再三にわたる俺の否定に、先輩もため息をつく。
仕方ないわ、とぽつり。
というわけで、眼鏡探究会の目的はわかってくれたと想うけれど
具体的な説明をお願いします
感じろYO!
感じているのは不親切ですから!
あらら、困ったわね~
やっぱり眼鏡がないと通じ合えないのね……
まったくもって関係ありません
再三にわたる俺の否定に、先輩もため息をつく。
仕方ないわ、とぽつり。
(通じ合うことは諦めてくれたんだろうか)
ありがたい。
そう想う俺に、先輩は眼鏡の位置を直しながら、またしても不敵な瞳で力強く言った。
眼鏡探究会の目的。
それは、愛すべき眼鏡の美しさや使い心地、世界平和への有効利用などを探求する――紳士淑女の求道場なのね
いや世界平和は無理じゃないかな
でも、見えない人を見えるようにする力は、平和への第一歩よ~
それに相方として、愛でるものであるのは間違いないだろう
メーデー! メーデー!
うんわかりましたメーデー理解。危険の巣窟なのはわかりましたから
ぼ・ぼ・僕らは眼鏡・探求会♪
ところで、会、ってことは、サークルじゃないんですか?
あぁ、今のところは個人的な集まりだけれどね
この大学、五人以上のメンバーがいないと、サークルや部としての申請ができないの~
五人いれば規則をオーバー、メンバー合格!
つまり、追加メンバーを待っている状況というわけだ
で、今のメンバーはもしかして
わたしが見つけた救世主!
――!
びしりと指を突き刺された俺。
君がいれば、眼鏡を撲滅しようとする組織とも戦えるから……頼むわね
なにと戦うの。
それではさようなら
俺はぶっきらぼうな声で言った。
待って!
ぱっと腕を捕まれ、女性とは想えない力で引き止められる。
(うっ……)
……
そこには、顔を入れ替えたかのように真摯な顔をする、先輩の顔があった。
想わず俺は、返そうとした足を止めてしまった。離してください、という言葉もなぜか言えない。
目尻を下げて、涙をこらえているような彼女の瞳。
悔しいことに、レンズ越しでもその瞳は……とても、綺麗に見えてしまったから。
せめて、お願いを聞いて欲しいの
なん、でしょう?
ぐっと、言葉をためてから、先輩は言った。
伊達でもいいのよ? 度なしでも妥協するわ
そういう話じゃありませんから!
なんでも眼鏡に結びつけるな、この人!
そしてこの人を止めない周りの人達も!
みなさん、頭大丈夫ですか!
人に無理やり眼鏡をかけさせようとするなんて、おかしいでしょう!
頭? なにを言っているの!
俺をつかんだ腕以外の手で、力強く拳をふりセンパイは宣言する。
頭など二の次よ、まずは眼鏡を第一に守るべきでしょ!
大丈夫じゃなかった!
ふーん、とした声が部屋の奥からあがったので、そちらを見る。
おっとりとした雰囲気の……え~と、とりあえず女の先輩が、興味深そうにこちらを見ていた。
でも、あなたがそんなに入れ込むのって珍しいわね~
そうそう、先輩マジ気合い入りすぎっすよ。
俺の時なんか、レンズの割れた眼鏡を手に、粛正だと言ってキャメルクラッチをしてきたじゃないっすか。
ひどい違いっすよ
お前が備品の眼鏡をお手玉して割り、あいつはそれを怒りとともに返してやっただけだがな
その時の眼鏡がこれっすわ
もの持ちがいいわね~、ちょっと気持ち悪いわ~
弁償代高かったっすわ~、学生バイトの日銭にゃ真っ黒でしたわ
あぁ~、あれ5個分だものね
えっ!?
どうでもいい漫才をやっている人々は無視して、俺はあることが気にかかってしまっていた。
……先輩がこんなに入れ込むの、珍しいんですか?
なんで、俺は聞いてしまったのか。
答えは違う場所から返ってきた。
うんうん。愛ちゃんは眼鏡にかけてはクレイジーだけれど、人間に対してはサイコパスだからね~
いやぁ、照れるなぁ
褒めてないですよね、先輩もわかってて頷(うなず)いてるんですよね!?
うん、わかるよ
(……いや、なんでそんな良い笑顔するんですか、あなたは)
内心で照れてしまう俺を無視して、先輩はぎゅっと拳を握って力強く言う。
わたしには、わかる。君は――メガネ天使になれる可能性がある!
め、めがねてんし?
そう、メガネ天使。
その破壊力は地を揺るがし、天を晴らし、どぶ川を清め、あらゆる傷を治すという……
すみませんここは21世紀の日本でよろしいんでしょうか
あ、先輩最近プロレスマンガ読んだんすかあれ面白――
牛丼一杯いくらかな♪
――イテテテテテテ楽しそうにしながら痛いの気持ちいいイタタタタタタ!
俺の身体からぱっと手を離し、片手捻りあげを鮮やかに決める先輩。
そんな二人を見ながら俺は、放り出された腕の感触をなぜか惜しんでいた。
まぁそれは本当として
え、はい!?
メガネ天使のことよ。大変希少な存在だと言うこと、わかってもらえたかしら?
え、どのへんが本当なんですか。むしろ困るだけなんですけど
つまり――我が眼鏡探求会の一員として、あなたは立派にやっていけるって想ったのよ!
いやだからですね
いいから早くメガネ天使になって欲しいわけよ!
ありがた迷惑ですし、理不尽!
ありがたいのね、よかったわ♪
話……話ってなんだろう……日本語ってなんだろう……
大丈夫、わたしが保証するわ。
なぜなら、わたしが見込んだから!
なんの根拠もないですね!
俺と先輩の不毛なやりとり。
でも~、愛ちゃんの直感って結構当たるのよね~
想い出したかのように……えーと……おっとりした雰囲気の先輩が口を挟んでくる。
盗難事件の時なんか、証拠を固めるまえに犯人を捕まえていたな
え、本当ですか
そんな無根拠なわたしの言うことだ、信じなさい!
――フォローをぶち壊すのが好きなんだろうか、この人。
自信に満ちあふれた先輩の顔に、俺は逆に冷静になる。
そこで俺は、あることを告げることにした。
……でも、俺、眼鏡かけれないんですよ
あら、どうして?
俺が眼鏡をかけない、その理由を。
だって、視力が両方とも『2.0』ありますから。
あえてかける必要が、ないんです
そう、俺の視力は至って正常。
眼鏡の必要は、今のところないのだ。
サークルに入る理由も、眼鏡が必要になることも、ない。
とりあえず、そう自分の立場を宣言したのだが。
……
……
……
……
すいっと、無言のまま4人はまた静かに集まって秘密会議のような様子に。
……え、黙らないでもらえると助かるんですけれど
……
……
……
……
いや、本当に喋ってないのに眼だけチラチラされても
こんなに近ければ、会話なんてしっかり聞こえる。
なので集まることはポーズというか演技なんだろうけれど。
アイコンタクト
チャームポイント~
ラブハートずっきゅん!
眼鏡は見えているか?
いいから日本語で会話してくださいよ!
なんでそんな返答になるのか、それがさっぱりわからないよ!
腹の底からの絶叫をあげた俺。
息を荒くする俺に、先輩が声をかける。
あなたは、視力が悪い人だけが眼鏡をかけていると想っているの?
え、違うんですか
返ってきた答えを聞き返してしまう。
先輩は、ちっちっちと指を振りながら、言った。
視力を落としてでもかけるのが眼鏡道よ
入ってもいないのに道とか言われても
う~ん、伊達は不本意だけれど……デザイン好きってのもあるからね
しぶしぶ、と言った口調で先輩は手元のケースから一本取りだす。
普通の眼鏡と比べ、飴細工のように艶やかな色調と溶け合うようなデザインが、眼を引く。
キレイですね、それ
うふふ、惹かれてしまわれましたか?
はっ……!
想わず漏れ出た言葉に、俺は口元を抑える。
にやにや笑う先輩の顔が、意地悪く見える。