眼橋 愛(がんきょう あい)

というわけで、眼鏡探究会の目的はわかってくれたと想うけれど

天宮 純(あまみや じゅん)

具体的な説明をお願いします

舞上 進(まいうえ すすむ)

感じろYO!

天宮 純(あまみや じゅん)

感じているのは不親切ですから!

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

あらら、困ったわね~

眼橋 愛(がんきょう あい)

やっぱり眼鏡がないと通じ合えないのね……

天宮 純(あまみや じゅん)

まったくもって関係ありません

 再三にわたる俺の否定に、先輩もため息をつく。
 仕方ないわ、とぽつり。

天宮 純(あまみや じゅん)

(通じ合うことは諦めてくれたんだろうか)

 ありがたい。
 そう想う俺に、先輩は眼鏡の位置を直しながら、またしても不敵な瞳で力強く言った。

眼橋 愛(がんきょう あい)

眼鏡探究会の目的。
それは、愛すべき眼鏡の美しさや使い心地、世界平和への有効利用などを探求する――紳士淑女の求道場なのね

天宮 純(あまみや じゅん)

いや世界平和は無理じゃないかな

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

でも、見えない人を見えるようにする力は、平和への第一歩よ~

鏡 映介(かがみ えいすけ)

それに相方として、愛でるものであるのは間違いないだろう

舞上 進(まいうえ すすむ)

メーデー! メーデー!

天宮 純(あまみや じゅん)

うんわかりましたメーデー理解。危険の巣窟なのはわかりましたから

眼橋 愛(がんきょう あい)

ぼ・ぼ・僕らは眼鏡・探求会♪

天宮 純(あまみや じゅん)

ところで、会、ってことは、サークルじゃないんですか?

眼橋 愛(がんきょう あい)

あぁ、今のところは個人的な集まりだけれどね

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

この大学、五人以上のメンバーがいないと、サークルや部としての申請ができないの~

舞上 進(まいうえ すすむ)

五人いれば規則をオーバー、メンバー合格!

鏡 映介(かがみ えいすけ)

つまり、追加メンバーを待っている状況というわけだ

天宮 純(あまみや じゅん)

で、今のメンバーはもしかして

眼橋 愛(がんきょう あい)

わたしが見つけた救世主!

天宮 純(あまみや じゅん)

 ――!

 びしりと指を突き刺された俺。

眼橋 愛(がんきょう あい)

君がいれば、眼鏡を撲滅しようとする組織とも戦えるから……頼むわね

 なにと戦うの。

天宮 純(あまみや じゅん)

それではさようなら

 俺はぶっきらぼうな声で言った。

眼橋 愛(がんきょう あい)

待って!

 ぱっと腕を捕まれ、女性とは想えない力で引き止められる。

天宮 純(あまみや じゅん)

(うっ……)

眼橋 愛(がんきょう あい)

……

 そこには、顔を入れ替えたかのように真摯な顔をする、先輩の顔があった。
 想わず俺は、返そうとした足を止めてしまった。離してください、という言葉もなぜか言えない。
 目尻を下げて、涙をこらえているような彼女の瞳。
 悔しいことに、レンズ越しでもその瞳は……とても、綺麗に見えてしまったから。

眼橋 愛(がんきょう あい)

せめて、お願いを聞いて欲しいの

天宮 純(あまみや じゅん)

なん、でしょう?

 ぐっと、言葉をためてから、先輩は言った。

眼橋 愛(がんきょう あい)

伊達でもいいのよ? 度なしでも妥協するわ

天宮 純(あまみや じゅん)

そういう話じゃありませんから!

 なんでも眼鏡に結びつけるな、この人!
 そしてこの人を止めない周りの人達も!

天宮 純(あまみや じゅん)

みなさん、頭大丈夫ですか!
人に無理やり眼鏡をかけさせようとするなんて、おかしいでしょう!

眼橋 愛(がんきょう あい)

頭? なにを言っているの!

 俺をつかんだ腕以外の手で、力強く拳をふりセンパイは宣言する。

眼橋 愛(がんきょう あい)

頭など二の次よ、まずは眼鏡を第一に守るべきでしょ!

天宮 純(あまみや じゅん)

大丈夫じゃなかった!

 ふーん、とした声が部屋の奥からあがったので、そちらを見る。
 おっとりとした雰囲気の……え~と、とりあえず女の先輩が、興味深そうにこちらを見ていた。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

でも、あなたがそんなに入れ込むのって珍しいわね~

舞上 進(まいうえ すすむ)

そうそう、先輩マジ気合い入りすぎっすよ。
俺の時なんか、レンズの割れた眼鏡を手に、粛正だと言ってキャメルクラッチをしてきたじゃないっすか。
ひどい違いっすよ

鏡 映介(かがみ えいすけ)

お前が備品の眼鏡をお手玉して割り、あいつはそれを怒りとともに返してやっただけだがな

舞上 進(まいうえ すすむ)

その時の眼鏡がこれっすわ

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

もの持ちがいいわね~、ちょっと気持ち悪いわ~

舞上 進(まいうえ すすむ)

弁償代高かったっすわ~、学生バイトの日銭にゃ真っ黒でしたわ

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

あぁ~、あれ5個分だものね

舞上 進(まいうえ すすむ)

えっ!?

 どうでもいい漫才をやっている人々は無視して、俺はあることが気にかかってしまっていた。

天宮 純(あまみや じゅん)

……先輩がこんなに入れ込むの、珍しいんですか?

 なんで、俺は聞いてしまったのか。
 答えは違う場所から返ってきた。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

うんうん。愛ちゃんは眼鏡にかけてはクレイジーだけれど、人間に対してはサイコパスだからね~

眼橋 愛(がんきょう あい)

いやぁ、照れるなぁ

天宮 純(あまみや じゅん)

褒めてないですよね、先輩もわかってて頷(うなず)いてるんですよね!?

眼橋 愛(がんきょう あい)

うん、わかるよ

天宮 純(あまみや じゅん)

(……いや、なんでそんな良い笑顔するんですか、あなたは)

 内心で照れてしまう俺を無視して、先輩はぎゅっと拳を握って力強く言う。

眼橋 愛(がんきょう あい)

わたしには、わかる。君は――メガネ天使になれる可能性がある!

天宮 純(あまみや じゅん)

め、めがねてんし?

眼橋 愛(がんきょう あい)

そう、メガネ天使。
その破壊力は地を揺るがし、天を晴らし、どぶ川を清め、あらゆる傷を治すという……

天宮 純(あまみや じゅん)

すみませんここは21世紀の日本でよろしいんでしょうか

舞上 進(まいうえ すすむ)

あ、先輩最近プロレスマンガ読んだんすかあれ面白――

眼橋 愛(がんきょう あい)

牛丼一杯いくらかな♪

舞上 進(まいうえ すすむ)

――イテテテテテテ楽しそうにしながら痛いの気持ちいいイタタタタタタ!

 俺の身体からぱっと手を離し、片手捻りあげを鮮やかに決める先輩。

 そんな二人を見ながら俺は、放り出された腕の感触をなぜか惜しんでいた。

眼橋 愛(がんきょう あい)

まぁそれは本当として

天宮 純(あまみや じゅん)

え、はい!?

眼橋 愛(がんきょう あい)

メガネ天使のことよ。大変希少な存在だと言うこと、わかってもらえたかしら?

天宮 純(あまみや じゅん)

え、どのへんが本当なんですか。むしろ困るだけなんですけど

眼橋 愛(がんきょう あい)

つまり――我が眼鏡探求会の一員として、あなたは立派にやっていけるって想ったのよ!

天宮 純(あまみや じゅん)

いやだからですね

眼橋 愛(がんきょう あい)

いいから早くメガネ天使になって欲しいわけよ!

天宮 純(あまみや じゅん)

ありがた迷惑ですし、理不尽!

眼橋 愛(がんきょう あい)

ありがたいのね、よかったわ♪

天宮 純(あまみや じゅん)

話……話ってなんだろう……日本語ってなんだろう……

眼橋 愛(がんきょう あい)

大丈夫、わたしが保証するわ。
なぜなら、わたしが見込んだから!

天宮 純(あまみや じゅん)

なんの根拠もないですね!

 俺と先輩の不毛なやりとり。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

でも~、愛ちゃんの直感って結構当たるのよね~

 想い出したかのように……えーと……おっとりした雰囲気の先輩が口を挟んでくる。

鏡 映介(かがみ えいすけ)

盗難事件の時なんか、証拠を固めるまえに犯人を捕まえていたな

天宮 純(あまみや じゅん)

え、本当ですか

眼橋 愛(がんきょう あい)

そんな無根拠なわたしの言うことだ、信じなさい!

 ――フォローをぶち壊すのが好きなんだろうか、この人。
 自信に満ちあふれた先輩の顔に、俺は逆に冷静になる。
 そこで俺は、あることを告げることにした。

天宮 純(あまみや じゅん)

……でも、俺、眼鏡かけれないんですよ

眼橋 愛(がんきょう あい)

あら、どうして?

 俺が眼鏡をかけない、その理由を。

天宮 純(あまみや じゅん)

だって、視力が両方とも『2.0』ありますから。
あえてかける必要が、ないんです

 そう、俺の視力は至って正常。
 眼鏡の必要は、今のところないのだ。
 サークルに入る理由も、眼鏡が必要になることも、ない。
 とりあえず、そう自分の立場を宣言したのだが。

眼橋 愛(がんきょう あい)

……

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

……

鏡 映介(かがみ えいすけ)

……

舞上 進(まいうえ すすむ)

……

 すいっと、無言のまま4人はまた静かに集まって秘密会議のような様子に。

天宮 純(あまみや じゅん)

……え、黙らないでもらえると助かるんですけれど

眼橋 愛(がんきょう あい)

……

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

……

鏡 映介(かがみ えいすけ)

……

舞上 進(まいうえ すすむ)

……

天宮 純(あまみや じゅん)

いや、本当に喋ってないのに眼だけチラチラされても

 こんなに近ければ、会話なんてしっかり聞こえる。
 なので集まることはポーズというか演技なんだろうけれど。

眼橋 愛(がんきょう あい)

アイコンタクト

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

チャームポイント~

舞上 進(まいうえ すすむ)

ラブハートずっきゅん!

鏡 映介(かがみ えいすけ)

眼鏡は見えているか?

天宮 純(あまみや じゅん)

いいから日本語で会話してくださいよ!

 なんでそんな返答になるのか、それがさっぱりわからないよ!
 腹の底からの絶叫をあげた俺。
 息を荒くする俺に、先輩が声をかける。

眼橋 愛(がんきょう あい)

あなたは、視力が悪い人だけが眼鏡をかけていると想っているの?

天宮 純(あまみや じゅん)

え、違うんですか

 返ってきた答えを聞き返してしまう。
 先輩は、ちっちっちと指を振りながら、言った。

眼橋 愛(がんきょう あい)

視力を落としてでもかけるのが眼鏡道よ

天宮 純(あまみや じゅん)

入ってもいないのに道とか言われても

眼橋 愛(がんきょう あい)

う~ん、伊達は不本意だけれど……デザイン好きってのもあるからね

 しぶしぶ、と言った口調で先輩は手元のケースから一本取りだす。


 普通の眼鏡と比べ、飴細工のように艶やかな色調と溶け合うようなデザインが、眼を引く。

天宮 純(あまみや じゅん)

キレイですね、それ

眼橋 愛(がんきょう あい)

うふふ、惹かれてしまわれましたか?

天宮 純(あまみや じゅん)

はっ……!

 想わず漏れ出た言葉に、俺は口元を抑える。
 にやにや笑う先輩の顔が、意地悪く見える。

まずはかけろ、恋はそれからだ - 03

facebook twitter
pagetop