桜の苦い思い出
桜の苦い思い出
いらっしゃ~いw
そんな声がしたような気がして、顔を上げた。
きゃほ~い
あれ?
桜?
気が付くと、桜が咲いていた。
学校を出て商店街を歩いていたはずなのに、いつの間にか川べりにいた。
考え事してて、道、
曲がるの忘れてた……。
家に帰るつもりでいたけれど、その先の遊歩道に来てしまっていた。
でも、まあいいか。
家に帰ってもんもんとしているより、ここにいた方がいいかもしれない。
満開とまではいかないけれど、色づいた桜が、川沿いの遊歩道に沿って咲いている。
日本人って、桜好きよね。
どこに行っても咲いてるもの。
観光地でもなんでもないどこにでもある遊歩道。
ここには、ちらほらと散歩している人がいる程度。
花にとっては、人が観ていようがいまいが、関係ないんだろうな。
ちょっと得した気分で、薄紅色の桜を見上げながら歩いた。
そうでもないけどね~w
そうなの?
見られてると
ちょっと嬉しいw
へ~。
あっ!
桜の花びらが地面に落ちた。
……。
地面には、散った花びらがたくさんあった。
もう、そんな時期になっちゃったのか……。
いつの間にか、桜の時期になっていた。
聡士と付き合っていたのは、4カ月ほど。
でも、二人で会っていたのは、数える程しかない。
八百年前に別れを持ちこされた恋だったけど、あっと言う間に終わりを告げた。
彼氏らしいこと、
何にもされなかったな……。
あれ、ホントに付き合ってたって、言っちゃってもいいのかな?
あの時、ちゃんと別れていればよかった。八百年も持ち越す必要なんて、全然なかった……。
なんで、あんなこと……、彼は言ったんだろう。
また、
会えるから……。
フラれるために
再会したみたい……。
今、一番見たくない
景色だったかも……。
みょっ!
嫌なことを思い出してしまった……。
桜はヤツが好きな花だった。
理由を聞いたら、
キミが桜の中で舞ってるのを
見たからだよ。
と、言った。
桜、特に満開なのは苦手で、
「何を言ってるんだ、コイツは」と思った。
私は京で一番の白拍子なんですからね。そんなところで舞うはずがないでしょう?
けっこう前だよ。
キミが十くらいの頃だったんじゃないかな?
それを聞いて、血の気が引いた……。
あの物の怪は
こいつだったのか?
静だった時、小さい頃は桜が好きで、よく桜の下で舞っていた。
ヤツに会うまでは、桜が大好きだった。
皆が寝静まった頃、こっそりと家を抜け出して、桜を観に行っていた。
桜が……
わ~いw
わ~いw
きれい……。
暗闇の中、そこだけ明るく見えた。
うったえやw
おっどれっやw
花びらが、そう言って舞っているようにも見えた。
私も舞う~。
なんだかとっても楽しくて、ずいぶんと長い時間、舞っていた。
桜と一緒に舞っているような、そんな気持ちで。
こっちにおいで。
はいは~いw
♪~♪~
らんらららん♪
らん♪
長時間舞っていたから、さすがに疲れて桜の樹の下に座った。
はぁ……。
けっこう舞ったかも。
すると、後ろの暗闇から、人影が現れた。
……。
?!
ぴゃっ!
それまでの楽しかった空気が一転した。
あの……。
という声に、
きゃ~~~~!
と、叫んで走った。
物の怪の類だと思った。
人なんていないはずだった。
魑魅魍魎が跋扈している時代。
今と違って電気もなくて夜は真っ暗になってしまう。
魔物が本当にいると、皆に信じられていた時代。
オバケ出た、オバケ出た、
オバケが出た~!
そう叫びながら、走った。
物の怪は小さい子供を取って喰うんだよ。
あんたみたいな小さな子、特に女子は肉が柔らかくて美味いからね。
そんな、皆から言われていたことを思い出した。
捕まったら取って喰われる~
とにかく走った。
走って走って走った。
とって喰われてなるものかと……。
怖くて怖くて……
ここここここここ
怖かったよぉ~。
それから桜が苦手になった。
そのことをヤツに言ったら、
あ、怖かった?
ごめんごめん。
明るく、そう言われた……。
…………。
イラっとした。
あの頃は物の怪だと思って逃げたけど、今、同じ目に遭ったら、変質者になるのかもしれない。
ある意味、
物の怪よりタチが悪かった。
あんな時間に踊ってるのもどうかと思うけど、あんな時間にフラフラしているヤツも充分おかしい……。
ヤツは私に「桜は怖い」というトラウマを植え付けた。
こんなに綺麗なものを
怖いと思う羽目になったのよ。
もったいないことをしちゃったわよね。
上を見ると、咲いている桜の間にちらほらと蕾も見える。
薄紅色が広がり、その様子は、とても綺麗で……。
もしかすると、
良かったのかもしれない。
ヤツを忘れるためにも……。
昔、見た桜、
もうどんなだったかも
覚えてない……。
手のひらを上に向けると、桜の花びらが乗った。
ふふふ、
ふふふ。
ふふふふふ~w
桜の精霊が、笑っていた。
かわいい……。
綺麗でしょ?
綺麗でしょw
ボクたち
とっても綺麗でしょw
たらりらら~w
そうね。
とっても綺麗だわ……。
そんなことを、素直に言ってしまった。
顔を上に向けると、青空の下で、桜が咲いている。
るんるんw
きゃっきゃw
嫌なこと、全部、忘れられそうな気がした。
もう、過去の男…………。
いろんな意味で。
愛なんて永遠じゃないわよ。
いつか終わりは来るもの……。
それが今だったって言うだけ……。
私、振られたんだ……。
あんなヘタレに……。
アンダーブローを受けたかのように、後からじわじわ来た……。
受けたことないからどんな感じかわからないけど……。
……疲れているみたいだ。
私……、
フラれるために、
生まれてきたのかな……。
みゅっ!
ひらひらと、花びらが一枚、私の肩に落ちた。
まるで、慰めてくれるかのように……。
大丈夫、大丈夫。
嫌なことは忘れて、忘れて。
………………。
やっぱり疲れているのかもしれない……。
くみゅ~w