ、うん。
それは私も思う。

経次郎

だいたいカッコよく描かれてたし、ドラマとかもかっこいい俳優が演じてたし。

経次郎

「ま、いっか~」
って思ったんだよね。

静香

…………。

経次郎

鞍馬山に行ったことがあるんだけど、そこにあったサイン帳に、

経次郎

「義経やその仲間たちが
幸せになりますように」

経次郎

って書いてあって、

経次郎

なんかもう、
それだけで救われた気持ちになったよ。

経次郎

供養って必要なんだな~
って思った~。

静香

なんなのよ、
この態度……。

やっぱり脳内にお花が咲いてるんじゃない?

経次郎

あれ見たら、恨む気持ちなんて、消えちゃうよ。

静香

それは、今の人が書いたものでしょ? 当時の連中には関係ないはずよ。

経次郎

……。

彼は首を振った。

経次郎

ボクは、
世界の全てを恨んだよ

彼の雰囲気が変わった。

でも、それが普通でしょ?
あんな目に遭わされたんだもの。

経次郎

今でも、どうしていいか
わからなくなることがある。

静香

……。

まあ、それが普通だとは思うわよ。

経次郎

人は強欲で、自分が持っている物では満足せず、他人を羨み、奪って、またそれを捨てる。

経次郎

自分の弱さを隠して、他人をあざ笑い、蔑み、「他人は大したことがない」と思いこんで努力を怠る。

経次郎

その存在自体がすでに罪だと……。

静香

……。

そこまで言うわけ?

こいつ、ほんと、こういうところあるのよね。
ヘラっとしているのかと思うと、けっこう根が深い感じに暗い。

静香

両極端にも
程があるわ……。

静香

キライじゃないけど。
そういうトコ……。

カッコ良くなるし……。

経次郎

でも、そうじゃないって、思えたんだ。

経次郎

人は愚かなこともするけど、ちゃんと善い心も持っている。

経次郎

いい人もいるし
悪い人もいる。

経次郎

でも、この人はいい人
この人は悪い人って分けられるんじゃなくて、

経次郎

全ての人の中に
いい人と悪い人がいるってだけだよ。

経次郎

どっちになろうとするかは、
その人次第なんだ。

経次郎

だから、恨む必要なんてないんだ。

経次郎

ボク自身も人だし、恨まれてもしょうがないこともしてるし。

静香

変わってないな……。

こういうとこ……。

静香

英雄って言われて、
調子に乗ってるの?

でも、ここは、そんな世界じゃないはずよ。

慶子

おい、こら、
貴様……。

経次郎

……。

彼は弁慶を制する。

静香

ニコニコしながら
行かせないのよね。

経次郎

あの頃、こういう扱いしてくれてたら、
楽だったのにな~って思ったけどね。

静香

…………。

たしかに悪かったわよ、当時の義経の扱い。

静香

今の扱いが英雄になっているからって、
当時の奴らが悪くないってことにはならないでしょ?

経次郎

ほんと、
ひどかったよね~。

静香

……。

なんでだろう。
イラっとした……。

経次郎

今だって
当時と大差ないよ。

静香

……。

経次郎

自分が攻撃されるのを恐れて、
みんな目立とうとしない。

経次郎

目立った人間は、
みんなで仲良く
つまはじき。

静香

……。

経次郎

ボクは、平家の人にいじめられて、
それが嫌で戦ったけど、

経次郎

恨んでいた
平家を滅ぼして、

経次郎

「よかった」
って気持ちになれなかった。

経次郎

「鬼退治をして
めでたしめでたし」

経次郎

って、
終わるわけがないんだよ。

経次郎

次の鬼がボクになっただけだ。

静香

……。

経次郎

「鬼ごっこ」
って、すごくない?

経次郎

歴史の年表みてるとさ
みんなで鬼ごっこ、

経次郎

してるみたいに
みえるよね。

静香

よく
笑えるな……。

あんたそれで殺されてんのよ?

経次郎

フランス革命とかって、
鬼が次々と変わって
ギロチンで処刑されてる
って感じだし。

経次郎

こっちの方が
「リアル鬼ごっこ」
じゃね?

静香

笑えねーよ!

経次郎

王様が鬼

経次郎

市民はいかにして
王様を倒す方法を出すか。

経次郎

王様を倒した人が
次の鬼。

静香

笑いながら
言うなよ……。

すっげー怖いこと言ってんだけど、この男……。

経次郎

あ、「おう」と「おに」
って、「お」が一緒だ。

経次郎

すごいね、
日本語考えた人って。

知らねーよ!

静香

受験、
行き詰ってるとか?

経次郎

静香は社会
何で受験するの?

静香

え?

経次郎

日本史か世界史かで
迷っててさ。

静香

……地理にしようかと。

経次郎

あそっか、
静香、理系だよね。

なんで知ってんだよ……。

静香

やっぱり
ストーカー?

経次郎

じゃ、ボクも
地理にしよっかな~。

静香

あんたは
日本史でいいんじゃないの?

経次郎

ボクがわかるの
平安時代で終わってるし。

静香

……まさか?

経次郎

昔取った杵柄?

経次郎

平安時代までなら
なんとなく覚えてるんだよね。

経次郎

天狗さんに
教えてもらってたから。

経次郎

八百年も前のことなのに
覚えてるもんだね~。

静香

鎌倉・室町・江戸は?

経次郎

全然わかんないんだ。

勉強しろよ……。

経次郎

そうとう詰め込まれてた
気がする……。

静香

天狗に?

経次郎

うん……。

経次郎

昼間は寺で勉強させられて
夜は武術叩き込まれて……。

静香

今もそれくらい
勉強すれば?

経次郎

え~。

経次郎

あ、そうだ。

静香

何よ……。

経次郎

ボクも静香と一緒に
地理を勉強するよ。

はぁ?

経次郎

そうすれば、
いつも一緒にいられるし。

静香

……。

経次郎

ダメかな?

静香

ダメ……、
じゃないけど……。

経次郎

じゃあ、
静香の家、遊びに行くね。

経次郎

あ、遊びじゃなくて
勉強か。

経次郎

あはは。

静香

自己紹介……。
自己紹介もまだなのよ……。

てか、なんでお前は私の名前を知ってるんだ!

あなたのお名前、何ですか?

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