第四話  オヤジたちの秘密

ジルの視線が、種村さんに注がれていた。

ジルは時間をかけて種村さんの頭の先からつま先まで眺めると、ごく小さく息をついた。

息子よ。ずいぶんと歳をとってしまったが、君は、我が息子、聖(ひじり)
……そうだな?

やれやれ、どうせわからんだろうと思ったのに

種村さんは肩をすくめ、困ったように、でもどこか嬉しそうに笑う。

こんなに変わった俺でもすぐに分かるもんか

何百年経っても、愛した者の匂いは忘れぬものだよ

ったく、吸血鬼ってのはこれだから

そう言って苦笑しあい、二人はかたく抱擁した。
ジルの色の無い腕が種村さんの腰を引き寄せる。種村さんは着崩れたワイシャツの肩口に、ジルの顔を抱えこむようにして抱き寄せた。

……気のせい。
いきなりBL始まってるけど気のせい。ツンデレおっさんと不老不死おっさんの間に×印が見えるのは気のせい。

わあ息子だったんですねえ種村さん。まさかの息子設定!!ということはあれすか種村さんダンピールすかバーサンの隠し子とかそういうことっすか

俺は空気を読まず、いや、空気を読みまくりであるがゆえに饒舌になった。
ジルはきょとんとして顔を上げると、

違うぞアマネ、我々に血のつながりなど無い

ゲイが養子縁組したら、おやじと息子になるだろ。それと同じだ

逃げ場ねえよ!!

俺は壁際に瞬間移動した。ジルが初めて暗闇から立ち上がった時とまた違う戦慄。

なんだアマネ、現代人のくせに同性愛に抵抗があるのか

いえ、自分では寛容なほうだと思っていましたが、こうも軽やかに知人にカミングアウトされると動悸息切れが

種村さんはにんまりと笑うと、ジルから体を離し、しかし肩に腕をからませたままで言った。

知りたがってたよな、俺とジルとの関係

へい

こういうことだ。
俺はジルの最後のオトコなんだ

最後のオトコ……

彼は私が眠りにつく前の最後の恋人だ

いや、あんたバーサンの恋人だったんじゃないのかよ

夜子は女性と恋をすることは決して許してくれなかったが、男性との恋はむしろ奨励していた

自分の祖母が腐女子であったことを初めて知った。
知りたくなかったことが次々と俺を襲ってくる。

あのころの聖は天使のように可愛かった。
25年見ないうちに随分と渋くなったな

そりゃ、多感な思春期に吸血鬼と知り合ったら、その後の人生思慮深くもなるよ

ちょ

確かにそれはそうかもしれん。
…で、聖、なぜ君がここにいる?

細かいことは後から話すが、夜子さん亡き後、この場所と彼を任されたと思ってくれればいい

ちょ、あの

ほお、聖がアマネの後見人か。これで、私が目覚めに必要なものが一通りそろっていた理由が分かった

ちょっといいすか、今すごく大事なキーワードが

ずっと私を待ってくれていたと思っていいのかな、聖

待ってたよ。俺だけじゃない、みんなだ

……ありがとう。ついてはみんなに連絡をしたいのだが、どうもポケベルのバッテリーが切れていて

それだ!!!!

俺は輪くぐりをするイルカのごとく渾身の力でジャンプして二人の間にツッコミを入れた。

すげえキーワード出てきたんすけど。25年って!!ポケベルって!!25年って!!

なんだアマネ、ポケベルも持っておらんのか

わーちっちゃーいかわいー★

わー捨てるな!!

こいつ25年も寝てたの!?初耳なんだけど!!

種村さんは、しれっと、言ってなかったっけとつぶやく。

寝てたんだよ25年も。あのころ俺はまだ16のガキだったよ

君はほんとうに天使のようだった

話戻ってるし!

俺のツッコミも、再会したての二人にはもう届かない。

まさしくあの歌のようだな。
……きせーつーが♪ きっみだっけをかえーーる♪

BOφYか……

氷室京介は元気かね

布袋は元気だ

少年隊はもう少年隊ではないのだろうな

大丈夫、ヒガシはあの頃のままさ

ついてけなーーーーーーーい!!

ついていけるわけがない、いろんな意味で!!

俺はヒロインのごとく泣きながらリビングを飛び出した。

今まで多少理不尽な展開にも頑張ってくらいついていった俺だけど、
BL展開で80年代の話をされてそんなもんツッコミ切れるわけがない。

まして、同居する吸血鬼(と顧問弁護士)がオヤジカプだと分かった今、
今後俺はどういうポジションでやつらと会話したらいいんだ。

モブか!!
そうかモブか!!

…モブか。空気か。あはははは

一人になった俺は、部屋の中で空しい薄笑いをうかべた。

どこに行ったって、結局俺の役割は変わんないってことだな……

リビングからは、時折オヤジたちの談笑する声が聞こえていた。
俺はわけのわからないボッチ気分をかみしめ、一人眠りについた。

第四話 オヤジたちのひみつ

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