吉野山での別れ

静香

はぁ……。

思わずため息がもれた……。

桜の精霊

ほらほら、
ため息なんて
つかないつかない。

桜の精霊

そうそう、
そうそう。

桜の精霊

楽しいこと、
考えようよw

静香

桜……、
綺麗……。

桜の精霊

でしょ、
でしょw

桜の精霊

ボクたち
綺麗w

桜の精霊

綺麗、
綺麗w

静香

ああ、そうか。
別れを言われるのってこれが初めてじゃないか……。

桜の精霊

あらあら~?

桜の精霊

もうちょっと
楽しいこと考えたらぁ~?

桜の精霊

よいではないか。
思い出したいだけ、
思い出すがよい。

桜の精霊

それで気も
晴れようぞ。

桜の精霊

は~いw

静香

聞いてんのか?
お前らは……。

桜の精霊

うむ。

静香

いいけどさ、
別に……。

こいつら以外に、聞いてくれる人もいないと思うし……。

桜色の風が、頬を撫でた。

静香

……。

最後に義経を見たのは、吉野山だった。
春になると一面が桜に覆われる山だけど、その時は雪で真っ白だった。

平家が滅亡し、義経は京に残って朝廷とのパイプ役みたいなことをしていた。けど、ヤツの兄のクソッタレ頼朝に目の敵にされるようになっていた。

義経は源平合戦で名を上げていて、

あの者に武士をまとめさせれば良いのではないか?

と、京にいた人間は思うようになっていた。

腹の中、真っ黒な連中もそう言いだして、それが、鎌倉にいた小心者の頼朝の警戒心を強めさせた。

平家の残党は皆、処刑されていた。
そして、頼朝にとって目障りな人間は、殺されるようになっていた。

義経が捕らえられてしまうことがあれば、何かしら罪名をつけられ、殺されてしまうと噂されるようになった。

本当にそうなりそうだという情報が入り、彼を守ろうとしていた人たちが、彼を逃がそうとしていた。

義経

これだけの金子があれば、しばらくは暮らせるはずだよ。

私も吉野山で、別れを告げられていた。
しかも、この時もらった金目の物は盗まれた……。

静香

いつもどこかしら
ツメが甘いのよ……。

桜の精霊

まあまあ。

義経

キミは素敵な人だから、すぐに彼氏が見つかるよ。

お金が欲しくて一緒にいたわけじゃないわ!

義経

いつもそう言ってたくせに……。

って顔してたわ。

だいたい、私の年、いくつだと思ってるの?

義経

えっと、18?

19よ!
こんな年増、再婚できるわけないでしょ!

義経

1歳間違えただけじゃん……。

当時は寿命も短かったし、結婚も早くて19で未婚だと行き遅れとか言われてた……。

確かに、私レベルの女なら、えり好みしなければ再婚だろうと嫁の貰い手なんて、いくらでもあった。

こいつ以外の男の
妻になる気なんてない。

ただ、私のためと言いながらも、そんな扱いを受けたことに、少なからずショックを受けていた。

どうして「最後まで一緒にいてくれ」って言わないのよ。

そしたら
一緒に行くのに……。

義経

静は綺麗だから大丈夫だよ。

義経

舞ってる時だけ……。

イラッとした。

甘いわ!

どんなに他よりも飛びぬけて綺麗だろうが、

若い子には
敵わないのよ!

義経

いや、負けないよ。
静は面白いし。

面白さで勝っても
嬉しゅうはない!

面白いって、褒め言葉じゃないわよ……。

だいたい、どんなに綺麗で舞いが上手でも、

こんな性格で嫁の貰い手が
あるわけないでしょ!!

義経

自覚、あったんだ……。

って顔してたわ。

……。

ちょっとムカついた……。

こんなでも良いって言うのは
アンタくらいよ!

義経

でも、これから女人禁制の道を通らないといけないんだ。
静は連れていけない……。

なんでわざわざ
そんな道を通るのよ。

義経

他の道は兄上の手の者だらけだし……。

ヤツはそれでも鎌倉と戦うことはしなかった。
源氏同士で戦う必要はないと、ヤツは思っていたようだ。

というか、ヤツの場合、

義経

兄上ってすごいんだよ~

義経

兄上はね、

義経

兄上がね

って、ウザいくらいに慕ってたっぽいけどね。
ウザがられて追討令、出されたんじゃないの?

とにかく、鎌倉幕府を作ったあの頼朝なので、追手はあちらこちらにいる。

それはわかってるんだけどさ……、

どさくさに紛れて、厄介払いしようとしてない?

義経

…………。

一瞬、ヤツの目が泳いだ……。

…………。

義経

いや……、
そんなことは……。

今の沈黙はなに?

義経

え?

なんで直ぐに「違う」って言えないのよ。

義経

いや……、その……。

別れたいんだったら、まどろっこしいことしないで「別れてくれ」って言えばいいでしょ!

そうすれば綺麗さっぱり別れてやるわよ!

義経

そんなこと思うわけないだろ!

珍しくヤツが怒った。
他はどうかしらないけど、私には声を荒げたことがなかったのに……。

義経

一緒にいると、静が危険なんだ。

義経

何かあった時、ボクはキミを守れない。

やっぱ弱いんだ?
弱そうだもんね。

義経

ボクがキミを守ろうとすると、命を落とすのはボクじゃない他の誰かになってしまうんだ。

…………。

屋島の戦いのことが尾を引いていたのだろう。

ヤツがボケっとしていたら、平泉から付いてきていた佐藤継信がヤツをかばって亡くなった。

ヤツはそれを悔んだ。
悔んで悔んで、周囲が心配してしまうほど……。

そういうヤツだったのに……。

聡士

他に好きな子ができちゃったから別れてくれない?

だもの……。

まあ、男の方が大事だったのかもね。
女なら取り換えが利くとでも思ってるんでしょ?

女だって、みんな大変な思いをしているのに……。

柚葉

聡士先輩に
好きって言われちゃって~。

って、言ってたあの子だって、ある意味、一生懸命なのよ。

あの子が悪いわけじゃないわ。

ヤツの本能が悪質なだけよ。

でも、その時の他の誰かを犠牲にしたくはないっていうのはわかった。

義経郎党と言われる弁慶のようなウザい連中は、私が『こんなに愛されてる妻』なことに不満を持っていた。

そんな連中が私を守るはずがない。

私は足手まといだった。
女の身で過酷な逃亡について行くのは……。

別れるなんて、絶対に嫌!

ついていけないことは、わかっていた。
でも、そう言っていた。

義経

別れないよ。
心配しないで。

義経

きっと、また会えるから。

…………。

そう言われたら、何も言えなくなる。

その言葉を信じたいっていうのもあった。
彼の顔を見ていたら、それは本当になるような気さえした。

義経

大好きだよ
静……。

そんなこと言ったって
置いてくんでしょ?

義経

ごめんね……。

義経

絶対に……
また、会えるから……。

あ……。

「行ってしまう」

そう思っていると、
彼は振り返った。

義経

愛してる……。

……。

何も言えなかった……。
言ったら、泣き叫んでしまいそうで……。


ホントの気持ちを、叫んでしまいそうで……。

義経

……。

最後に彼は、
私に笑いかけた。

吉野山……

峰の白雪 ふみわけて……

いりにし人の……

あとぞ恋しき…………

一緒に行けば良かったと、何度思ったかわからない。
でも、その時は、それができなかった。





次に会う約束をしたのだから、彼は絶対にそれを守る。

意外と約束は守るヤツだった。
ヤツはできないことは言わなかった。

平泉に逃げられたという噂を聞いても、行くことはしなかった。

私が会わなければ、
彼は生きられる。

勝手にそんなことを思った。

だって、彼は約束をきっと守る。
彼に会えば、約束は守ったことになって、彼は死んでしまっても良いと考えるだろう。



生きていてほしい。

強く願った。



けれど、この後、彼に会うことはできなかった。

1189年4月30日。
源義経は奥州平泉の衣川で亡くなった。

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