3.ブラックジョーク
      メンタリティ

















科人

で。澄人君は結局、灰塚ちゃんとメール三昧というわけだ。BJN管理人であるこの僕を差し置いて。

澄人

はいはい。科人のエr――偉い自慢はわかりましたから

科人

今〝エロい自慢〟って言おうとしたよね、まあいいけど。

科人

でも……妬けちゃうなあ。

五メートル四方の部屋はとても明るいが、どこもかしこも黒く塗りつぶされている。


それらは絵の具よりも鋼板を貼りつけたようなメタリックな漆黒であり、机や椅子、ベッドからカーテンに至るまで、すべての色彩が統一済み。


机の上には三台ものディスプレイと二つのキーボードが配置されており、ただしその内の一つずつは澄人用の純白をたたえていた。


三つの内、真ん中のPCにはBJNにおけるメッセージの入力画面が、そして左の予備ディスプレイには初との連絡履歴の全容、右の液晶にはメモ帳にまとめられた灰塚 初の情報が映し出されている。


それら三つの画面と向かい合うように澄人が座り、その裏からつまらなそうな視線を送るのが科人だった。

科人

どうせ彼女がアカウントを勝手に作った当人なんだから、さっさとしばいちゃえばいいのに。

澄人

そんなこと言って、どうせ調べた伝手や証拠は教えてくれないんでしょう? あなたには何度も騙されていますからね。今回もあなたの都合で初ちゃんを敵に仕立て上げているのなら、俺だってさすがに怒りますよ?

科人

おっとそれは怖いなあ。怒ってどうするんだい? 肉欲に任せて僕と繋がろうか?

澄人

まったく下品な悪ふざけですね……。

科人

そうだね。僕の九割は冗談でできているから。

やや女性的な声を発する科人をよそに、澄人はメッセージのやり取りを続ける。


養われて様々なアドバイスも受けているような間柄のため、元より澄人が科人に刃向うことなどできないのだ。










澄人のアカウントが作られ、突如として科人が現れたときから約半年。


二人の同居生活は、科人による澄人の〝監禁〟という名目で続いている。


科人が好んで上記の呼称を使いたがるのだが、澄人にとってこの家はもはや第二のマイホームも同然であった。

 




と。




送ったメールに対し、高速で返信が飛んでくる。

 














 

澄人さんって、あの私立高校に通っているんですね! なんだか近くて嬉しいです!

 














 

科人

うわあ、〝澄人さん〟だって。馴れ馴れしい泥猫だなあ。頭に来る。

澄人

これは俺が呼ばせたんですよ。それにしても、科人がそんな直接的に人を非難するなんて珍しいですね。普段は他人のことなんて遊び道具程度にしか思っていないのに。

澄人は、科人が初に対しなんらかの個人的な恨みを持っていると踏んでいた。


それが嫉妬だけなのか否かは判別できずにいるものの、初に関することにおいて、科人の態度は明らかに異常だ。


だから澄人は、科人のためにも初のことを調べなければと思っている。

科人

そうだねえ。彼女も本来なら僕のおもちゃだけど、現段階では天敵と称して相違ない。

澄人

天敵、とまで言いますか。あなたのような性質の悪い人間を相手にするなんて、初ちゃんも気の毒ですね。

科人

おや。君は〝やっぱり〟あの子の味方なのかい?

澄人

科人にそう問われ、澄人は一瞬だけ回答にためらう。


そしてなにを迷ったのかもわからないまま、首を横へ二、三振った。

澄人

そんなことはありませんよ。俺はどちらの味方でもなく、どちらの敵でもない。

科人

いいや、君は灰塚ちゃんの味方だ。僕の敵でないにしても、ね。断言できる。

澄人

なぜ?

科人

それだけの根拠があるからだよ。

答えると、科人はそこで口を閉ざす。


これ以上は教えないという言外の意思表示だ。

澄人

根拠はあっても、それを俺に話すことはないんだろうな。本当にどこまでも利己的で、現実味がなくて、常に愉悦を求めている人だ。

けれどそれでこそ科人だ、と思い、澄人は画面を眺める。


初から届いた短い文面を何度も読み返していると、続いてもう一通のメールが来た。


黒い背景の部分に反射して科人の物憂げな顔が目に入ったが、〝おそらくは、まだ俺が踏み込んでいい問題じゃないんだろう〟と予想を立て、メールを開く。

 














 

一応、知り合いにも昼間の件について当たってみたのですが、なんの情報も得られませんでした。すいません! けれど私、澄人さんの力になりたいんです。そこで、あの……よければ、私のお家に来ていただけませんか? 私の携帯とパソコン、どちらも履歴とか漁り尽くしてもらって構わないので。どうでしょう!?

 














 

科人

はあ……見れば見るほど不器用な文章だねえ。紙に垂らした墨汁を裏から透かしたみたく、下心があからさまに浮き出ているよ。久しぶりにパソコンのディスプレイを粉々にしたくなってくる。ああ、それとも灰塚ちゃんを粉々にしようか? ぐちゃぐちゃに切り刻んだ後はミキサーにかけてペーストにし、乾燥させて、今度は石臼で粉状にするんだ。さしずめ抹茶の粉みたく滑らかな灰塚ちゃんが誕生するよ?

澄人

まだ怪談話なんてする季節じゃないでしょう、科人。

いつにも増してサイコじみた殺人方法を考える科人をなだめ、澄人は一息。


初の誘いをもう一度ゆっくりと読み返し、彼自身のアカウントに関する手がかりがないことをたしかめる。


それが完了すると、彼はもう一息ついた。

澄人

たしかに科人の言う通り、下心は見えている。初ちゃんは俺が科人と同居していることも知らないはずだから、つまりこれは俺一人に対する誘いだ。もしいきなり科人を連れて行けば、初ちゃんは気を悪くするだろうな。

ただ、科人は是が非でもついて来るだろう――そう考えた矢先、裏から思わぬ台詞が飛んできた。

 




 








 

科人

澄人君。どうせだから、一人で行っておいでよ。

  














 

澄人

っ?

思わず裏を向いた。


そこにはもちろん、シャツのしわも気にせずベッドの上で気怠げにしている科人。


艶やかな白銀の髪が、漆黒から湧き出るかのごとくベッドのシーツに垂れている。

科人

そりゃあ、僕が出張って灰塚ちゃんを子犬のように震え上がらせるのも一興だよ。けれど、これは君にとって大きな進展となるかもしれないだろう? 

科人

なんだったら、彼女と寝ても――いいや、やっぱりそれはダメだ。許せない。君の童貞が奪われそうになったらワンボタンで電話をかけてくれ。すぐに飛んで行くよ。拳銃と拷問器具を持参してね。

澄人

随分と達者なお口ですね。俺もそうですけど、自分で言って動揺しているんじゃないですか?

科人

動揺なんかしていない。ただ、果てしなく気分が悪いだけさ。こんな心境は久しいよ。

澄人には、科人の言う〝心境〟がどのようなものを指すのかわからない。


おそらく嫉妬のようなものだとは推測できるが、漠然とした概念しか出てこないのだ。


けれど、これで明確になったことが一つ。

澄人

初ちゃんは、科人に嫉妬の念を抱かせるほどのなにかを保持しているのか……?

澄人が意を決して初に返信を送る寸前、科人はおもむろに、そして脈絡なく質問した。

科人

一つ、いいかな。

 














 

科人

澄人君はこの半年を振り返って、どう? 楽しかった?

 














 

澄人

え……?

なぜそんなことを、と訊きたくなる。


だが科人は、理由を話してはくれないだろう。


だから澄人は、気にしないようにして笑む。無理矢理にでも頬を緩ませて、

澄人

楽しいですよ、とっても。もうここは俺の家も同然だ。なんだかんだで、科人には感謝しています。

科人

ふふ……そうかい。なら、僕も嬉しいよ。悪いね、僕らしくもないことを訊いちゃって。

肩越しに浮遊してくるパートナーの声を聞きながら、キーボードへ手を据える澄人。


顔はまだ、世間が〝王子様〟と称えるような笑顔を浮かべている。


彼は、科人も笑っているのではないかと予想したが、なぜだか今だけはその顔を窺おうと思えず、パソコンの画面だけを意味もなく眺めていた。


ウィンドウを小さくして、黒い背景も減らす。


そして、送信ボタンをクリックした。

澄人

まあ、怖くなったら自力で帰りますよ。そうしてから、科人にお得意の冗談でも求めます。

澄人は軽い声で放つ。


が、内心ではまったくもって異なる類の感想を湧かせていた。
























ああ……ついに、
歯車を回してしまったような気がする。
それも、二度ととまることのないような勢いで。

 














 

3.ブラックジョーク・メンタリティ

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