桜の苦い思い出

桜の精霊

いらっしゃ~いw

そんな声がしたような気がして、顔を上げた。

桜の精霊

きゃほ~い

静香

あれ?
桜?

気が付くと、桜が咲いていた。

学校を出て商店街を歩いていたはずなのに、いつの間にか川べりにいた。

静香

考え事してて、道、
曲がるの忘れてた……。

家に帰るつもりでいたけれど、その先の遊歩道に来てしまっていた。

静香

でも、まあいいか。

家に帰ってもんもんとしているより、ここにいた方がいいかもしれない。

満開とまではいかないけれど、色づいた桜が、川沿いの遊歩道に沿って咲いている。

静香

日本人って、桜好きよね。
どこに行っても咲いてるもの。

観光地でもなんでもないどこにでもある遊歩道。
ここには、ちらほらと散歩している人がいる程度。

静香

花にとっては、人が観ていようがいまいが、関係ないんだろうな。

ちょっと得した気分で、薄紅色の桜を見上げながら歩いた。

桜の精霊

そうでもないけどね~w

静香

そうなの?

桜の精霊

見られてると
ちょっと嬉しいw

静香

へ~。

桜の精霊

あっ!

桜の花びらが地面に落ちた。

静香

……。

地面には、散った花びらがたくさんあった。

静香

もう、そんな時期になっちゃったのか……。

いつの間にか、桜の時期になっていた。

聡士と付き合っていたのは、4カ月ほど。
でも、二人で会っていたのは、数える程しかない。

八百年前に別れを持ちこされた恋だったけど、あっと言う間に終わりを告げた。

静香

彼氏らしいこと、
何にもされなかったな……。

あれ、ホントに付き合ってたって、言っちゃってもいいのかな?

静香

あの時、ちゃんと別れていればよかった。八百年も持ち越す必要なんて、全然なかった……。

なんで、あんなこと……、彼は言ったんだろう。

義経

また、
会えるから……。

静香

フラれるために
再会したみたい……。

静香

今、一番見たくない
景色だったかも……。

桜の精霊

みょっ!

嫌なことを思い出してしまった……。


桜はヤツが好きな花だった。
理由を聞いたら、

義経

キミが桜の中で舞ってるのを
見たからだよ。

と、言った。

桜、特に満開なのは苦手で、
「何を言ってるんだ、コイツは」と思った。

私は京で一番の白拍子なんですからね。そんなところで舞うはずがないでしょう?

義経

けっこう前だよ。
キミが十くらいの頃だったんじゃないかな?

それを聞いて、血の気が引いた……。

あの物の怪は
こいつだったのか?

静だった時、小さい頃は桜が好きで、よく桜の下で舞っていた。
ヤツに会うまでは、桜が大好きだった。

皆が寝静まった頃、こっそりと家を抜け出して、桜を観に行っていた。

桜が……

桜の精霊

わ~いw
わ~いw

きれい……。

暗闇の中、そこだけ明るく見えた。

桜の精霊

うったえやw
おっどれっやw

花びらが、そう言って舞っているようにも見えた。

私も舞う~。

なんだかとっても楽しくて、ずいぶんと長い時間、舞っていた。
桜と一緒に舞っているような、そんな気持ちで。

こっちにおいで。

桜の精霊

はいは~いw

♪~♪~

桜の精霊

らんらららん♪

桜の精霊

らん♪

長時間舞っていたから、さすがに疲れて桜の樹の下に座った。

はぁ……。
けっこう舞ったかも。

すると、後ろの暗闇から、人影が現れた。

……。

?!

桜の精霊

ぴゃっ!

それまでの楽しかった空気が一転した。

あの……。

という声に、

きゃ~~~~!

と、叫んで走った。

物の怪の類だと思った。
人なんていないはずだった。

魑魅魍魎が跋扈している時代。
今と違って電気もなくて夜は真っ暗になってしまう。

魔物が本当にいると、皆に信じられていた時代。

オバケ出た、オバケ出た、
オバケが出た~!

そう叫びながら、走った。

物の怪は小さい子供を取って喰うんだよ。

あんたみたいな小さな子、特に女子は肉が柔らかくて美味いからね。

そんな、皆から言われていたことを思い出した。

捕まったら取って喰われる~

とにかく走った。
走って走って走った。
とって喰われてなるものかと……。

怖くて怖くて……

ここここここここ
怖かったよぉ~。

それから桜が苦手になった。

そのことをヤツに言ったら、

義経

あ、怖かった?
ごめんごめん。

明るく、そう言われた……。

…………。

イラっとした。

あの頃は物の怪だと思って逃げたけど、今、同じ目に遭ったら、変質者になるのかもしれない。

ある意味、

静香

物の怪よりタチが悪かった。

あんな時間に踊ってるのもどうかと思うけど、あんな時間にフラフラしているヤツも充分おかしい……。

ヤツは私に「桜は怖い」というトラウマを植え付けた。

静香

こんなに綺麗なものを
怖いと思う羽目になったのよ。

静香

もったいないことをしちゃったわよね。

上を見ると、咲いている桜の間にちらほらと蕾も見える。

薄紅色が広がり、その様子は、とても綺麗で……。

静香

もしかすると、
良かったのかもしれない。

ヤツを忘れるためにも……。

静香

昔、見た桜、
もうどんなだったかも
覚えてない……。

手のひらを上に向けると、桜の花びらが乗った。

桜の精霊

ふふふ、
ふふふ。

桜の精霊

ふふふふふ~w

桜の精霊が、笑っていた。

静香

かわいい……。

桜の精霊

綺麗でしょ?
綺麗でしょw

桜の精霊

ボクたち
とっても綺麗でしょw

桜の精霊

たらりらら~w

静香

そうね。
とっても綺麗だわ……。

そんなことを、素直に言ってしまった。
顔を上に向けると、青空の下で、桜が咲いている。

桜の精霊

るんるんw

桜の精霊

きゃっきゃw

嫌なこと、全部、忘れられそうな気がした。

もう、過去の男…………。
いろんな意味で。

静香

愛なんて永遠じゃないわよ。
いつか終わりは来るもの……。

静香

それが今だったって言うだけ……。

静香

私、振られたんだ……。

あんなヘタレに……。

アンダーブローを受けたかのように、後からじわじわ来た……。

静香

受けたことないからどんな感じかわからないけど……。

……疲れているみたいだ。

静香

私……、
フラれるために、
生まれてきたのかな……。

桜の精霊

みゅっ!

ひらひらと、花びらが一枚、私の肩に落ちた。
まるで、慰めてくれるかのように……。

桜の精霊

大丈夫、大丈夫。
嫌なことは忘れて、忘れて。

静香

………………。

やっぱり疲れているのかもしれない……。

桜の精霊

くみゅ~w

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