2.ブラックジョーク
       トーキング

























澄人

清白 澄人(すずしろ すみと)だ、よろしく。いろんなあだ名をつけられてきたけど、好きな呼び方でいいよ。下の名前で呼んでくれると嬉しいかな。

澄人

こっちの怪しいのは、戸黒 科人。俺の友達だから、安心してくれて構わない。

片側に少女一人。そして向かい合うように澄人と科人がかけ、四角いテーブルを囲む。彼らの傍には大きな窓があり、その全体から陽光が差し込んでいた。


少女の承諾を得た直後から手を取り、走り出した三人。


徒歩では近くに店がないかとも思われたが、幸い洒落たカフェを見つけたため、そこに入った次第だ。


科人の高級車を使うという手もあったのだが、なぜだか彼が、

科人

その子に譲るような席はないよ。

とごねたので断念。


彼の身勝手はいつものことなので、澄人も後でいつも通りに弾劾裁判でも開こうと思っている。


澄人が自己紹介を終えると、彼のことをぽわっとした表情で見つめていた少女が、

??

あ! わ、私も自己紹介させていただきますでございます!

と慌てて我に返った。

灰塚 初(はいづか はじめ)、って言います。〝はい〟は火山灰の〝灰〟で、〝はじめ〟は初詣の〝初〟です。

特技は……妄想で!

趣味、は……妄想で!

あっ、いや、趣味が妄想だなんて変態ですよね!? 
はじめっからこんなこと言っちゃって、もっと人当りのいい趣味があるはずなんですけど、ああでもやっぱり暴露していいのか――

澄人

初ちゃん。

やんわりとした口調で名前を呼んでやると、初は上司から叱りを受けたかのごとく背筋を張って、

はい! すいません!

と高速の一礼。


澄人とはじめて喋る女性の中には稀にこういった一種の錯乱状態に陥る者がいるのだが、彼女もその類らしい。


科人に言わせれば、澄人は興奮剤を汗として放出しているのだとか。むろんそれはただの冗談であるが。


あまりの慌てようにさすがの澄人も苦笑しつつ、

澄人

いいか、初ちゃん。目を瞑り、三度だけゆっくり深呼吸をして、そのまま少しずつ言葉を吐き出してみよう。そうすれば、きっとさっきよりも上手くいく。

は……はい。やってみます。

――

初は美男子に言われた通り、目を閉じて深い呼吸を三つ。


ラジオ体操のように腕の動きまで付加されており、いくらかの客が遠目にくすくすと笑っていたが、科人が鋭い眼光で睨みつけると皆急いで視線を逸らした。


やがて息を整えると、瞼は閉じたまま、

えっと……特技は、架空における緻密な設定を作ることです。趣味は、創作。血液はA型で、さそり座……それと今、彼氏募集中です。もしよければ、お友達になってくださいっ。

こ、こんな感じでどうでしょうか?

科人

うんとね、灰塚ちゃん。今のは僕に対する喧嘩の押し売りってことでいい? 
喜んで買うよその喧嘩?

澄人

科人、ちょっと黙っていてください。

笑う客に向けたのと同じような眼差しに加え、懐からライターまで取り出しての臨戦態勢に入る科人。


澄人に言い寄ってくる女性へ科人が口を出すことは滅多にないのだが、なぜだか今回は我慢ならないようであった。


澄人は科人の抗議があったことに微々たる異常性を発見するが、それを表には出さない。


彼は輝くような笑顔を咲かせると、

澄人

うん、上出来だ。俺も友達になりたいと思っていたところだよ。これからよろしくね。

と友好的な態度を見せた。





そして、本題へ。




澄人

今日は、いきなり連れ出しちゃってごめん。実は、ちょっと聞きたいことがあってさ。

私に聞きたいこと……ですか?

澄人

まあ、見てみればわかるさ。

と澄人。


彼はおもむろにズボンのポケットへ手を突っ込むと、そこから携帯電話を取り出した。


いくつかの操作を経て、出現した画面をテーブルの中央に置く。

澄人

見てみなよ。

は、はい。

澄人が示すと、初は戸惑いつつも画面に映るものを覗き込んだ。


そこにあるのは黒い背景と白い枠。さらにID、パスワードといったような単語。


すなわちそれは、BJN――ブラックジョーク・ネットワークのログイン画面であった。

あ。これ、私もやってます。

最近、かなり流行ってますよね。特に、現代ホラーが好きな友達とかは中毒者っぽくなっているくらいです。

澄人

ああ、そうだね。俺はこういう悪趣味なのはあまり好みじゃないんだけれど、その手のジョークを解読してくれる人がいるからとりあえずはやってるよ。本当、こんなSNSを作ったやつの顔が見てみたいよね。

科人

邪魔された仕返しとばかりに爽やかな笑みで糾弾する澄人。


隣で科人が泣きそうな顔をしているが、澄人は無視を決め込んでいた。

澄人

ちょっと待ってね。今、ログインするから。

と断り、初の方に携帯電話の背を向けて、

澄人

もしアカウントを作った人がこの子だとしたら、どうか。手元を一度くらいは見るだろうか?

そう思い、BJNではなく静穏カメラを起動して彼女の視線を窺う。


さらに自分のパスワードを打つように手を動かしながら、画面越しに初の動きを注視。


機種と指の動作を記憶すれば、人のIDやパスワードを導き出すことは可能だ。澄人のアカウントを使用したいのなら手元に視線を寄こすか、もしくは今の彼と同じく携帯を出すだろう。


だが、結局そんなことはなかった。


携帯やカメラ類もなく、彼女の視線を追えば必ず澄人の瞳に行き着いてしまう。

澄人

まさか、外れか……?

わからない。


が、疑念を湧かせつつも、彼はBJNに戻ってログインを行った。

澄人

ごめん、ちょっと手間取ってね。

澄人

はい、俺のホーム画面。
これ見て、どう思う?

どう、と言われましても……格好いいです。美男子です。とてもイケメンです。本名で登録しているんですね。あ、今からフレンド申請していいですか? 私もログインするので。

澄人

あ、ああ。それは構わないけれど。

澄人

なんだか自分のしていることが馬鹿らしくなってきたぞ……。

煌めく澄人の眼差しが、初の中にあくどい策士を捉えることはない。


そこに映るのは今までに何度も出会ってきた恋する乙女であり、彼女は悪気という単語から無縁の存在だと推測できる。


BJNに登録していることさえ不思議でならないほどだ。


しかも、彼女がパスワードを隠すような節、またはカメラレンズを澄人の方へ向ける素振りなどは一切なかった。


むしろ携帯を机に置き、画面を見せるようにして文字を打ち込んでいるのだ。これには澄人も肩透かしである。


よって、ここはもう少し踏み込んだ話をする他なかった。

澄人

フレンド申請は後で承諾しておくよ。

澄人

ところで君に話を聞きたかったのは、俺のアカウントについてなんだ。実はこのアカウント、俺自身が作ったものじゃなくてさ。

え……?

ここで澄人は隣の相棒を一瞥するが、もはや科人は拗ねてしまい、店員に向かって、

科人

コーラ三つくださーい。僕のと僕のと僕の分でお願いしまーす

などと馬鹿馬鹿しい注文をしていた。これではおよそ戦力にはなるまい。

澄人

科人が話してくれた方が頭に入るんだけどなあ……。

人嫌いが顕著な科人であるが、こと不思議な話題を提供するにかけては得意中の得意。


澄人が事務的に状況を伝えるよりも相棒の彼が例えなどを交え、妖艶な口調で語りかける方が、相手の体へ深く話を刻み込むことができるのだ。


とはいえ、科人はメニューを漁って注文を重ねている最中。おそらくこれはすべて澄人のおごりとなるのだろう。


まあ、澄人の小遣いも結局は科人の懐を発生源としているのだが。


上手く説明できるかどうかの不安がよぎるものの、澄人は意を決して口を開いた。

澄人

初ちゃん。俺のアカウントは、五か月以上も前に突然現れたんだ。もちろん俺は自分からこんなSNSに登録しないし、こんな写真を撮られた覚えもない。プロフィールに関してはBJNの仕様で改変され続けているけれど、固定の個人情報は全部合ってる。

それから澄人は、二、三のことがらをつけ足した。


科人が事態の発覚を教えてくれたということ。


ご丁寧にも、敵は澄人の人間関係まで熟知してBJN内での人脈構築をしていたということ。


そしてアカウントは澄人自身も入ることができるが、やはり不定期に誰かがログインしてタイムラインやメールを弄っているということだ。

そんなことが……でも、それでなぜ私を?

澄人

俺のタイムラインの足跡に、君の名前があったからだよ。

!?

個々のタイムラインには、〝足跡機能〟というものがある。これを使うと、その記事を見た人間のアカウント名を特定することが可能だ。


ただしフレンド登録をしていない者は機能の一部が制限されており、記事に対しコメントすることはできないようになっている。


毎日ログインする澄人だからこそわかったのだが、基本は閉塞的なコミュニティであるBJNで見知らぬ人の名前を見つけることは少ない。


最新のタイムライン投稿もほとんどは知り合いで、灰塚初だけが顔も名前も覚えがなかったのだ。


しかしながら、当の少女はまたも錯乱していた。


今度は緊張ではなく、恐怖から来るもの。

わ……私、こんなの知りません。だって、清白さんとは今日知り合ったんですよっ? 名前だって、アカウント名だって、今ここで教えてもらったのがはじめてです。証明できるものは、ありませんけど……。

澄人

いや、まあまあ。俺だって初ちゃんを犯人だと証明することはできないし、犯人を取って食おうなんて考えてるわけでもないからさ。

澄人

けれど、君が本当のことを言っているのだとすれば、それはつまり、君のアカウントを誰かが無断で借用したということになる。そうだろ?

そんな……!?

震える彼女の手が、携帯を掴もうとする。


だがそれは叶わず、長方形の通信機器は初の手元から滑り落ちていった。


軽い衝撃音が鳴ると彼女は小さな悲鳴を上げ、目にじわりと雫を溜める。





一息の沈黙。





清白、さん……私、どうしたら……?

 澄人は柔らかい笑みを浮かべたまま首を横に振り、

澄人

俺にもわからない。でも、とにかく今はたくさんの情報が必要なんだ。君の無実を証明するためにも、これからは俺に協力してほしい。BJNでしたことや知っていることはなんでも教えてくれ。その代わり、俺もできる限り初ちゃんの頼みを聞くからさ。どう?

可能な範囲で相手にとって都合のよい条件をつけ、澄人は交渉に出る。


以前から、情報を集めるためにはこういった提案をしてやり繰りしていたのだ。そのため、口調はかなり手慣れている。


しばらく初はきょとんとしていたが、数秒経ってようやく理解したかと思うと、

どこか夢見心地に、恍惚な表情を湧かせたのであった。

どこか夢見心地に、恍惚な表情を湧かせたのであった。

わかりました。話します。なんでもお話します! なんなら私の生後十六年間の歴史をこと細かく厳密にお伝えして――

澄人

ああ、うん。楽しみにしてるよ

澄人

これは、外見だけでも地味な方がいいのかもしれないな。中身が濃すぎる。

初に対する評価を改めつつ、澄人は心の中の日記に〝灰塚 初 いまだ成果なし〟と書き込んだ。

澄人

怖い話ばかりしていてもつまらないよね。せっかくファミレスにいるんだ、俺たちもなにか頼もうよ。

外面ではそんなことを言いつつ、日記にもう一つのことがらを載せる。


すなわちそれは、






















〝もっと可愛い女の子は数多くいる。
けれど、なぜだろう?
この子のことだけは、なんだか気になってしまう。
実体の掴めない、
得体の知れないなにかを感じるんだ〟














2.ブラックジョーク・トーキング

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